晴れやかな気分だった。

 心にあるもやもやや、さつきさんへの悪い気持ちが完全に払拭されたわけじゃなかったけど、それでも悪くない気分だった。

 さつきさんを見送った私たちは駅の広場に出てどうするわけでもなくぽつんと立っていた。

 暖かな日差しと、抜けるような青空の下、心地いい風に吹かれて私は空を見上げていた。

 この空みたいに人の心が完全に晴れるっていうことはないのかもしれない。雲に覆われるときもあれば、雨が降ることだってある。

 それでも、太陽は絶対にそこにあって、こうして心を照らしてくれる。

「あ、あの……?」

 私は美優子を見つめる。

(……やっぱり、今日言おう)

「ね、美優子」

「は、はい」

「デート、っていうか、行きたいところがあるんだ」

「はい?」

 私は今日最初から考えていたことだったけど、この後どうするかなんて考えていなかったのか美優子はどこなんだろうって心当たりを探しているような顔をしていた。

 美優子をまた信じられるようになった日から漠然と考えていたこと。徐々に気持ちがまとまってきていて、今なら言葉にだって出来るって思う。伝えられると思う。

 私の気持ちを。私の好きを。

 今、私が大切にしたい人に。

 

 

 懐かしい場所だった。

 そこは毎日通っていたこともある場所で、美優子にとっても特別な場所。ある意味じゃ私と美優子を引き合わせてくれた場所。

 町を見下ろせる高台の公園のベンチに私たちは座っていた。

 友達よりも近く、恋人よりも遠い距離で。

「まずは、さ」

 町を見つめていた私は覗き込むように美優子の顔を見つめる。

「今日、ありがと」

「い、いえ」

「……ううん、今日だけじゃない。ここに来れたのも、さつきさんとこうして話せたのも美優子のおかげ」

「あ、それは……」

「うん、わかってる。でも、やっぱり私は美優子にお礼言いたいんだ」

 わかってる。美優子だけの力じゃなかったって。せつなのおかげでもあるって。それをわかってても私は美優子そういいたかった。

「……今日会ってわかったけど、ううん、わかってたけど。やっぱり私ってさつきさんが大好きなんだ。一番特別な人。多分、それって絶対に変わらない」

「はい……わかる、つもりです」

「だから、話せてよかった。ちゃんと、好きだって言えてよかった。言ってもらえて嬉しかった。美優子の、おかげ」

「そ、そんな別にわたしなんて」

「ううん、美優子が側にいてくれたから勇気がでたんだ。美優子がいてくれたからここまでこれたんだよ」

「あぅ……」

 普段、気持ちを素直に伝えない私なもんだから美優子はこんなことですら真っ赤になってる。

「最後のだってさ、美優子が何かさつきさんに言ってくれたんでしょ? じゃないとさつきさん、自分からはあんなことしてくれないもん」

「い、いえ……そんな、大したこと言ったわけじゃ」

「ふーん。何言ったの?」

「ほ、ほんとに大したことじゃないんです。……ただ、気持ちはちゃんと伝えたほうがいいって。多分、涼香さんもそうして欲しいんじゃないかなって思って……」

「……………」

 美優子ってたまに……

 私は思わず表情を変化させる。私としてはそれはある意味感謝みたいなものだったんだけど。

「あっ!? す、すみません!! わ、わたしが勝手に思っただけですけど……その、やっぱり……好きな人から好きって言われるのは、嬉しい、ですし」

「……うん、そうだよね」

 にしても、ホント美優子って鋭いっていうかなんというか。たまに私が無意識にしてもらいたいって思うことをそのまましてくれたりするんだよね。

(……ほんと、助けられてばっかり)

 いくら感謝しても言葉を尽くしても足りない。

 言葉だけじゃ。

「あの、さ……」

 ドクンドクンって胸が高鳴る。

 昼間の強い日差しに照らされる場所で私は、この場所に来た目的を果たすために一歩を踏み出した。

 ベンチに置かれていた美優子の手。それに手を伸ばした私は指と指を絡めてつなぐ。

「好きだよ、美優子」

 ふにっとした柔らかな触感をかんじながら私は気持ちを伝える。

「え、えぇ!?

