高校になってからゆめと会うのは毎日じゃなくなったけど、それでも学校帰りとかにあったり、休みにはほとんどどっちかの家に行くことが多かった。
無意識にどっちかの家に偏らないようにしていたあたしたちだったけど、今はそらちゃんがいることもあってゆめの家で遊ぶのが普通になっている。
「………こんにち、は。美咲さん。……彩音、さん」
だから、こんな風に美咲のついでって感じにそらちゃんに挨拶されるのもなれちゃった。
そらちゃんとはもう結構な回数あったけど、一向にあたしになついてくれることはなくて対照的に美咲にはいつもべったりと少なくても一緒にいるときじゃゆめよりもそらちゃんが頼っているようにも見えた。
「はぁ……ゆめ〜」
仕方なくって言ったらゆめが怒るだろうけど仕方なくあたしはゆめといちゃいちゃするしかすることがなくて最近はゆめのところに来たら、あたしはゆめのベッドのあたりでゆめと、美咲はテーブルでそらちゃんと話すっていうのは定番になった。まぁ、ゆめに会いに来てるんだからいいといえばいいんだけど。美咲をとられちゃうっていのはやっぱ、ちょっと、ね……。
ゆめ曰く、そらちゃんはちょっと変わっててほとんどしゃべらないらしいけど、美咲とはおしゃべりって感じじゃないけど、なんていうか美咲が聞いてることにはちゃんと答えてる感じ。確かにあんまり自分からは話してないみたいだけど。
ま、それ以前にゆめがあんまり話さなくて変わってるとかいうなって話か。
「………美咲、さん」
「ん? 何かしら?」
今日も各々に楽しく過ごしてたけど、ふと美咲とそらちゃんが話しているのが耳に入ってきた。
「………クッキー」
「クッキー?」
「…………好き?」
「え? うん、大好きよ」
何とも進みの遅い会話だけど、美咲はともかくそらちゃんはやっぱり可愛いなって思う。
そらちゃんは美咲が頷くと急に美咲から離れて部屋を出て行った。
とっとっとって階段を下る音が聞こえて、すぐにまた上ってくるのがわかった。
部屋に戻ってきたそらちゃんは大きなお皿を持っていて、そこから甘くいい匂いが漂ってきた。
どうもさっき話題になったクッキーがのってるらしい。
「………どう、ぞ」
そらちゃんはそれをテーブルにおいて美咲に差し出した。
ベッドから覗いてみると白いお皿の上に、星や丸、四角など、こんがり焼けたクッキーがそろえられていた。
「これ、作ってくれたの?」
美咲がそう聞くのは納得、形は型抜きを使ったのかそろってるけど焼けぐらいは様々だし、チョコとマーブル模様にしたのはうまく混ざってなかったりもして手作り感が溢れている。
コクン。
そらちゃんは恥ずかしそうに小さく頷いた。
「そう、ありがとうそらちゃん」
「っ〜〜」
美咲がお礼を言うとそらちゃんは明らかに照れて俯いちゃう。
あたしは小腹もすいてるしもらいたいかなとは思うけど、なんか美咲に出したって感じになってるから美咲が食べるまでは手を出しづらい。
ゆめもそんなこと考えてるのかあたしと一緒に美咲の様子をうかがっていた。
サク、
美咲が一つとって口に入れると小気味いい音を立てる。
部屋に充満している甘い匂いともあいまって、食欲をそそった。
「うん、おいしいわよ」
「……っ……」
美咲が何かを言ってそらちゃんが照れる。このパターンはもう定番だけど、今回はそれがさらに顕著。いつも嬉しそうに顔を背けたりするくらいだけど、今回は顔を真っ赤にして俯いた。
と、まぁ解説はさておき美咲が食べたんだからあたしたちももらっていいかな、っと。
あたしはベッドから出ると二人のところに寄っていってクッキーに手を伸ばそうとするけど
「……だ、め」
「え?」
そらちゃんはあたしの前に立ちはだかって両手を広げるとか細い声に制される。
「………美咲、さん、の」
こ、困る。こんなに必死そうに懇願されたら悪いことしてないはずなのに罪悪感を感じてくるよ……
「そらちゃん、そんなこと言わないで、みんなで食べたほうがおいしいんじゃない?」
よくなついている美咲の一言で状況は変わるかなと思ったけどそらちゃんは美咲にも首をふった。
「あ、そらちゃん?」
そらちゃんは急に部屋を出て行ったかと思えば、トントンとまた一階に下りていったかと思うとまたすぐに部屋に戻ってきた。
その手には小皿が二つ載せられいる。
「あ、なんだ、あたしたちの分も作ってくれてたんだ」
とことことそらちゃんはあたしとゆめのところにやってくると小皿を差し出してきた。
「わー、ありがとーそらちゃ……ん」
笑顔で受け取ったあたしだけどそれを見ると、異様に悲しくなる。
「……ありがとう」
ゆめに渡されたのは美咲のお皿に乗ってるのと変わらないけど、あたしに渡されたのは量が少ないうえに欠けてたり、色が悪かったりしてる。
