その日は、泣きながらも最後には愛歌は受け入れてくれて……それから愛歌は何かことが起こるたびに美愛の部屋を訪れるようになった。

 テストの出来が悪かった。

 親に怒られた。

 単位を落とした。

 時には、妹に残していたプリンを食べられたとか意味のわからない理由で訪れたことすらあった。

 今にして思えば、理由なんてどうでもよかったのかもしれない。

 初めのころは、美愛の部屋に来てもただ話をするだけだったりもあった。好きなお菓子を食べ、お酒やジュースを飲んだりして言葉だけで慰めていた。

 たまに愛歌が【そういう素振り】を見せてくると、美愛は戸惑いながらも自分から唇を重ね、夜を共に過ごした。

 そうしなければ、愛歌にとってあの夜が嘘になってしまうような気がしたから。愛歌の素振りを見せるときのあの不安そうな表情。見捨てられることへの恐怖。美愛への……親愛。

 応えなければ、愛歌はまた、あの夜の愛歌に戻ってしまう。独りでもがき苦しんで泣いてしまう。そんなのさせられないし、愛歌を受け入れなければ……愛歌は。

 でも、きっととどめておくべきだった。あの夜だけで。断るべきだった。

 愛歌のことは好きだけど、するのも嫌じゃなくても、自分と……何より愛歌のために断るべきだったのだ。

「……ふふ、美愛ちゃん」

「っ!?

 半ば光の失った目でぼんやりと天井を見つめていた美愛は突然、名前を呼ばれて体を震わせた。そして、横で寝ている愛歌を見る。

「う……ん……すぅ……スー」

 行為の後、愛歌は美愛の隣で安らかな寝息を立てていた。

 どうやら寝言だったらしい。

 それを確かめると、美愛は優しい顔で愛歌の寝顔を見つめる。

(……可愛い)

 可愛くてたまらない。いつも一緒に寝たあとに見せる無防備で無邪気でまるで、赤ん坊のような寝顔。起きているときに見るどんな愛歌よりも幸せそうな顔をしていて、見ていると心が暖かくなる。守ってあげたくなる。

「……守る、よ」

 それが、私の責任だから。

 美愛は自分に言い聞かせるように決心すると愛歌の目にかかった髪を軽くはらって、幸せそうな愛歌を見つめた。

 この時愛歌を見るのはたまらなく好きだった。普段の……狂気もなくて、今自然な愛歌を見ることが出来る唯一の機会。

 本当に好きな、愛歌。好きになった愛歌。守りたい愛歌。守りたかった愛歌。

 見ていると、心が揺らぐ。

 このままでいいんじゃないかって。

「っん…あは……みあ、ちゃん。……だめ……」

 愛歌は何か夢をみているのか軽く寝返りをする。

「……もう」

 美愛は、寝返りではだけて見えたその艶の見える肩を隠すようにタオルケットをかぶせて、少し自分のほうに引き寄せた。

 タオルケットは一枚なので、あんまり離れると自分にかからなくなってしまう。

「愛歌……」

 艶っぽくも見えるのにこうして手で触れるとガラス細工のように脆く感じてしまう。子供のようで……ううん、子供なのかもしれない。

 今の愛歌は。

 夏休みも後半になると、愛歌は一週間で部屋を訪れない日はなくなっていた。

 用や理由などもはや必要ではなく、ただ来る。親友、そして【恋人】の家に。そういう意味じゃおかしくもないともない。

 気つけば、愛歌は自分から誘い美愛がそれに応じる形になっていた。もっとも、応じる以外の選択肢はない。

 泥土にはまってしまったかのように、美愛はどんどん引き込まれていった。愛歌との関係に。

 あらゆることに関して、愛歌は美愛を求めた。無茶や恥ずかしいことでも所かまわずに要求してきた。

断ったら愛歌は……という思考がすでに頭の中に絡みつき、美愛は深みにはまっていった。

 大学の友人と会うときはさすがにそれなりには考えてくれていると思うが、二人で出かければ恋人のように振る舞いを要求される。口に出すわけじゃない、それが当たり前だと愛歌は思っているからそれに美愛は合わせざるを得なくなっていた。

 夏休みが終わり、大学が始まれば愛歌もそちらに気を取られるかと多少は期待したが、実際は逆で一緒の時間が少なくなった愛歌は大学でも美愛を求めた。

 さすがに、空き教室とかでキスがせいぜいではあるが、それでも美愛は細心の注意を払っていてもいつ、誰に見られてしまうのか。関係が知られてしまうのかと思うと不安でたまらなかった。

 ……愛歌のことは、好きなのに。苦しくてたまらない。

(だから、こんなことになる前に目を覚まさせるべきだったのに……)

 もう抜け出せない。

「みあちゃん……ふふ、だぁい好き……」

 寝言でこんなことを言われるのにも慣れてしまった。

「……私も、愛歌のこと……好きよ」

 その言葉に偽りはないのに、美愛には苦悶の表情が浮かんでいた。

 

 

