「ん、……ん、んぁ……むぃ?」

 あたしはぽかぽかな日差しに目を覚まして、重いまぶたを開ける。

 これが、普通の朝だったらベッドの横で寝てる美咲を起こしたり、起こされたりするところだけど今は少し違う。

 いや、少しというか……

「あ、れ……? 何でゆめの部屋で寝てんだっけ?」

 寝ぼけ眼で部屋を見回したあたしは、ここがゆめの部屋でゆめのベッドで寝ていたということに気づいてぼーっとしたまままた部屋を見渡す。

「あー、そっか、眠くて、寝ちゃってたんだっけ?」

 昨日は美咲のせいであんまりよく眠れなかったからゆめの部屋でベッド借りたんだっけ。

「ふ、あぁあ。あれ?」

 大きくあくびをしたあたしは部屋の中にゆめも一緒に来ていた美咲もいないことにようやく気づいた。

「ま、いいや。水でももらおっと」

 どうにもまだ頭がはっきりしないので、一階で水を飲み行こうと思ったあたしはふらふらとした足取りで部屋から出て行った。

「んー……?」

 階段を下りたところであたしは、よく知った後姿を見つけた。

(ゆ、め……? だよね?)

 なよっとした背中に、ショートカットの髪。一瞬、違うかなって思ったけど、ゆめだ。

 なんかいつもよりちっちゃく見えるような気も実はしてたんだけど、寝起きのあたしは廊下を歩いているのがゆめって思って

「ゆーめ」

「っ!!!??」

 後ろから抱きついていった。

「っ……み、……ぅ!!」

「え? ぁ、ちょ、ゆ、ゆめ?」

 か細い声を出したかと思えばゆめ? はあたしの腕の中で暴れてあたしから逃れようとする。

「ちょ、落ち着いてよ!? どしたの? ……って……」

(あ、れ? なんか、いつもと感触が違うよう、な……?)

 丁度胸辺りを触っちゃってるけど、そこも違う気がする。今のゆめ? は完全にぺったんだけど、本来ならゆめでもちょっとだけふにゃってなるのに……

(あれ? っていうことは……)

 ガブ、

「っ〜〜〜〜!!」

 何か嫌な予感がしてきてたあたしは手を離そうって思ったんだけどその前に腕に鋭い痛みが走る。

 か、噛まれてる?? 

 ちょっとしめっててあったかくもあって、かなりの痛さがあって……どうやら間違いないみたい。

「こーら」

「っ!?」

 混乱しながらもゆめ?? を抱きしめたままのあたしは聞き覚えのある声を聞くと共に後ろからぺちっと頭をはたかれた。

 その衝撃で思わずゆめ??? を解放する。

「何してんのよあんたは」

 振り向いた先には思ったとおりに美咲がいて、あたしから逃れたゆめ……じゃない、ゆめよりも小さな女の子の頭を撫でていた。

「大丈夫、【そらちゃん】コレに何かされちゃった?」

「そら、ちゃん?」

 美咲に慰められている女の子はよくみると明らかにゆめとは違った。小柄でショートカットで、つぶらな瞳と愛嬌のある顔はゆめに似ていたけど、決定的にゆめよりも小さい。

(妹、じゃないよね? 妹はいないはずだし)

