透明なガラスの容器、下段にはアイスクリームとコーンフレークとチョコクリーム。中段には生クリーム。そして、上段にはまたアイスと生クリーム、それにチョコレートソースがかけてあり、バナナやウェハースがそこに刺さっている。
典型的なチョコレートパフェ。最後に一番上にはあるものが添えてある。
プルっとした真っ赤で真ん丸なまるで宝石のような果実。パフェの天辺にちょこんと可愛らしく置かれ、その可憐さをアピールしている。
「さて、と、じゃ、いただきますか」
喫茶店で対面に座っている涼香が目を輝かせて銀のスプーン握り締めた。
「いただきます」
私も手元にある白玉善哉を食べるために同じくスプーンを取る。
「あーん」
涼香はスプーンを持っているくせにまずはと天辺にあるサクランボを手に取った。
「……………」
私はそれをなんとなく見つめてしまう。そして、一度見てしまったらもう目が離せない。
小さくへたを持った涼香の手がゆっくりと自分の唇へ迫っていく。実際はそこまで遅くもないはずなのに、異様にスローに見えてしまう。
赤いサクランボと、涼香の赤い唇。それが触れ合うのかと思うと、何だかそれが妙に魅惑的で胸が高鳴る。
まるで涼香がキス、でもするかのような気分になって完全に目を奪われた。
(あ……あ……)
小さく開かれた涼香の唇が、まるで禁断の果実を口にするみたいに吸い込まれて……
「……んっく」
思わず、生唾を飲み込んで私は自分の唇に触れていた。
「ん? どうしたの、せつなさっきから見てきて」
その凝視する私を不審に思ったのか涼香は一瞬だけ口に含んだサクランボを外に出した。
「っべ、別に、なんでも」
「あー、なに? これ欲しいの?」
涼香はそういってサクランボを私の前で左右に揺らす。
そんなつもり、ないのに目が自然とそれを追ってしまう。
「いくらせつなの頼みでもこれはあげらんないかな〜。あ、でもその白玉と交換ならしてもいいよ?」
パフェについているおまけのサクランボと、白玉善哉のメインの白玉。普通に考えればどう考えてもありえない取引。
「………する」
しかし、今の私には例えこの白玉すべてと交換してもおつりがくるほど魅力的な取引だ。
「え? ほんとに、やった。じゃ、遠慮なく」
涼香は私にサクランボを手渡すとさっさと自分のスプーンで私の善哉から白玉を一つとって口に入れた。
「んー、おいし。やっぱ、善哉もいいよね」
涼香が感想を述べているがそんなものは耳に入らない。私はじぃっと涼香から受け取ったサクランボを見つめる。
(間接、キス……)
一瞬でも涼香はこれを口に入れている。つまり、そういうこと。知恵の実とはこんな風に甘美なものだったのかもしれない。これを食べるなというほうが無理な話。
らしくない、とは思う。こんな風に、こんなことを気にするなんて今まで一度もなかった。少し前までだったらくだらないと一笑に付していた。だけど、今は……涼香のことを好きと気付いてしまった今は……
「せつな?」
「な、何!?」
「食べないの、それ。せっかく交換してあげたのに」
「た、食べるわよ」
もし、涼香に何か感づかれて怪しまれるわけにはいかない。私の気持ちを知られたら、迷惑……かどうかまではわからないけど、もしかしたら涼香が離れてしまうかもしれない。だから、今はまだ気付かれたくない。気持ちが抑えきれるのだから。
「はむ」
私は自分でも意外と思うほどあっさりとサクランボを口に含んだ。
へたから果実を切り取り、舌の上で軽く転がす。
(……甘い)。
馬鹿なことをしている。でも、人を愚かにしてしまう……それが人を好きになることなのかもしれない。
そんなことを思いながら私はこれから食べる善哉よりもはるかに甘い果実を食べるのだった。