「………」

 瑞奈さんの誘いに私は狼狽した。

 この人と一夜を共にする。普通の女の子であれば、身構えても仕方のないことかもしれないけれど。

 私にとっては今更と言ってもいいことかもしれないのに、何故か今は何も答えられなくなってしまった。

「何か欲しいのなら対価が必要でしょ? 私鈴ちゃんにするのも、されるのも好きなの。だから私を満足させてくれたら教えてあげる」

「……………」

「どうしたの? 蘭のこと知りたいんじゃないの?」

「知りたい、です」

 けど、

 動悸がしている。

 今私はある分岐点にいるような気がした。

 ここで選択を誤れば、蘭先輩のことはずっとわからないまま何も変わることなく私は戻れなくなった今の道を進むしかなくなる気がする。

「なら、考えるまでもないんじゃない?」

 瑞奈さんの瞳が妖艶に光る。熱情の灯った妖しい瞳と、惹きつけられる様な魅力。

 瑞奈さんに応えること。それが安易で、なおかつ最短の道のように思える。

 私は知りたい。あの人がどうして今のようになったのか。

 あのまるで西洋人形のような可憐なかの人が、何故あんなにも簡単に少女たちへと肌をさらし、体を重ね、乱れ、乱れさせるのか。

 私だけじゃない、それを気にならない人なんていないはず。

 そこに理由がないはずはない。

 それを知ることで私は何がしたいのか、何ができるのか、それは自分でもわかっていないけれど、知りたいという自分がここにいることだけは確かで。

「わ………」

 かりましたと答える寸前。

(あ…………)

 なぜか、私にこのことを考えさせるきっかけとなった蘭先輩のあの笑顔が、私に対してごめんなさいと謝ったあの切ない笑顔が浮かんで。

「……ごめんなさい」

 私もあの時の蘭先輩と同じように謝った。

 蘭先輩のことを思い浮かべた瞬間。したくないと思った。好きでもない人とエッチをするなんてだめだとそう思ってしまった。

「なんで? 蘭の好きな人のこと知りたいんじゃないの?」

「知りたいです。でも……やっぱり無理です」

 私は久しぶりに……違う。多分この人の前で初めて本音を露わにした。いつもこの人の前じゃ偽りの自分を演じていたのに。

「そう。じゃあ、蘭の事は知らなくていいんだ」

 瑞奈さんは多少残念がりはしたけど、大げさにというわけではなくふぅんと鼻を鳴らす。

「………教えてください」

「……………」

 瑞奈さんの瞳が変わる。

「随分自分勝手じゃない? 私は条件を飲めば教えるって言ってるのに、断るのに教えろだなんて」

「それは……わかっています」

 出してきた条件も普通の女の子ならともかく、これまでの私を思えば無茶なものではない。

「でも……」

 図々しく知りたいとは言えない。それでも瞳にだけは意志を隠さずに蘭先輩の友人に訴えかけた。

「……それはどうして?」

「え?」

「何が貴女をそうさせているの? 蘭のことを知ってどうしたいわけ?」

 それは予想外ながらももっともすぎる問い。

「…………」

 何度目なのか、私はまた言葉に窮した。

(……なぜ? どうして私は蘭先輩のことを……?)

 あの人に対して決していい感情なんて持っていないはずなのに。それどころか一時期は明確に嫌悪を持っていたというのに。

 とりあえずの理由はつけられる。

 単純な好奇心から、あの人の理由を知ることでなぜ自分がこんな目にあったのかという納得。他にもいくつか理由はつけられる。

 けれど、どれも決定的というほどではない。

 不思議な感覚。今立っている場所がすごく不安定。改めて思えば今の感情は一時的なものでしかないのかもしれない。

 急にあの人の違うところを見てしまったことと、千秋さんとの関係に区切りをつけたことそういうことが私を一時的に舞い上がらせているだけかもしれない。

 私を支える芯のようなものを見つけなければ私は今いる場所から崩れ、この気持ちもどこかに行ってしまうのかもしれない。

 思春期によくあるようなそんな自分ですらよくわからない情動の一種なのかもしれない。

 明確に他人に理由を問われた私はそう考えて、一度は自分の不安定さに怯んだ。私の中に答えがなく、このまま何も言えずに部屋を去る未来も見えたのに。

「………蘭のこと、好きなの?」

 心の隙間を埋めるような問いかけ。

「? なんで私が?」

 本気で意味が分からず、首を傾げた後。

(……好き?)

 改めて意味を飲み込もうとして

「っ……そんなわけ、ないじゃないですか」

 それはありえない。あり得るわけがない。あり得ていいはずがない。

 のに………

(好き? 私が、蘭先輩を?)

 私を壊したあの人を?

 ありえない。

「……………」

 ありえない。

「…………………………」

 頭の中を好きという感情を支配され私は呆然自失と瑞奈先輩も見ずに心に入っていく。

(ありえない)

 好きになる理由なんて一つもない。私はあの人を嫌いになる理由はいくらでもあっても、好きになる理由はない。

 だからありえない。絶対にありえないのに。

(どうして消えてくれないの?)

 本来私の中で形作ることもあり得ない感情が私の中に存在してしまっている。

 今度はそのことにショックを受けてしまう。

「鈴ちゃん」

「っ! は、い」

「私はね、蘭の友だちのつもり。それなりに苦楽も共にしてきたし、向こうはどう思ってるか知らないけど親友だって思ってる」

 妙な言い回しだった。確かに相手がどう思っているかなんてわかりようはないけど、二人には友情があるように思えるのに。

「……?」

 どういう意図なのだろう。私に対して何かしらの意味を持って語りかけているそれは敵意のような気もするし、もっと別の何かなようなそんな感じもする。

「………私だって、蘭がこのままでいていいなんて思わない。わたしにだって責任がないわけじゃなんだろうし……っと、これは余計なことだけど」

 瑞奈さんは自虐的に笑う。それは私の心に疑問を投げかけはしたけどそれ以上に今は蘭先輩のことを気にしている私がいた。

「……たぶん今はまだ全部を知らない方がいいわ」

「どういう意味、ですか」

「本当に蘭のことが知りたいのなら私からじゃなくて本人から聞いた方がいいだろうから」

 それは……その通り。ぐうの音も出ないほどの正論。

 反論できない私だったけど瑞奈さんの「でも」という声が響いた。

「一つだけなら、教えてあげる」

 目を見据える。意志が私の瞳を射抜く。それを私は正面から受け止めたいとそう想い

「蘭の好きな人のこと」

 瑞奈さんの気持ちを受け止めていた。

7−3/7−5

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