 手をつながれたことにも、いきなり告白されたことも美優子は驚きを見せたけど、私はその美優子を掴む手にぎゅっと気持ちを込める。

「私、今幸せって言ったよね」

「は、はい」

「さつきさんがいてくれたから幸せ」

 さつきさんがいてくれなかったら、私は今絶対に幸せじゃなかった。生きてすらいなかったかもしれない。でも、今私が幸せに思うのは。

「それにね、美優子がいてくれるから幸せ」

 美優子が隣にいてくれるから、私を想ってくれるから、こうして手を繋いでくれるから幸せ。

「涼香さん……」

 はにかみながらも嬉しさを隠せない美優子の声。

「大好きだよ、美優子」

 私はそれを聞きながら、もう一度気持ちを伝える。

 大切な気持ちを。

「わたしも、大好きです」

「うん」

 あぁ、胸の中で気持ちが溢れちゃってる。もっといっぱい言いたいこともあったし、色々シュミレートだってしたのにいざ目の前にしたらシンプルな言葉しか出てこない。

 その後、少しの間は二人無言になって正面に広がる景色を見つめていた。

 肩を寄せ合い、体を預け、手をしっかりと握って。

「……初めて会った時もさ、ここきたよね」

 ふと、そのことを思い出す。

「はい」

「ふふ、今思うと妙な出会い方をしたもんだよね。いきなり押し倒しちゃうしさ」

「……胸も、触られちゃいました」

「う……余計なことまで言わないでよ」

 まだあれからは一年もたっていない。でも、その間に色んなことがあった。そう、こんなことを思うほど様々なことが。

「ね、最初ここに来たとき、小さいころここで約束したって言ってたよね。友達と大きくなったら一緒に天原に行こうって」

「あ、は、はい」

「……その約束は破られちゃったかもしれないけど、そのおかげで今、私たちってこうしてるんだよね」

「はい……」

「……今度は私と約束しない?」

「え?」

「ううん、約束っていうよりも誓い、かな」

「誓い?」

「うん」

 目を閉じる、繋いだ手から、触れ合う肩から、体から伝わる美優子の鼓動とぬくもりと想いを感じて。

(……ドキドキしてる。 ……当たり前だけど)

 それから天原に来てからあったことを頭に駆け巡らせた。

 せつなのこと、梨奈や夏樹のこと、雫のこと、宮古さん、友達やクラスメイトのこと。そしてなにより美優子のこと。

 みんなと培ってきた思い出を心にかみ締めて、私は誓う。

 

「私、美優子を幸せにする」

 

 暖かな日差しのさす青空の下、私たちの学校と街をのぞみながら私は美優子への想いを言葉にした。

「涼香、さん」

「私はさ、美優子に幸せにしてもらったの。だから、私も美優子のこと幸せにしたい。それも今だけじゃないこれからも、ずっと……」

「ずっと……」

 突然すぎる、告白……ううん、それ以上の言葉に美優子はまだ現実感がもてないのかぽかんと口を開いた。

「うん、ずっと…………一生」

 これが、私の好きだ。美優子に幸せにしてもらった分、今度は私が美優子を幸せにする。そんな曖昧で漠然としてて、単純で……でも私が思う、とても大切な好き。

「一生って、あ、あの……っ!!??

 繋いで手に力を込めて、ありったけの想いを言葉と

「んっ……」

 キスにこめる。

 唇を触れ合わせているだけなのにそのままとけあって美優子と一つになっちゃうんじゃって思うほどに甘い甘い口付け。

 目を閉じて、まるで私の一部になったかのような美優子を感じる。

(大好き、美優子)

 私は美優子が大好きだ。これまでいろんなことがあった、楽しかったことだけじゃない。誤解やすれ違いからお互いに苦しむ事だってあった。これからだってあるだろう。

 それでも私は美優子を幸せにすることを誓う。幸せにしてもらったからとかじゃない、美優子が好きだから幸せにしたいの。

 唇を離した私は真っ赤になりながらも、それ以上に沸騰している美優子を見つめて笑顔になった。

「だから、一緒にいて。これからもずっと」

「…………はい!

 そして、美優子も応えてくれる。

 私と同じ、世界で一番幸せそうな笑顔を浮かべ、私と同じ気持ちを持って。

 

 好き。

 すれ違うこともある。

 誰かを悲しませることもある。

 泣かせることだってある。

 時には取り返しのつかないようなことにだってなることさえあるかもしれない。

 だけど、

 こんなにも暖かくて、嬉しくて、笑顔になれる。

 私の好きがこれからどうなるかはわからないけど、この好きを私はこれから美優子と育てていこう。

 ううん、好きじゃない……

 

 私たちはこの愛を二人で育んでいくことを誓う。

「美優子」

「涼香さん」

 体も心もすべてをお互いに預けあい、

 視線の先に私たちの居場所を、

 そしてなにより、

 二人で歩む未来を見つめて。

 この愛を二人で……ずっと。

 

雑感

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