さすがにそらちゃんを連れていたせいか美咲は夕飯前には帰ってきて、帰ってきた後はいつもの生活ペースで過ごした。

 普通に御飯を食べて、一緒にだらだらして、別々にお風呂に入って。

 デートを覗いてたっていう後ろめたさがあるせいかあたしのほうは微妙にいつもじゃなかったかもしれないけど、別段不自然だったとも思えない。

 時にはあたし以上にあたしのことがわかる美咲といえども不自然に感じさせないほどだったはず。

 はず、だけど

「彩音は今日何してたの?」

 寝る前のいつもの一幕。

 お互いにベッドや机、布団、テーブルなど好きなところで過ごしながらの会話。寝る前だけあって一日のことや次の日のことを話すことが多いけど今日は、あたしはベッドで美咲は自分の布団で今日の話題。

「ん、ゆめとちょっと」

 もちろん、デートを尾行してたのは悪いとは思ってるよ。でも、言わなくていいことだってある。言ったら何されるかわかんないってのもあるけど。

「ふーん。ゆめの部屋行ってたの?」

「ま、まぁね」

 嘘じゃない。ゆめとのデートの帰りにゆめの部屋には行ってきた。だから嘘は言ってない。

「へぇ。ところで」

 それまで声に乗っていた感情は何の変哲もないものだった。普通の態度で普通の声を発していた美咲の雰囲気が一変する。

「な、なに?」

 美咲がベッドに上がってきて、あたしは思わずピクっと素直に反応しちゃった。

「今日怖いことがあったのよね。なんだか、朝からずっと視線を感じたっていうか……」

「へ、へぇ〜。そりゃ、物騒、だ……」

 こ、これは……

「そうねぇ、私の見たところ。女の子の視線ねあれは」

「へ、へぇ〜〜〜」

「それも私と同じ年のが二人くらいかしら」

(……遠まわしにいってんじゃないっての!)

「で、何で途中からやめたの?」

 途中の過程を吹っ飛ばして美咲は鋭い目つきで追及してきた。

 怒っているわけじゃないだろうけど、どこか冷たさを感じるような。

「……ごめん」

 あたしは胸にあった小さくはない罪悪感のままに美咲に謝罪した。

「謝られるよりもどうしてつけてたのかと、何でやめたかを聞きたいわね」

「最初はただ……美咲がそらちゃんとどんなデートすんのかなって思ってて……」

「ふーん。それはいい趣味ね。で? なんでやめたの?」

「それ、は……」

 自分の中には答えはある。ただ、それをうまくまとめて言葉にできる気はしない上に、そらちゃんに嫉妬したからなんていいたいわけもなかった。

 あたしは返答に困ってつい美咲から視線をそらす。

(……そらちゃんに嫉妬するほどあんたのことが好きって気づいたなんていえるかっての!!)

「その…なんつか……えと」

 気恥ずかしさに美咲を見れないままあたしは意味のない言葉を吐き続けた。

 けど、何か美咲の納得できる理由を言わなきゃ美咲は離してくれないだろうし、ゆめに寂しい思いをさせたことも考えると答えるのはあたしの責任、か。それに、デートを覗いちゃったそらちゃんにも、ね。

「……なんか、今まで美咲があたしを好きなのって当たり前って思ってたの」

「……ふーん」

 求めている答えではなかったはずだけど美咲はあたしが真面目に話をしようとしてくれているのを察して、プレッシャーをかけるために寄せていた体を少し遠ざけた。

「生まれたときからずっと一緒、で、美咲がいるのって当たり前だった、し。今まで、当たり前だけど美咲があたしのいないところでどんな風にしてるかなんてみたことなくて……そらちゃんと楽しそうにしてるのみたら……その……嫌な気持ちになってっていうか……美咲だってこうして他の人と笑ったりするんだなってわかって、もしかしたら美咲はあたしよりも他の人といたほうが楽しいってこともあるんじゃないかなって、少し思ったり、なんかして……」

 あぁあ、何か言いたいことがずれてきたような気がする。大体この言い方じゃ美咲があたしよりそらちゃんのこと好きなんじゃって疑ってるみたいで、美咲のこと全然信じてないみたいじゃん。

「つ、つまり! そら、ちゃんに……………………………嫉妬、しちゃって、二人のデートなんて見てらんなくなったの!」

(あぁ、もう! あたし何言ってんの!!? そらちゃんに嫉妬してるってことは結局、それだけ美咲が好きって言ったのと変わんないじゃん!)

