【蘭先輩】のものなってから数週間。
私の生活は一変した。
学校での生活はほとんど変わってはいないかもしれない。
もう転校してきてから一か月以上が経ち、クラスでは千秋さん以外に仲のいい友達もできた。
授業も最初は久しぶりの日本になれず戸惑ったりわからないところがあったりもしたけど、それもどうにか追いついてきた。
順調な生活を遅れてるっていうのかもしれない。あくまで学校の中では。
(けど………)
「……はぁ」
放課後、寮の部屋で過ごしていた私は小さくため息をつく。
「? どうかしたんですか、鈴さん」
先に帰っていた冬海ちゃんがベッドの上から机にいる私に声をかける。
「あ、う、ううん。なんでもないわ」
「けど、なんだか最近ため息多くないですか?」
普段は愛らしい顔に心配の色を浮かべて問いかけられる。
それは嬉しいことのはず、なんだけど。
「そう、ね。少し疲れてしまってるから。大丈夫、心配するようなことじゃないわ」
その言葉は嘘じゃないけれど原因が原因なだけあって冬海ちゃんに話せるわけはなくて、せっかく心配してくれる冬海ちゃんを遠ざけるように言ってしまった。
「そう、ですか?」
少し寂しそうな顔をする冬海ちゃんに罪悪感は感じるても、やっぱり話せるわけはない。
コンコン
「っ!!?」
そうして落ち込む私の耳にノックの音が聞こえて私は一瞬肩を震わせる。
「はーい。どうぞ」
「お邪魔するよ」
「あ、千秋先輩」
(………っ)
「どうしたんですか?」
「鈴に用があってね」
「…………」
何の用なのかはもうわかってる。
「……行くよ、鈴」
「うん」
だから私たちは、淡泊にそう言って二人で部屋を出て行った。
学校の生活には慣れた。
でも……寮での、蘭先輩との生活は………
「あ、いらっしゃい。千秋、鈴ちゃん」
千秋さんに連れてこられたのは蘭先輩の部屋。
内装は私と冬海ちゃんの部屋と同じはずで、せいぜい小物とか違う程度なはずなのに全く異なって見える。
雰囲気って言えばいいのか、それとも住んでる人のせいか。ここにいると心がふわふわと落ち着かないような気分になる。
「こんにちは、蘭先輩、瑞奈先輩」
私たちの部屋にもある足の短いテーブルでクッキーと紅茶を用意してくれている二人の先輩に私は挨拶をする。
蘭先輩と一緒に私たちを迎えてくれたのは瑞奈先輩。ショートボブの髪が似合う落ち着いた雰囲気の人で、蘭先輩のルームメイトで…………恋人の、一人。
(……恋人って言っていいのかわからないけど)
キスをしているところは見たことがある。多分、エッチなこともしてるんだと思う。ただ、あくまで蘭先輩にとっては大勢の中の一人。
私や、千秋さんと同じように。
「今日は……何の御用でしょうか」
少しびくびくとしながら私は蘭先輩に問いかけた。
「ふふ、そんなに警戒しなくたって大丈夫よ。今日はただ鈴ちゃんのことをねぎらってあげようって思っただけ」
「はぁ……?」
「中間テストお疲れ様。日本に戻ってきてから初めての大変だったでしょ。私もそうだったから」
「あ、りがとうございます」
それは確かに言葉通りではある、けど。蘭先輩がこんな風に【普通】のことをするなんて意外で少し、拍子抜けする。
「そんなこと言って、蘭は中学の時からほとんど順位は一桁じゃない」
「あら? 大変だったのはほんとよ? 日本語すらちょっと忘れかけてたし」
「まぁ、それはそうだったかもね。色々妖しいところはあったわよね」
少し含むような言い方に感じてしまうのは蘭先輩のことをそう言う目で見ているから、なの?
「とにかくお疲れ様。瑞奈のクッキーはおいしいから食べてみて」
「自慢できるほどのものじゃないけど、蘭のよりはましなはずよ」
「あ、ありがとうございます」
用意されていたクッキーも紅茶もとてもおいしくて、それを肴におしゃべりも弾んで私は普通の楽しい時間を過ごす。
それは蘭先輩と過ごす中ではそれほど珍しいことじゃない。蘭先輩のものになったとはいえ、いつもいつも……あんなことをしているわけじゃなくてむしろこういう時間の方が多いくらい。
だから、あのことは置いておいて、皆の憧れである蘭先輩とこんな風に過ごせることは少しだけ優越感みたいなものはあるし……楽しいとは簡単には言えないけど、悪くないとは思ってしまっている。
けど、その中で……前と比べて明らかに変わったことがある。
「………千秋? さっきから全然食べてないわよ?」
「あ……はい」
それは千秋さんのこと。
クラスの中じゃ変わってない。前と同じようにクラスの中じゃ千秋さんが一番のお友達。
けど、寮の中じゃ。
(……千秋さん)
私が視線を送ると
「…………っ」
無言で顔をそらされる。
それが悲しくて俯くと
「……千秋。明日、あの部屋に来てね」
蘭先輩が少し逡巡した後にそう誘いをかけた。
「……はい」
素直にうなづく千秋さんを私は複雑な思いで見つめて
「鈴ちゃんも、ね」
決まって同じ誘いをかける蘭先輩に……
「はい……」
と頷いていた。