すべての恋が実るなんてそんな事はありえない。

 どれだけ苦しもうと、どれだけ悲しもうと、悩もうと、それが報われるとは限らない。

 苦しむだけで終わる恋なんていくらでもある。

 でも、恋が終わったからといって、募らせた想いが消えてなくなるわけじゃない。想いは心の中に残る。

 その想いはどうなるのだろう。どこに向かうのだろう。

 心の中をさ迷い、少しずつ小さくなっていつしか消えていくのだろうか。

 それとも、その想いを今度は別の誰かに向けるようになるのだろうか。

 

「だから、ありえないのよ。絶対、他の人を好きになるなんて、絶対ありえない」

 

 それとも、恋を終えても、望が消えてもその想いはその人を終わった恋に縛り続けるものなんだろうか。

 答えは、わからない。

 ただ今一つわかっているのは、

(朝比奈先輩……)

 まだ私は恋をしているということだった。

 

 

 私は恋をしている。

 それは朝比奈先輩を好きになったと思ったときから自覚していると思っていたものだった。

 その時はまだ漠然と朝比奈先輩の力になりたいと思うだけで、何をどうしたいのかや朝比奈先輩を好きになるという意味をわかっていなかった。

 恋には覚悟が必要だと思う。まして、それが朝比奈先輩相手なら朝比奈先輩が抱えているものを背負う覚悟が必要だった。

 朝比奈先輩の恋は終わってはいるのだと思う。少なくても朝比奈先輩自身はそう思いこもうとしているはず。

 しかし、恋をしていた気持ちは終わってなどいない。それは今も、そしておそらくこれからも朝比奈先輩を縛り続ける。

 それは私から見ればただ辛いだけにしか思えなかった。

 だが先輩はそれを望んでいる。

 少なくても私にはそう思えた。

 以前の私ならそんなのはばかげたことだといっていたはず。それが言えないということ、それこそ、私が朝比奈先輩に恋をしている証だった。

「……ぎ、ちゃん?」

(そう、恋をしている)

 その自覚は日に日に高まっていた。

「なぎちゃんってば」

 こうして、目の前にいる親友のことすら忘れてしまうほど。

「ごめん、陽菜。何?」

 机に頬杖をつき、思考に集中していた私の肩を陽菜が揺さぶってやっと陽菜の存在に気がつく。

「次、移動教室だよ。そろそろ行かなきゃ」

「もう、そんな時間?」

 いわれて周りを見渡すと教室はすでに閑散としており、時計を見れば確かに休み時間が終わる寸前だということはわかった。

「ほら、早くいこ」

「えぇ」

 これもらしくないことの一つだ。この私が他人のことを考えているせいでやらなきゃいけないことすら忘れてしまうなどこれまでなかったこと。

 私はすぐにノートと教科書を用意すると陽菜と一緒に教室を出て行った。

 移動教室に向かうため少し急ぎながら廊下を行っていた私たちは

「あ………」

 ふと、窓から見えた光景に思わず足を止める。

「朝比奈、先輩」

 窓の外に見えたのは私をおかしくさせている相手だった。これから体育の時間なのか体育着姿で下駄箱から校庭のほうへと向かっていく。

 好きな人を目で追う。

「なぎちゃん?」

 それは自然なことだろう。

「ごめん、なんでもない。今行く」

 もう一度はっきりとした視線を送り、陽菜に追いつくため小走りになった私は

(悔しいけど……私は、あの人が好きなのよね)

 こうした恋にとって自然なことがあるたびにいちいち思い知らされることをまた強く思うのだった。

 

 

「……ふぅ」

 私は熱いお湯につかりながらため息をつく。

 浴場自体にはそれなりに人はいるが、私はそんな人だかりから離れたところで一人浴槽の壁に寄りかかっていた。

(今日も話せなかった、わね)

 この数日、一日の終わりに思うことを今日も思う。

 それは先輩に告白してからも思っていたことだが、今は意味が違う。

 正確には話せなかったではなく、話す勇気が出なかったということだ。

「……恋、してるのね、私」

 水面に写った自分の顔を見ながら他人事のように呟く。

 この前、朝比奈先輩にやめたほうがいいといわれた日、諦めようと思ったのは嘘ではない。あれはあれで本気の気持ちだった。

 弱い私は嫌いで、情けない私も嫌いで、人の目を気にして言いたいことも言えない自分なんて絶対に受け入れたくなかった。

 今でも、それは変わっていない。

 今の私を私は好きになれない。

「でも、ね」

 熱いお湯に体をたゆたわせながら私は目を閉じた。

 瞳の裏に浮かぶのは先輩の背中。恋の苦しみをすべて背負ってしまったかのような、見つめることだけでも怖くなるようなせつなさを秘めた姿。

 目を閉じたまま、私は手を伸ばす。

 現実ではその先にはもちろん何もなくて、ただ空を切るのみ。想像の中でもまるで届いていない。

「……………」

 今度は、目を開いて伸ばした手のひらを見つめる。

(…………恋、ね)

 届かせたい。この手を想像じゃなく、現実に先輩の背中に、ううん、手を取ってあげたい。

 結局私は恋を取ったのか自分を取ったのかは定かではない。

 はっきりしているのはあの人の力になってあげたいということだけだ。

(……にしても……)

 お風呂の中でさっきから無意味な行動をしている私は今度は膝を抱えて

「……どうすればいいのかしらね」

 と、今の素直な気持ちを吐き出すのだった。

 

 

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