 バカみたい。言い訳どころか逆のことになっちゃった。

 言った直後よりも、じわじわと恥ずかしさが湧き上がってきて顔が熱くなってきたのがわかる。

(っ〜〜)

 美咲に顔見せらんないよ。

「ふふふ、彩音」

 目までつぶって美咲から目を背けるあたしに美咲の嬉しそうな声が聞こえた。

 そして、次の瞬間にはパジャマをつかまれたのを感じ、

「どーん」

 どこかで聞いたような声を耳にしながら、あたしの体は浮遊感に包まれた。

 ドサ。

 と、体がベッドに落ちる音がする。

 ただし、ベッドに落ちたのはあたしの体じゃない。

「っ!?」

 あたしが感じたのは柔らかく熱を持った感触。美咲の、体。

 つまり、美咲に引っ張られてあたしが美咲の上に覆いかぶさっていた。

「ちょ、何すん…っ!?」

 反射的に離れようとしたけど、少し顔が離れたところで美咲の手があたしの首に巻きついていた。

「……………」

 強引に離れようとは思えなかったあたしはあたしの下にいる美咲を見つめた。

 あたしよりもはるかに長い髪が薄いピンクのシーツの上に散らばり、その上で美咲はあたしの首に優しく手を巻きつけたまま、嬉しそうに微笑んでいた。

 ……こんな顔久しぶり、かも。

 美咲は人に思われるよりはよく笑う。それも本当の気持ちからきてるんだろうけど、今の美咲は笑顔は普段の笑顔とは根本的に何かが違う気がした

 ゆめを天使に例えるなら、美咲は女神って感じ。

「ね……なんで、そんなに嬉しそうなん?」

「彩音が好きだから」

「な、何言って……」

「じゃ、彩音が好きって言ってくれたから」

「……言ってないよ。んなこと」

「じゃあ、彩音が嫉妬してくれたから」

「……うっさい」

「自分でも意外に思うくらい嬉しいわ。彩音が私のこと想ってくれてるってわかってても、嫉妬されるも悪くないわね」

 されるほうはともかくするほうがいい気分じゃない。

 ただ、美咲がこんな顔をしてくれるなら……まぁ、悪くはないよ。

 美咲の瞳に引き込まれるようにあたしは美咲から目が離せない。こうされるまでまともに見れないって思ってたのに。

「でも、彩音。そんな嫉妬は無駄よ」

「無駄って……?」

「私が他の人といるほうが楽しいなんてあるわけないわ。まして彩音以上に好きな人なんてできるわけもないわよ、絶対。まぁ、ゆめが大好きなのも、状況によってはゆめがいたほうが楽しいことも認めるけど。でもやっぱり私は彩音が好きなのよ」

「そ、そう……」

 あまりにストレートであたしは逆にどう反応すればいいのか戸惑ってしまった。

「私がいつから彩音のこと好きだったって思う?」

「は? えっと、その……」

「まぁ、好きだったのは物心ついてからずっとだけど、今みたいな好きになったのはいつかってこと」

「そ、りゃ……引越しのとき、じゃないの?」

「違うわ」

「じゃあ、いつな、わけ?」

「小学生の頃よ」

「は!?」

 衝撃的といっていい事実を聞かされてあたしは調子の外れた声を上げた。

 い、いくらなんでも小学生の頃ってことはないでしょ? 今みたいな好きってことは、キスとか、したい好きってことでしょ。それが小学生のときって

「だ、だって、澪とのこと、応援してくれた、じゃん」

 そう、小学生のときから好きならあの時にもっと別の反応をするほうが普通なはず。

「あの時だって色々悩んだのよ。まぁ、でも、好きって自覚したとき、彩音が幸せならそれでいいなんて子供のくせに思って身を引いたのよ。それに、今はこうなれたからいいけど、親友なら一生そばにいられるでしょ? だから、親友でいようって思ったの」

「そ、う……」

 今はこんな簡単に話してくれたけど、その決意をしたときの美咲はもっと、本当に悩んだっていうよりも苦しんだんじゃないかって思う。

 なんか、淡々と離してくれる裏にそんな確信があった。

「それだけ想いを募らせてたのに、彩音が一番じゃなくなるなんてことありえるわけないでしょ」

「…………うん」

 美咲の片手があたしの頬を優しく撫でた。普段なら急にされたら驚くようなことだったかもしれないけど今は素直に美咲を受け入れられる。

「でも、彩音がそんな風に思うのなら、もっと私を好きっていう気持ちを見せてよ。誰にも渡さないっていう彩音の気持ちを頂戴」

(……美咲)

 扇情的に訴える美咲にあたしは、美咲の指に自分の指を絡めていき

「んっ……」

 体を重ねながら口づけを交わした。

  

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