(ぅぅぅ〜。なんでこんなに嫌われてんだろ……)
そりゃ、いきなり襲っちゃったけどさ……ちゃんと謝ったじゃん。……許してはもらってないけど。
嫌われたきっかけが明らかにあたしが悪いことだから文句は言えないであたしは小皿を受けると黙って食べ始めた。
「あ、おいしい。おいしいよ。そらちゃん」
見た目はいまいちだったけど、味はそれに比例することなくちゃんとおいしくてお礼も言うけど、そらちゃんは小さく頷くだけ。
(ふぅ……)
すぐに自分の分を食べ終えたあたしは困ったようにまだ食べている三人を見つめる。
「ねー、ゆめちょっとちょうだいー」
「……やだ」
これが普通の御飯とかだったらくれるのかもしれないけど、クッキーみたいな甘いものじゃねぇ。
「いいじゃーん、少しだけだからさー」
そらちゃんに嫌われてちょっと落ち込んでたあたしはゆめにちょっかい出すのをやめない。
「……だめ」
「あ、っそ。じゃ、くれないんなら……」
こうして退屈だったりするとすぐにふざけちゃうのはあたしの悪い癖かもねぇ。
あたしはクッキーを持ったままのゆめを押し倒すと
「ゆめでも食べちゃおかな、っと」
そのままゆめに覆いかぶさった。
華奢なゆめの体を押さえつけてペロっと舌を出す。
「……や、めて……」
「さーて、いただきまーす」
ゆめの抗議を無視してそのままあたしはゆめとの距離を縮めて行くけど……
ガブ!!
「っ〜〜〜!!」
急に腕に少し前にも感じた痛みを感じていた。
その痛みの場所に目を向けてみるとそらちゃんが初めて会ったときみたいに噛み付いていた。
小さな口で必死にあたしに歯を突きたてている。
「ちょ、そ、そらちゃん?」
痛みに顔をゆがめながらあたしは敵意を持って噛んで来るそらちゃんを引き剥がそうとする。
「あ、あのそらちゃん、離してくれないか、なっ!!?」
そらちゃんの目は本気で離されまいとさらに噛み付く力を強めてきた。
「そらちゃん」
そんな様子を見かねてか美咲がそらちゃんの頭を軽く撫でて、それから体を持ってあたしから引き剥がしてくれた。
「っ、ふぅ……、ね、な、なんで怒ったの?」
「…………いじめちゃ、だめ」
「へ? あ、あぁ」
何をいじめてるのかって思ったけど、さっきゆめを押し倒したのをあたしがゆめをいじめてたって思ったらしい。
「えっと、あれはスキンシップの一環っていうか……」
うわー。にらんできたよ……反省の色がまったくないように思えちゃったのかね。
(美咲―、なんかフォローしてよー)
あたしは無言で美咲にそう訴えかけると、さすがに美咲は言葉にしなくてもわかってくれたのか。
「そらちゃん。前もいったけど彩音はバカだからしかたないのよ。許してあげてね」
言い方が非常に気になるけど、一応味方はしてくれた。
(って! バカだから仕方ないってなによ!!)
あたしがまるでかわいそうな人みたいじゃない。
美咲に抱かれたままのそらちゃんはなぜか悔しそうな顔をして、今度はあたしの魔の手から逃れて起き上がったゆめを見つめる。
「…………おねえ、ちゃん、も……?」
言葉は足らないけど、ゆめも怒ってないのかって聞いてるんだと思う。
そらちゃんとしては【被害者】のゆめにあたしを非難でもしてもらいたいのかもしれない。
でも残念ながらそらちゃんの目算は外れる。
「……彩音はバカだから仕方ない」
(って、こら!)
ふ、二人して……こいつらは……
表面上はあたしを庇ってくれてるように聞こえるけど、近いうちに二回も同じようなこと言われるとそっちが本心に聞こえてきてちょっとへこむわ。
「っ……!!」
「あ、そらちゃん!?」
そらちゃんはさっきとは比較にならないくらいに悔しさを体全体に滲ませると美咲の手を逃れて、
「っ!!」
ドン、とあたしを突き飛ばして部屋から出て行っちゃった。
『……………』
三人で黙ったままそれを目で追ってしばしの沈黙の後、
「最低ね、彩音」
「は!?」
「……彩音が、悪い」
「へ!?」
何でかいきなりあたしを非難してくる。
「べ、別にあたしが何かしたわけじゃないじゃん。二人が……」
反論すべき言葉はあるのにそれをとめるあたし。
二人があたしの味方するのがそらちゃんの気に触ったんじゃないのって言いたかったけど、それをあたしが言うのはあまりにおかしい上に、二人にも悪いから言えるわけもなかった。
「…………ま、あたしがふざけたのがいけなかったよ。ごめんなさい」
「それを私たちに言ってもしかたないでしょ。まいいわ、私が慰めてくる」
普通はゆめが行くべきじゃないのかなって思うけど、そらちゃんはやけに美咲になついてるから美咲のほうがいいのかもね。
美咲はそういって部屋から出て行ったあとはやっぱり怒ってはいたゆめにもう一回謝らせられることになった。