好き。
それは色んなものに向けられる言葉。
好きな服、好きな食べ物、好きなテレビ、好きな本。
好きな人。
好きっていう気持ちが色々なものに向けられるように、その向けられた先での好きにも色々な形がある。
好きな人がいて大切にしたいって思う。大切にされたいと思う。
笑顔が見たいって思う。笑顔を見せたいと思う。
声が聞きたいって思う。話しがしたいって思う。
ぬくもりを感じたいと思う。ぬくもりを感じて欲しいと思う。
ずっと一緒にいたいと思う。
そんな風にお互いが想いあっていてもすれ違うことはいっぱいある。
好きなのは一緒なのにその人を本当に大切に想っているのに、ううん、想っているからこそ、時にはすれ違うこともある。
私はこの天原女学院に来てから、たくさんの好きを知った。
それまでは私が知っていた好きなんて、本当に小さなものでしかなかった。ううん、私の好きなんて好きっていえなかったかも。ただ相手のことも考えずに盲目的にその人を好きで、その人の想ってもらいたかっただけ。その人が何を苦しんでいるかなんてちっとも知らずに、ただ想われたかった。必要とされたかった。
その好きが叶わなくなって、私は逃げるためにここに来て、………最初は代わりを求めただけの何にも変わらない好きしかもっていなかった。
でも、親友のおかげで中学生のときよりは前に進めて、夏休みには私がいかに好きを知らないかを思い知らされて、それからずっと考え続けた。
好きってなんだろう。好きってどういうことなんだろう。何が私の好きなんだろう。好きにどんな好きで応えればいいんだろう。
いっぱい、いっぱい考えた。
その間、私なりにいろいろな答えをだそうとしたし、好きが好きな人を苦しめることも知った。
好きのすれ違いが、好きな人を傷つけ、私を想ってくれる人を苦しめた。
それは、こういう言い方はしたくないけど、悪いのは私でも、私だけじゃないって思う。もちろん、二人が悪いんじゃない。好きはそういうことを起こす。だから、好きってちゃんと伝えることは大切なんだ。
好きが信じられなくなることもあった。好きでいればいるほどに、それを失った苦しみが大きくなるっていうことを知って、でも……私は何も失ってはいなくて、私が大切に思っている人たちにいかに思われているか思い知った。
……本当に自分が恥ずかしい。子供だったんだなって思う。やっぱり一年たっても私は私のことしか考えられていなかった。
でも、今は違うって思う。今度こそ違うっていえる。
……私はせつなに好きといわれてからずっと好きの答えを探していた気がする。
私が最初探していたものは決まった答えだったんだと思う。誰にでも共通する好きの答えがあるものだと思い込んでそれを見つけようとしていた気がする。
でも、それは間違い。
そんなものは多分ない。
好きに色々な形があるってことはその答えもその形の分だけあるっていうこと。
好きの答えはその人がそれぞれ自分で考えて、悩んで、苦しんで、自分が勝手に決めることなんだと思う。
……私の好き。
何も知らなかった好き。
色んな思いを抱えた好き。
見えてきた気がするよ。
私の好き。
「っ、う、ん……」
窓から光が差し込んで、私はその光で朝が来たんだと知る。
(朝だ……)
それはいつもの朝。
だけど、特別な朝。
それは今日が休みだからとかそんな理由じゃない。
それは……
「涼香―、早く起きなさいよ」
「んー、起きてるよー」
「なら早く着替えなさいよ。朝ごはんの時間だってあんまりないし、万が一にも遅れられないでしょ?」
「うん、そうだね……わかってるってば」
私は親友と何でもない会話をするとベッドから降りて、せつなと今日のことを軽く話しながら着替えを済ます。
それから簡単に朝の身支度を整えると、せつなと一緒に朝ごはんのため、部屋を出て行く。
「あ、涼香ちゃんにせつなちゃん」
「梨奈、夏樹」
食堂に入ると、丁度入り口から一番近い席に梨奈と夏樹が席を取っていて声をかけられた。