 数百人以上の許容量を誇る教室。入り口から傾斜になっていてそれを降ると教室の一番前が教壇になっている。

 美愛と愛歌はその教室の丁度真ん中に隣あって座っていた。

 この授業は人気があって比較的取る人数も多いのにたまたま美愛の友人も、愛歌の友人も取っていなく二人きりになってしまった。

「…………」

 美愛も愛歌も真面目に先生の話を聞き、ノートを取っているが美愛はたとえどういう状況であろうと愛歌と二人きりというのは苦手、というよりも怖いのだ。

 基本真面目な愛歌はさすがに授業中何かをしてくることは少ないが、もはや美愛にとってはそういう問題ではないのだ。

「……美愛ちゃん」

「っ! な、なに」

 授業中何かをしてくることは、少ない。しかし、少ないだけで、まったくなかったじゃない。一回でもあったというのが脳裏をよぎり、美愛は体をビクつかせる。

 愛歌はズイと体を美愛の方によってきた。

 いったい何をする気かと怯える美愛だったが、ここは別の用件だった。

「ねぇ、ここ、さっきなんていってたか聞いてた?」

「あ、ごめん。私も聞いてなかった」

「も〜、美愛ちゃん。ちゃんと聞いてないと駄目だよ」

「うん……」

 とりあえずは、何もなくて安心した美愛だったが。

「……ねぇ、美愛ちゃん、一緒にお手洗い、いこ?」

 授業が終って友人たちのところに向かおうとしていたところ、愛歌は教室を出るなり美愛の服の裾を引っ張った。

 ……そういう空気を見せながら。

「いい、よ」

 断ることなんて最初からできない。

 美愛は観念して近くのに向かおうとしたが、それを愛歌は制する。

「違う、こっち」

 愛歌はそういって、美愛の少し先を歩いていく。

 連れてこられたのは四階のトイレ。そうなると、意図もわかる。さっき授業を受けていたのは一階の教室で、一階にはやはり人が集まりやすくて、つまりは【見られやすい】。その点四階ともなると授業事態も四階では少ないし、たむろっている人もいない。

 しやすいのだ。

 校舎は比較的新しいから、手洗い場もすっきりしている。白い壁と淡い光に照らされた中を二人で当然のように一緒の個室に入っていった。

 美愛は出来るだけ自然を装おうとしているが、表情には蔭りが見える。おそらく、愛歌以外の仲のいい友人が見れば気付く程度に。

 愛歌は……あからさまに笑っているわけではないが、嬉々とした様子は見て取れた。

 パタン。

 ドアが軽い音を立てて閉じると、しっかりと鍵をかける。

「ん……」

 愛歌はドアから振り返るとさっそく目を瞑って美愛からのキスを待った。

微かに唇を綻ばせて、そこに僅かな恐れというスパイスも混ぜた愛歌の顔。

「……………」

 胸が締め付けられる。辛い。

 でも、しなきゃ。

 美愛は軽く愛歌を抱き寄せる。

(……可愛い、愛歌)

 惹かれている。

愛歌に。愛歌との関係に。愛くるしい愛歌に。

キスに、行為に。

 体が心を引きずっていく。

「愛歌……んっ……」

 のめりこんでいってしまう。

 美佐は愛歌に躊躇わず口づけた。

 暖かくて、優しい愛歌の唇。そこに触れるとすぐに愛歌は門を開けて、美愛を受け入れようとする。

「……くちゅ、ぴちゃ……」

 いやらしい水音を立てて美愛の舌が愛歌の中に入っていく。

「…ふぁ……くちゃぁ…み、あ…ちゃん」

 愛歌はすぐに美愛の舌に自分のを絡めていく。

(……愛歌……んっ……甘い)

 甘い。そう感じる。愛歌のこのたおやかな舌。味蕾に感じる唾液、熱い口蓋、愛歌の気持ちが伝わってくる。

「あい、か……ちゅぴ……くぷ…ひぁ…ん、はっ……」

 腕の中に愛歌の体を抱き口では愛歌を、我を忘れてしまったかのように犯す。

『くちゃ、ちゅぱ……ふあ、…あぁ…ん…んん、ちゅく……』

 キスをせがんでくるのは愛歌だが、しているといつのまにか主導権は愛歌に移っている。気付けば、愛歌の舌が美愛の中を激しく蹂躙していた。

 乱暴に舌が押し曲げられ、ざらっとした感触を口の中のあらゆる場所に感じる。

「は…あ……あい、っか……クチュ……」

 若干、苦しげな声を上げようと愛歌はお構いなしで自分の赴くままにキスをしていった。

(愛歌……愛歌……あいか……熱い、甘い…………気持ち、いい)

 愛歌はすでに相手である美愛のことなど考えてもいないが美愛はそれでも、愛歌とふれあっている部分から、愛歌にされる口から伝わる感覚に脳を揺らされていた。

 思考が愛歌からの快感で埋め尽くされて、いけない、やめたいことだという思考を塗りつぶしていく。

『っは……はー、はー……はぁ』

 キスはそれほど長くなく、十数秒で美愛は解放された。

「はぁ…あ、はー…はぁ」

 美愛は激しく息を整えている。こんな時間から、しかも学校で、トイレの個室で、激しくキスを交わしてしまったという羞恥心と罪悪感のようなものが美愛の顔を赤く染めた。

「ふふ……はぁ、美愛ちゃん」

 一方愛歌は不敵に笑い

「ふふ……ペロ」

 左手の食指を、自分と美愛の唾液が混ざった舌でなめると唇の端からあごにかけてなぞり、一筋の光る線を作った。

 そして、キスの余韻でも味わうかのように情欲に澱んだ瞳でその人差し指を見つめた。。

「……ゴクン」

 その淫靡にも見える光景に美愛は思わず生唾を飲み込み後悔する。

「んふふ……美愛ちゃん……今日も、いいよね」

 甘い、甘い囁き。誘い。

 断らなければいけないのに。断りたかったはずなのに。

「……うん」

 愛しい悪魔の誘いに乗ってしまう自分を後悔するしかできなかった。

 

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