「ふぅ」

 ため息。

「……はぁ」

 もう一度。

「……………ふぅ、ん」

 最後にため息というよりは、嘆息と表現するほうが正しいような息を吐く。

「な、なぎちゃん、どうしたの? 色っぽい声だして」

「……それ、冗談いってるつもりなの?」

「え?」

「……まぁ、いいわ。ふぅ」

 就寝時間の迫った部屋で私はテーブルに手をつきながら暗い気持ちを少しでも吐き出していく。

「なぎちゃん?」

 すでにベッドに入っていた陽菜は私の様子をおかしいと思ったのかベッドから出てきて、私の隣に座り込んだ。

「何?」

「何、っていうか、そんなにため息ばかりついてたら気になるよ?」

「……そう。ごめんなさい」

 ……心配されたくて、そんな風にしてるなんて思われたら心外ね。

 もっとも、そんなことに気を回せる余裕がないほど落ち込んでいるのだけど。

「あ、謝らなくてもいいけど、どうかしたの?」

「…………………」

 陽菜の顔を見つめる。

「……なんでもない」

「…………」

 すぐに陽菜が寂しそうにするのがわかった。

「っていうわけにもいかないわよね。……陽菜にも関係ないわけじゃないし」

「え?」

 心配そうにしたり、寂しそうにしたり、不思議そうにしたり、ころころと表情が変わること。

「…………ふられたの」

「………………え?」

 そして、今度はきょとんと何が起きたかわからないといった顔。

 本当に忙しいこと。

「…………」

「…………」

 二人の間に沈黙が流れる。

 電化製品の音や、部屋の外から聞こえてくる足音や話し声などがやけに大きく聞こえてくる。

 それだけ私と陽菜の間には凍りついた時間が流れている。

「え、っと……あの、なぎ、ちゃん……?」

「何?」

「あの、それって……」

「だから、ふられたって言ってるのよ」

「え、と……朝比奈、先輩に、だよ、ね?」

「私には他に好きな人はいないわね」

「…ぁ、う……」

 陽菜は黙ってしまった。唐突に予想もしていなかったことを言われたせいで頭が働いていないのだろう。

 逆に私はそんな陽菜を見つめながら口元には笑みを浮かべる。

 もちろん、いい意味ではないけど。

「な、なぎちゃんそれってどういうことなの!?

 と、しばしフリーズしていた陽菜が目を覚ましたかのように私に詰め寄ってきた。

「そのままの意味だけれど?」

「こ、告白したの!? 朝比奈先輩に」

「えぇ、そうよ。じゃないとふられるなんてできないんじゃない?」

「い、いつ!?

「今日。まぁ、見事にふられたわけだけれど」

 淡々を伝える私に陽菜はやっと先ほど立ち直れていたのにまた顔色をころころと変えて自分のことでないのに混乱を極めている。

「陽菜」

「な、何!?

「どうして陽菜がそんなに驚いているの?」

「だ、だって、そんな、いきなり告白する、なんて思ってなかったし」

「いきなりも何もそうするしかないじゃない。好きって伝える以外どうしようもないわけだし」

「そ、それは、そうかもしれないけど……ほ、ほら、もっと、その……ムードとか、タイミング、とか」

「そんなものいちいち気にしてたらいつまでたっても話が進まないじゃない」

「え、と、その、でも……」

「私はあの人のことが好きで、だから好きって伝えた。それだけの話よ」

 少し早口になる。陽菜から私がどう見えているのかは知らないけど、さっき無意識にため息をついてしまっていたように落ち込んでいないわけはないのだから。

「……どうしたの陽案?」

「えっと、その……やっぱりなぎちゃんって変わってるな、って思って」

「否定はしないわ。一応言っておくけど、悩んだりしなかったわけじゃないわよ。悩んだ結果そうしただけ」

「そう、なんだ」

 一人で抱えようとしていたことを外に吐き出す。それはこれまで私があまりしてこなかったことだけれど、悪くはないみたい。

 少なくても一人でため息をついているよりは。

 私は少しだけ心を楽にして立ち上がろうとした。

「それ、で……どう、するの?」

 けれど、陽菜の中では話が終わっていなかったらしくためらいと好奇心を戦わせているような表情で私に問いかけてきた。

「どうするって?」

「だ、だから……」

「諦めるかどうかってこと?」

「う、うん」

「諦めないわよ。予想はしてたし。このくらいで……っ、ごめんなさい」

 やはり私も動揺しているのか無意識に陽菜にとってとんでもないことを言ってしまおうとしていた。

「う、ううん。気にしないで」

「……そう。ありがとう」

 陽菜は優しい。私は今完全に陽菜を侮辱しようとしていたのに。

「まぁ、そういうわけよ。ふられたからって私の気持ちは変わってない。先輩の力になりたいって思ってる。先輩のこと、好きよ」

「…………うん。頑張ってね」

「ありがと」

 当然落ち込んでいた私は陽菜と話せたことに背中を押されて立ち上がる。

「さて、それじゃそろそろ寝ましょうか」

「うん」

 やっぱり私はいい友達を持っているなと思いながら私はベッドへと入っていくのだった。

 

 

 とは、いうものの……

 電気を消してベッドに入り込んだ私はまた気持ちを沈めていた。

 諦めるつもりはない。

 それは確かだが、ふられた当日にそれを思い続けるのは楽なことではない。

(……こんなに落ち込むものなのね)

 ここまで落ち込んだのは天原に来ることが決定していたとき以来だ。

 以来、というよりも人生において二度目の落ち込み具合ね。

 初めての告白でふられたということと同等なのって言われるかも知れないけど、結果はともかく天原が決定したときには本当に落ち込んだもの。

 そのことは早くもよかったと思えたけれど……

(……今回はそうもいかない、わよね)

 何度もいうけれど、諦めるつもりはないの。

 あの人の側にいたいと思う気持ちはそう簡単には折れないつもりだけど……

(嫌われたもの。完璧に)

 そうまさしく完璧に。

 私がペシミストだということを差し引いても、絶対に嫌われてしまった自信がある。

 当然といえば、当然だけれど、経験値のない私は告白する以外にはすることが思いつけなかったの。

 恋愛なんて、今までそんな得体のしれないものに近づいてこなかった私だから。

 浅はかなことしか出来なかった。

(…………そういえば………)

 ふと、これまで気にしていなかったことが頭をよぎり

「……ふふ、なるほど、ね」

 そして、沈みながらも得心したように呟き

「……ほんと、浅はかだったわね」

 その浅はかなことを思い出すのだった。

 

 

 

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