「へぇ……」

 と、デートの場所についたせつなさんは意外そうな声を出した。

 そうかもしれない、とは思う。

 デートと言われてくる場所としては不適切ではないとしてもやはり意外とはいえるだろうから。

 目の前には三角屋根の洋風の建物。高さは三階までで、横幅は一般的な学校くらいはあるだろうか。

 そこは図書館。

 一応地元ではなく、少し遠出をして規模の大きなところには来たけれど、デートの目的地としては意外な場所だろうから。

「色々考えましたが、私には私のデートプランしか考えられなかったので」

「それは構わないけれど、図書館ならわざわざここまでくる必要はなかったんじゃないの?」

「それでもいいと言えばいいんですけど、『デート』なので」

 私にしては珍しく、強気に笑いながら言ったと思う。

 ここでこれから説明をする目的としても別に地元の図書館でもよかったけれど、やっぱり出かけるというのがデートには違いないから。

「ここ、カフェスペースがあるんです。借りた本を読んだりもできるみたいですよ。今日なんて天気いいし陽の当たる席でなんかいいかもですね」

「なるほど、なんていうか渚らしいデートね」

 何気ない言葉に喜びを感じる。自分でもらしいと思ったから。

「あ、それと……少し趣向も考えてみたので」

「趣向?」

「はい。自分の好きな本を読むんじゃなくて、私はせつなさんのせつなさんは私のおすすめの本を読んで、それでそのことについて話ができたらいいかなって」

 せつなさんとのデートのプランを決めた時、まず私が楽しまなきゃいけないと思った。

 好きな人とならどこでも楽しいというのはともかく、それだけじゃなくて私がせつなさんとしたいことを考えてみたの。

 そこで思いついたのがこれ。

 一度、こういうことをしてみたかった。私もせつなさんも本は読むほうだけれど、どちらかと言えば一人で楽しむタイプであまり干渉をしてこなかったから。

 好きな人と好きなものについて語れるのは素敵なことだと思うし。

「渚、なかなか面白いことを考えるのね」

「気に入ってもらえたのなら光栄です」

 なんて、少し気取って言いながら建物へと入っていく。

 まずは本を選ぼうと、二人別れる。実はすでに夜の間に本は決めていて、本を探し出すとカフェの席を決める。

 日当たりのよく、図書館の中庭の見える場所。

 開館からあまり時間が経っていないこともあって、人はまばらだしもともと図書館という性質上落ち着いたよい場所だ。

 せつなさんに場所を伝えて事前にお茶と本を食べながらでも食べやすいようにサンドイッチを頼む。

 せつなさんがどんな本を選んでくれるのかと心待ちにしながら、我ながらなかなかいいデートだと自賛する。

 単純に本の話をするのではなく、相手に何を読んでもらいたいのかも決める。

 相手が好きそうなものを選ぶか、自分が話したいものを選ぶか。

 せつなさんがどちらを選ぶにしても、私のことを考えてくれているというのは嬉しくて、こうして待っているだけでも楽しいといえる。

 それはつまりどのくらいせつなさんが好きかという証左でもあって少し気恥ずかしい。

 ……もっとも否定のしようもないが。

 なんにせよわくわくなんてあまり私らしくない表現を使いながら十分ほど待っていると

「渚、お待たせ」

 好きな声が聞こえてきた。

「もっとじっくり選んでてもよかったんですよ」

 だって、それはその分私のことを考えてくれる時間が増えるから。

 とは口が裂けても言えない。

「そんなに悩まなかったのよ。渚となんの話をしたいかって思ったら」

「なるほど」

 同じ考え方、さすがに選ぶ本が同じなはずはないけれど私もせつなさんと何を話たいかで選んだから。

 私の場合はすぐになんて決められなくて、昨夜ベッドの中でまで考えてしまっていたのだけど。

「それじゃあ、渚のデートを始めましょうか」

 なんて、せつなさんも少し気取った言い方で私たちは本を交換し読み始めていった。

 せつなさんが選んでくれたのは、最近話題の吹奏楽部をテーマに青春小説。

 確かアニメにもなっていた気がする。

(……大学になってからなんだかそっち方面の趣味が多くなった気がする)

 天原では触れる機会があまりなかったから、知らなかっただけかもしれないけれど、これが大学の友人の影響なら少しだけ頬を膨らませてしまいそう。

 アニメとか漫画を見るようになったことじゃなくて、せつなさんに影響を与えた人がいるというところに。

 ……理不尽な怒りだとわかっても。

 ただ、内容自体は話題になるだけのものがあるというか、すぐに世界に引き込まれていった。

 繊細な描写、起伏にとんだストーリー。ページをめくるたびに、情景が浮かび心が徐々に本の中に入り込んだように感情が変化していく。

 あまりにも簡単に面白いという感情を抱いて、せつなさんの手の平の上で踊らされているような気持には少しだけなるも、それを差し引いても素直に楽しく、我ながらいいデートを提案したなと思える。