「えっと、その子、誰?」

「誰って誰かもわかんない子を襲ってたのあんたは」

「いや、襲ってたっていうか、ゆめかと思ってて……」

「ふーん、ゆめ相手にそういうことするの」

「ち、違うって……つか、質問に答えてよ」

「そらちゃんよ、そらちゃん。ゆめの従妹だって」

「従妹……」

 言われて見れば、他にはそのくらいしかないか。妹じゃないだから後はそのくらいしか可能性がない気がする。

「へー、従妹。可愛いね。でも、何でここにいんの?」

「よくわからないけど、そらちゃんの両親が少し海外に行くとかで少しの間預かるらしいわよ。さっきまで、預けるのにそらちゃんのお母さんが来ててそう言ってた」

「ふーん」

 あたしはそらちゃんがゆめの従妹と知ってから美咲と話しながら、そらちゃんを観察してみるけど、そらちゃんは美咲をぎゅっとつかんでて全然こっちをみてくれなかった。

 でも、勘違いしてたとはいえいきなりあんなことしちゃって悪いしとりあえずまずは謝んなきゃね。

 あたしは美咲に慰められているそらちゃんのところに行くと、かがんでそらちゃんと視線を合わせた。

「そらちゃん、さっきはごめんね。あたし、彩音っていうの。ゆめ……お姉ちゃんの友達。よろしくね」

 あたしは、精一杯の笑顔でそらちゃんに笑いかけたつもりだった。

 だけど、いきなり抱きつかれなんかされてしかも胸まで触っちゃってたのがあたしへの第一印象を下げまくってたのか……

「ぁ……」

 無言であたしから逃げるように美咲の後ろに隠れてしまった。

「……………」

 地味に傷つくなぁ……こんな小さな子に嫌われると。悪いのはあたしだろうけどさ。

 ま、そんなこんなでそらちゃんとの出会いは最悪の形だった。



 そらちゃんは中々あたしへの警戒を解いてくれなくて、あたしたちがゆめも伴ってゆめの部屋に戻っても全然あたしの側に寄ってくれなかった。

「へぇ〜〜……五年生、なん、だ……」

 仕方なくゆめからそらちゃんのことを聞いていたあたしはゆめからそらちゃんが小学校の高学年ということを聞いてあたしがゆめを取ってるせいでテーブルのところで美咲にべったりなそらちゃんを見つめては驚きながらもどこか得心する。

 家系なのかね。ちっちゃいのって。

 ゆめはゆめで小学生って言っても通じるだろうし、そらちゃんなんて小学校三年生くらいって言われても信じちゃいそう。

 これ言うとゆめが怒るから言わんけど。

「でも、ほんと可愛いねー」

 ゆめから一通りそらちゃんのことを聞き出したあたしはゆめといたベッドから降りてそらちゃんのところに向かった。

「……………」

 そらちゃんはあたしが近づくと明らかに警戒した素振りを見せる。

 ゆめはあんまに感情を表に出さないけど、そらちゃんはそうじゃないのか、それともあたしがそんだけ嫌われてるのか。

「………可愛く、ない」

 ぽつりとつぶやいたそらちゃんは助けを求めるかのように美咲の服をつかんだ。

「そんなことない。可愛いわよ、そらちゃん」

「…………〜〜」

 あたしには否定したのに、美咲が可愛いって頭を優しく撫でたらそらちゃんは照れるような素振りを見せた。

 無口っていうのはゆめと似てるっぽいけど、やっぱり反応はわかりやすい。

 つまり、あたしは嫌われてて、美咲はやけになつかれてるってこと。それは悲しいし、美咲に負けてるって言うのは面白くない。

 つーか、ゆめに頼るんならまだしもなんでほぼ初対面の美咲にそんなになるの。

「ね、そらちゃん。さっきはほんとにごめんね。ゆめと間違えちゃって」

 あたしはなんとかせめて嫌われてるのだけでもどうにかしたくそらちゃんに精一杯の謝罪をする。

「…………」

 けど、そらちゃんはさっきと同じように不信の目つきであたしを見るだけ。

(うっう〜……つらい)

 この純真な瞳が容赦なくあたしの胸を突き刺すよ。

「そらちゃん? 彩音がひどいことしたのは許せないけど、こんなのでも悪い人じゃないから許してあげたら?」

 さすが、美咲。言い方は微妙に気になるけど助け舟を出してくれた。

「…………」

 でも、そらちゃんはあたしを一瞥しただけですぐにプイと顔を背けちゃう。

「……そら。彩音はバカだからしかたない」

 ……フォローしてくれるのはいいんだけど、さ。この二人もっと言い方がないわけ?

「………………彩音、さん」

 ただ、おそらく結構親密なゆめの言葉には説得力があるのかぺこりとあたしに頭を下げて

「………よろしく、です」

 小さくそういうとまたあたしから顔を背けるのだった。

「う、ん。よろしくね」

 その様子に社交辞令で言ってくれたのかなーと悲しくなってしまうあたしだった。


2

ノベル/Trinity top