冬海ちゃんとの時間は確かに楽しかった。

 けれど、寮に戻ればまた現実が待っている。

 私は千秋さんの友だち。

 私は今でもそう思っているし、他の人たちも私たちのことをそうやって見てる。

 でも、寮での私たちはとても友達とはいえない関係になっていて、ほとんどの人はそれを知らなくて……

「それじゃあ、森野さん、春川さん、お願いね」

 事情を知らない寮母さんに頼むごとをされてしまうことだってある。

 頼まれたこと自体は単純なことでいらなくなった書類を倉庫に持って行ってほしいということ。

 特別量が多い訳でも、重い訳でもないけど二人でっていうところが問題。

「行くよ、鈴」

「あ、待って千秋さん」

 千秋さんは短く言うと先に室を出ていってしまって、私もそれを追いかけていく。

「……………」

 寮母さんの部屋は一階で、目的の場所は四階。無言で歩くには遠い距離だけど会話はない。

 出会ったころなら千秋さんから色々話してくれて二人の間で音が止まることなんてなかったのに、今は二人の足音や周りの声がやけに大きく聞こえるだけ……

「そ、そういえば、今度大会あるのよね。冬海ちゃんが言ってた」

 このままなんて嫌でなんとか昔みたいにって話しかけてみたけど

「………うん」

 短く返されるだけ。

「お、応援行っても……」

「平日だよ」

「そ、そうなの」

(……やっぱり、駄目だ)

 私と話してくれる意思が感じられない。

(………嫌われてしまっている)

 考えてみれば当たり前のこと。

 千秋さんは蘭先輩のことが好きなのに、二人の関係に私が無理やり入っていった。千秋さんがそれを喜ぶわけがない。

 蘭先輩があんな人でもううん、あんな人だからこそ二人きりになりたいはずなのに。

(……好きだなんて気づかなかければよかった)

 そうすれば少なくてもこんなに悲しい思いはしなくてすんだのに。ううん、千秋さんとただのお友達になれたはずなのに。

「……それじゃ、私行くから」

 結局会話が続かないまま千秋さんと頼まれていた物置の部屋まで来ると千秋さんは持ってきたものを所定の場所に置くとそのまま足早に部屋を出ていった。

「あ……う、ん……」

 それを止められる理由なんてなくて私も用事を済ませると部屋を出ていく。

 ただし、千秋さんに追いつかない様にゆっくりと。

「……はぁ」

 なんてため息。

(……どうしてこんなことになってしまったの)

 蘭先輩の誘いを受けたからなのはわかってる。でも、なんで頷いたの? あの時、脅されたから? けど、これは勘みたいなものだけどあの時蘭先輩を拒絶したとしても蘭先輩は私を悪いようにはしなかったと思う。

 それでも頷いてしまったのは……千秋さんに近づきたいと思ったから。

 けど……近づけたからといって千秋さんが私を見てくれるようになるわけじゃないってわかってたのに。

(……ううん、わかってたからなの?)

 千秋さんの気持ちが私に向くことはないってわかってたから無理にでも千秋さんに近づこうとしたのかしら?

(……どうでもいいか)

 ふと、我に帰る。

 そんなことが分かったって【今】が変えられるわけじゃないんだから。

 そう諦観しながら歩いていると

「きゃ!」

 階段への曲がり角で何かに躓いて

「おっと」

 バランスを崩しそうになった私は誰かの手に受け止められた。

「ごめんなさい」

 どこかであったようなシチュエーションだけど、聞こえてきた声の主は

「あ、りがとうございます。瑞奈、先輩」

 受け止めてくれたのは瑞奈先輩。

 そして

「ちゃんと前見て歩かなきゃだめよ鈴ちゃん」

 私を【こんな】にした張本人。

「……はい。すみませんでした」

 用もないのにこの人と話しをしたい気分じゃなくて私はすぐにその場を離れようとしたけど

「あ、そうだ鈴ちゃん」

 思わぬ人に呼び止められる。

「っ。何か、御用でしょうか?」

「よかったら今夜私の部屋に来ない?」

「はい?」

「ちょっと、瑞奈? なにするつもりよ」

「ん? 鈴ちゃんと仲よくしたいなって前から思ってたの。ちょうど、蘭は今日別の子のところいくって言ってたし」

 多分、そういう誘いなんだって察した。

 頷けるわけないこと。私は【蘭先輩のもの】であったとしてもこの人とは何も関係がないんだから。

(……というか、やっぱりそういう子だって思われてるんだ)

 当たり前なのかな? 一か月もしないでこんなことになってるんだもの。

「………………いい、ですよ」

 頷けるわけないって思ってるのに気づけばそんな言葉で出てた。

(……もう、いいや。どうせ千秋さんに嫌われちゃったんだから)

「鈴、ちゃん……?」

 蘭先輩が呆気にとられた顔をしている。まるで想像の外だという顔。

(何意外そうな顔してるんですか? 私をこんなにしたのは貴女なのに)

 それがどこかいらついて私はシニカルに笑うと冷めた目線を蘭先輩に向ける。

 思えば、これも転換点の一つだった。

 

3−3/3−5

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