(せつな、さんは……)

 私が選んだのは架空の戦記もので少しずるいけれどシリーズになっていてうまく好きになってもらえればこの日だけでなくこれからも話ができるかもしれないなんて淡い期待も抱いてのもの。

 あとから考えると実は穴の多いプランだった。

 好きなものを勧めるというのは存外難しい。

 まず勧められたものに対しては、つまらないとは言いにくい。それに気に入ってもらえたとしても解釈や見解の相違もあるだろうし、むしろリスクのあるデートだったかもしれない。

 まぁ、今更せつなさんとはそんな喧嘩はしないだろうけれど、つまらないと感じたものに対しては気を使われるくらいはあったかもしれないから。

 だが、その心配は別のリスクへと変わることになる。

 私はデートが思いつけたことに多少ハイになっていた。よく考えればこの数日はどうしようかと悩みよく眠れていなかったし、昨日もベッドの中で今日のことを考えていて寝不足状態である。

 加えて、この席も悪かったかもしれない。

 春の陽光をめいいっぱいに感じられるこの場所は眠気を誘うには十分すぎて……

「………ん……くぅ」

 私はいつの間にか夢の世界へと旅立ってしまっていた。

 

 ◆

 

「……ぐぅ……すぅ……くぅ……」

 人が深く眠れる条件というのは体感でいくつかあると思っている。

 例えば、ふかふかのベッド、干したばかりの布団、あとは安心できる場所などだろうか。

 今回私が寝てしまった場所は一見適していないけれど、眠気があったことと多分……いつの間にか安心できる状態になっていたことが原因だったのだと思う。

「ん……んん……?」

 どのくらい経ったのか、ようやく意識を覚醒させた私は

「起きたの?」

 好きな人の声がすぐ近くから聞こえたことに違和感を覚える。

 それに、なぜか二種類の暖かさ、が………?

「せつな、さん……?」

 ぼやける視界を正面に向けても該当の相手はおらず、代わりに

「どうかしたの、渚」

 横から聞こえて……? というより肩に知ってる熱が

「っ!!? せ、せつなさん、何してるんですか!」

 いつの間にかせつなさんが正面の席ではなく隣にいて、しかもその肩にもたれかかっていたことを知った私は思わず大きな声を出す。

「渚、ここは図書館よ。静かにしなさい」

「ぅ………」

 その通りと言えばその通りだが、いきなりで状況が飲み込めずに反射的に席の端によって距離を取る。

 せつなさんはそんな私を愉快気に見て

「すぐ寝ちゃうなんて、そんなに私の勧めた本はつまらなかった?」

「え………あっ!」

「渚、声」

 指摘され口元を抑える。

 ようやく意識がはっきりしてきて、何が起きているのかを大体把握する。

 そうだ。デートで図書館に誘い、お勧めの本を読み合わせしている最中で私は

「あ、ち、違います。面白くなかったんじゃなくて、その……日差しが気持ちよくて」

「はいはい。わかってるわ。渚、楽しそうな顔してたもの」

 その態度に茶化されていたと知るが、それ以上に。

「ど、どうしてこっちの席にいるんですか」

 そのことを気にしてしまう。

 せつなさんは私なんかを気にせず、本を読んでてくれればいいのにわざわざ隣に、なんて。

「渚の可愛い寝顔が近くで見たかったから」

「っ……」

「っていうのも本当だけど、倒れちゃいそうだったから支えてあげてたのよ」

 一瞬茶化された後に本当のことを言われ、感情をうまく制御できずに「……ありがとうございます」と無粋に返す。

 それもせつなさんには予想の範疇なのか、満足げにどういたしましてなどと言われてなんだか自分がひどく子供のような気分で居心地が悪い。

「と、ところで本、どうでしたか」

 わかりやすく無理やりに話題を変えてせつなさんは待ってましたとばかりに面白かったと答える。

 その回答にひとまず安堵をしたのに、

「内容については話をしたいところだけど、私だけが渚のおすすめを読み終えたんじゃ対等じゃないわよね」

「それは……すいません」

 一見責められているようにも感じたが、せつなさんの目的はそういうことではないと

「っ……!」

 身をもって知ることになる。

 せつなさんは離れた私に密着すると、肩に頭を預けて。

「私もひと眠りするから、渚も読んでおいてね」

 などと言って、私は

「あ、あの………はい」

 すでに逃げ場を失っていてそう答えるしかないのだった。  

 

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