どうすればいいのかわからない。
あるのは力になりたいという漠然とした思いだけ。
想いがなければ何も出来ないかもしれないが、想いだけではなにもできはしない。
そんな中、さらに私を追い込むようなことが起きる。
「……先輩……」
その日も私は何もできなかった一日を追え、寮をふらついていた。
今の私を中学の同級生が見たら驚くだろう。私がこんな風に弱気になって、恋をしているなんて。ホントに自分でおかしく思うくらいだ。
以前の私を知っている相手が見たらなおさらだろう。
「あ………」
目的があったわけではない。話したいとは思っても探そうとしていたわけではない。
しかし、視線の先にその人の姿を発見してしまった私は足を止めていた。
「朝比奈先輩……」
二階のロビー先輩や私たちの部屋がある階でもないが、先輩はそこで同じ二年の先輩たちとお茶を飲んでいた。
(……うそ……なにこれ)
そう私が感じたのは、先輩が……
「ふふ」
笑っていたからだ。
笑っているのに、笑っているから?
私は無意識に胸を押さえた。
痛い、気がする。キュウっとまるで締め付けられているような感覚が確かにしていた。
こんなのは、私の勝手な想像だけど……もしかしたら、ただの嫉妬がそうさせているのかもしれないけど……
「……うそ……」
先輩の笑顔を見ていたら頬に雫が伝った。
(やだ……なんで泣いてるの?)
先輩が笑ってるのは、嬉しいこと、じゃない。笑顔にしたいって思ったんでしょう! なのにどうして泣くのよ。どこになく理由があるのよ!?
私にその笑顔が向けられないから? 私がいないところで先輩が笑顔だから?
わからない。わからないわよ!!
わからないけど涙が出て
「……っ!!??」
目が、あった。
逃げる理由なんてどこにもない。ないのに
「っ!!」
私は踵を返すと、逃げるように駆け出していた。
涙の理由もわからぬまま、駆け出した私は……
ドン!
と、誰かにぶつかってしまった。
「っ!?」
「す、すみませっ……!!」
素直に謝ろうとしていた私の口が止まる。
「友原、先輩」
そこにいたのが私にとってもある意味特別な人だったから。
「わっと、どうしたの渚ちゃん?」
友原先輩はそれほどの衝撃を受けたわけではなさそうで、突然ぶつかってきた私をどこか心配そうに見つめていた。
「何でも、ありません」
相手が誰であろうと私は目を背けるのが嫌いだ。だからこの時も私は前を見ていたまっすぐ友原先輩を。
「っ? どうしたの?」
しかし、それがまずかった。私は今、泣いていた。それも目の前の人にも関係のあることで。
「何でも、ない、です」
「え、でも」
「何でもないって言ってるんです!!」
抑え、られない。気持ちが。理解不能な気持ちが、頭の中を駆け巡っていて感情が暴走している。
(この人、だ……)
この人が、せいだ。今私がこんな気持ちになっている原因。元を正せば全部、この人なんだ。私が恋に苦しんでいるのも、こんな嫌な自分と向き合うことになっているのも、陽菜に嫌われるかもしれないほどのことをしたのも、全部。
そして、なにより、
朝比奈先輩を………朝比奈先輩を……
(朝比奈先輩を……)
何? この人は朝比奈先輩をどうしたの? そんなの、知らない。知らないけど、一つだけわかる。
この人は朝比奈先輩をふった。あんなに想われているのに。朝比奈先輩があんなにこの人のことを想っているのに!
ふったんだ。朝比奈先輩のことを捨てたんだ。
「……らい」
「え?」
もう相手を見るとかそんなレベルじゃない。にらみつけた友原先輩を。
「大っきらい!! あなたのことなんて大嫌い!」
「え? あ、の……渚、ちゃん?」
友原先輩が目を丸くしている。
(……当たり前だ)
信じられない。こんなことしているなんて、友原先輩に当たったところで朝比奈先輩が私を見てくれるわけじゃないのに。むしろ、こんなことが知られれば余計に嫌われるかもしれないのに。
「朝比奈先輩をあんな風にしておいて、なんでそんな平然としてられるんですか!? 朝比奈先輩が今、どんな気持ちで過ごしてると思ってるんですか!?」
そんなの、私のほうこそ知らない! 私はこの人よりも朝比奈先輩のことを知らない。知ってるわけもない。でも言ってしまった。
「っ………」
それでも私は目を外さない。涙を浮かべたままにらみつけるように友原先輩を見つめるだけ。
「渚ちゃん……」
戸惑いを隠せないながらも友原先輩は何かを考えるような目で私を見つめていた。
「…………」
そして、会話ともいえなかった会話が止まる。
一方的な敵意を押し付けているとわかってはいる私はその興奮が少しでも収まってくると、自分がいかに愚かでみにくいことをしているのかに気づかされる。
それでも謝る気になれなかった私は
「っ。失礼します!!」
けんか腰のままはきすててその場を去っていくのだった。
「っはぁ……はぁ」
友原先輩の前から逃げてきた私は部屋に逃げ込むとドンとドアを閉めて、そのままへたり込んだ。
「な、なぎちゃん……?」
部屋にいた陽菜は当然、突然やってきた私を困惑して迎える。
「…………ねぇ、陽菜?」
「あ、な、何?」
「恋って、何?」
「え………?」
私はたったいま友原先輩にしてしまったことを陽菜に話した。
一人で抱えるには重過ぎるものだったから。
「もう、何してるかわからない。なんなのよ、これ……」
恋なんて何一つ、楽しくない。嬉しくない。
苦しいだけ、辛いだけ面白くないだけ。
制御できない自分に振り回されるだけ。
「なぎちゃん……」
「っ!? ひ、な?」
へたりこんだまま俯いていた私は陽菜の予想もしなかった行為に思わず顔を上げた。
やわらかな陽菜の感触、背中に回された優しい腕。
「あ、あの、陽菜。どう、したの?」
「……なぎちゃんって可愛いなって思って」
「な、何言ってるのよ!? 全然、そんなこと……」
「ううん、可愛いよ」
何を言っているのか、わからない。言葉だけでなら皮肉にすら聞こえる。
なのに、不思議には思っても不快には思えない陽菜の言葉。意味はわからないのに、心にはすんなりと入ってきた。
「……なぎちゃんは本気で朝比奈先輩のことが好きなんだね。なんだろ、なんか嬉しい、かな?」
「どういう、意味?」
「だって、だから怒ったんでしょ? 本気で好きだから、友原先輩に嫌いなんて言っちゃったんだよね」
「好き、だから……?」
そうなの、かしら? 多分陽菜の言ってる事は間違ってはいないのだと思う。好きという気持ちが友原先輩への反感となったのは正しい。
「きっとなぎちゃんは悔しかったんだよ」
「悔し、かった?」
「うん。友原先輩のことがうらやましくて、悔しくて……ひどいこと言っちゃいたくなっちゃったの。……朝比奈先輩は友原先輩のこと、好き、なんだもんね」
「そう、ね」
「きっとねそれがなぎちゃんはいやだったの」
「…………」
体を離して真正面から私を見つめる陽菜に私は否定をできない。
「なぎちゃん、諦めたりとかしちゃだめだよ。きっと、なぎちゃんの想いは伝わるって想うもん。伝えなきゃいけないもん」
今の私にはまだ理解はできないけど、想いを伝えるというのは単純に好きと言葉にすることではないだろう。
「だから、なぎちゃん。逃げないでね、朝比奈先輩から」
まだまだ恋にすら振り回される私は陽菜にただ頷くことしかできなかった。