それは、穏やかな昼時。
三階のロビー。
周りには誰も居らず、ぽつんと一人でイスに座る私は不自然な動きをする心臓に気を取られていた。
休みの昼ということもありまわりだけでなく寮の中自体に人の気配が少ない。
……これから私がすることを思えば好都合だけれど。
コツ
「っ」
背後から足音が聞こえてくると、私は反射的に身を震わせてしまう。
(……らしくない)
仕方ないといえば仕方ないとしても、自分ではいつでも冷静でいたいと思っている自覚がある私としてはあまり面白くないことだった。
「水谷さん、お待たせ。待った?」
私も想い人、朝日奈せつなさんは美しい髪をなびかせて私を見下ろしてくる。
「いえ、そうでもありません」
「普通、こういう時は待ってないっていうものじゃないの。待っててもね」
「そういうもの、ですか」
事実と異なることを述べたところで仕方がないと思うけど。
「まぁ、いいわ」
朝比奈先輩は、それほど興味なさげにテーブルをはさんだ対面に座る。
「それで、話って何?」
そして、私が何を思っているかなんて想像もつかずに本題へとうつってきた。
「正直、あなたに呼び出されるといいイメージがないけど?」
「でしょうね」
先輩は冗談でこんなことを言っている。しかし、時には冗談が真実をつくこともある。
(……今回も、そうですよ)
悩んだ。一晩とは言わず、何日も何日も。
相談なんかはしなかったけど、とにかく悩みぬいた。
そして結局はこれしかないという結論に達した。いえ、違う。はじめからこれしかなかった。
朝比奈先輩から言われることなんてありえるはずはないのだから。
「それで、何?」
足を組み、指を絡めて朝比奈先輩はもう一度私に問いかける。今のところは普通の先輩としての態度に思える。改めて話があるという後輩の話を聞こうとしている普通の先輩に。
(……私は、この人のことが好き)
まずはそれを再確認。
どこが好きかではない。ただ、側にいたい。力になりたい。守りたい。この人の悲しむ姿を見たくない。
今以上に朝比奈先輩の側に、いたい。
そのためには気持ちを知ってもらわなければ。
「好きです。朝比奈先輩」
私は、緊張していないはずはない体であっさりとそう伝えた。
その瞬間に、一瞬だけ体中が弛緩したように緩みを見せるが。
「……………それ、冗談なら最悪だけど。冗談じゃないならもっと最悪ね」
絶対零度の氷よりも冷たく、どんな剣よりも鋭い朝比奈先輩の視線。
ほとんどの人はこの瞳に射抜かれれば次の言葉は出せなかっただろう。しかし、動揺していても、ひるんでいても、初恋で初めての告白だとしても。
私は、私だった。
「冗談ではありません。本気で先輩のこと、好きです」
そして、私にとってはこれが精一杯の告白。
「………………………………」
「っ!!?」
視線が射抜く。それだけで圧迫され、逃げたくなってしまうほどに恐ろしい目。
「……よく、私にそんなことが言えるわね。私のこと、知らないわけじゃないくせに」
「だから、で……」
すと続ける前に、
パン!
鋭い音と痛みが体を突いていた。
「私が、誰かに、水谷さんにそんなことを言われて喜ぶと、思う?」
「私は、ただ……気持ちを伝えたかっただけ、でっ!!?」
パン!
もう一度、頬に同じ痛み。
「二度と私に話しかけないで」
「………………っ」
鋭い切れ味を持った朝比奈先輩の刃は私の胸を突き刺す。
そうして、朝比奈先輩はその場を去っていき、私の初めての告白は見事に散るのだった。
「……浅はか、だったわね」
朝比奈先輩の刃は毒を持っていたように今私の胸でじわじわと痛みをましてきている。
と、いうよりも痛みに今まで気づかなかっただけかもしれない。
どっちにしろ
もう、まともに話すことすらできないのね。
これまでは仲がいいとは言わないまでも、一番話すことのできる先輩だったのに。自慢ではないけど、先輩から見てもよく話せる後輩だったとも思えていた。
しかし、それはもう過去の話となった。
私がどうこうするのは勝手でも、朝比奈先輩は私に応えてはくれないだろう。
告白することだけにとらわれていてそのほかのことに頭がまわっていなかったみたい。予想通りに告白が失敗すればこういう事態になることは明白だったというのに。
だから、告白を躊躇したりするのね、なんて今さら後悔しても遅い。
(……これが、恋、か)
叶わなければリスクを背負う。これまであった少し幸せな時間を失ってしまう。告白さえしなければそれはもしかしたら先輩の卒業まで続いたかもしれないのに。
あぁ、だから卒業前に告白とかがはやるのね。
卒業してあうことがなくなればこの気持ちも少しはやわらぐ。諦めるつもりはないのに、顔を合わせる事はつらいと思ってしまうのだから。
「ふふ……」
恋って難しいわ。
おそらく人の世で常に思われ続けてきた感想を抱き、私は落ち込んではいても、人生で初めてふられた夜をまるで何事もなかったかのように終えるのだった。