こうなると一緒の席で御飯を食べるのは当然の流れで私とせつなは御飯を取ってくると二人がいた席でなんでもない話をしながら朝ごはんをとる。
「でね、夏樹ちゃんたら……」
「ちょ、梨奈その話は……」
「ふーん、二人は相変わらずね」
「そだねー、いっつもラブラブでうらやましいことで」
今さらだけど、この寮での共同生活っていうのは不思議というか、同年代の子たちと比べて変わっているだと思う。こうやって寝食を共にしていると、ただの友達とは違う家族のような一体感が芽生えてくる。だけど、それはやっぱり家族とも違うもので、こういうところでしか育めない絆。
今、せつなや梨奈、夏樹。他のみんなとここで暮らせていること。それは私にとってすごく大切な時間になっている。はじめはただ逃げてきただけなのに、それがこんなに大好きな人たちとの出会いを生むんだから、人の縁のなんと数奇なこと。
なんて、かっこつけても意味がないけど。
「そういえば、涼香今日だっけ?」
ふと、夏樹が思い出したようにそう口にした
「うん、そう」
「……そっか、頑張ってっていうのも変かもしれないけど、頑張ってね」
「ありがと」
せつなが口を挟まない中、私は短く答える。
そう、今日は少し特別な日。ほとんどの人たちにはいつものお休みでも私にとっては違う。
二人には、軽くだけど話してある。私の昔のこと、まださつきさんに連れ出される前のこと。心配させちゃった、から。それに、私自身向き合わなきゃいけないことだったから。だから、二人に話した。
人に知られて気分のいいことじゃないし、聞いても嬉しくもないはずの話だったけど、二人はありがとうって言ってくれた。話してくれてありがとうって。多分、少し前の私ならそのありがとうの意味がわからなかった。だけど、今はわかる。二人がどんな気持ちでそう言ってくれたのか。
私は恵まれている。こんなに素敵な友達に囲まれて毎日を過ごしているんだから。
「それじゃあね、二人とも」
「うん、バイバイ、またね」
御飯を食べ終えた私たちはそこで残っておしゃべりをすることもなくお互いの部屋に戻っていった。
部屋に戻った私は、まず服を脱いだ。
それから鏡台の側にかけてある制服を取る。
「にしても、なんでわざわざ制服なの?」
「ん、そういえば、ちゃんと見せたことなかったから。試着とかはしたけどね。なんていうか、この制服着てちゃんとやってるって所見せたいかなってね」
「そう」
会話をしながら着替えをする背中にせつなの視線を感じる。
背中に感じる視線は、簡単な気持ちじゃない。重い……せつなと私の間だけわかるような複雑な想いが飛び交っている。
「よし、っと」
着替えを終えた私は写し身を見て、薄い青色の制服に包まれた自分の姿を見つめる。
(うん、悪くないよね)
少なくても見られて恥ずかしい姿じゃない。
「……涼香」
「っ!?」
自分に見惚れていた私はせつながいつのまにか側に寄ってきたことに気づかず、せつながしてきたことに少なからず動揺する。
「………」
一瞬目を閉じる。
冷たい、でもすごく暖かいせつなの手が私の手を包んでいた。
両手で私の守るかのように包み込んでくれている。
「……頑張って、来なさいよ」
「……うん」
私は頷く。せつなが簡単に口にできたはずはない言葉に。
と、私が頷くと同時にせつなはあっさりと手を離して私から離れた。
「ところで、お客さん」
「え?」
「向こうで待ち合わせするんじゃなかったの? まぁ、ある意味らしいような気もするけれど。さっき窓から見えたし、玄関にでもいるんじゃない?」
「そう、なんだ」
「さっさと準備して会いに行きなさいよ。涼香のためにわざわざ来たんだろうから」
「うん、ありがと」
「ふ、何がありがとうなのよ。ま、いいわ。どういたしましてって言っておく」
ありがとう。
伝えきれない。せつなにはいくらそう言っても全然伝えきれない。
「……ありがと」
でも、私はだからこそもう一回そう告げて美優子に会いに行くのだった。