気になることが増えた。
私はこの学校に来てから考えることばかりが増えていて、一つが解決してもまた次の悩みが増えるようなそんな負の連鎖に嵌っているような感覚。
千秋さんと仲直りをしてもまだまだ私には悩みが多い。
蘭先輩のこと、寮母さんのこと。
そして冬海ちゃんのこと。
蘭先輩と、寮母さんのことは私の勝手な悩みで何かをしたいと思うのは勝手な都合かもしれないけれど冬海ちゃんとのことだけはどうにかいなければいけないという責任は感じていた。
あれから冬海ちゃんの様子に大きな変化は見られない。
人前や昼間は仲の良いルームメイトとして振る舞い、夜は……私を使って自分を慰めている。
そのことについて話すことはなく私たちはルームメイトとして普通の、私たちにとっては異様な時間を過ごしていた。
それは今も変わらないけれど、一つ冬海ちゃんのことで気になっていることがある。
それは
「…………冬海ちゃん」
放課後の自室。部屋に戻っていた私たちは各々に過ごしていたけど、私は時計を見ると自分の机でうつむいている冬海ちゃんの背中に声をかける。
「はい。なんですか?」
【いつも通り】明るい冬海ちゃんの声。
「そろそろご飯の時間だけど、どうする?」
私はルームメイトとして当たり障りのないことを伝えながら冬海ちゃんの机を遠くから眺める。
そこには紙。A4のルーズリーフがおいてあって、先ほどから冬海ちゃんは何かを書き込んでいた。
「そうですねぇ、行きましょうか。お昼あんまり食べなかったからお腹空いてるし」
冬海ちゃんは私の視線に気づいたのかそれを片づけ、机の引き出しに仕舞い込む。
「そう、ね。行こう」
「はい」
元気よく返事をして冬海ちゃんは私の元へとやってくる。私はそのわずかな間にも視線を冬海ちゃんが何かを仕舞い込んだ引き出しへと視線を外せずにいた。
今はしなかったけれど時には鍵をかけることもある。
「行きましょうか」
「……うん」
冬海ちゃんのかいているもの。そこに彼女の心が隠されているような、そんな気がしていた。
「…………はぁ」
私は今日も教室で本を広げながらため息をついていた。
放課後は何をするわけでもなく校舎に残っていることが多い。理由は簡単で冬海ちゃんと顔を合わせるのが気まずいから。
自業自得のくせに彼女との距離に悩んでいる。
せめて以前のように、体……の関係を求めてくる方がまだ接し方に悩まなかった。
今もまだそうであれば謝るという選択肢ができたから。それで許してもらえるかはわからないけど、少なくてもそういうことはできた。
けれど今はわからない。表面上は友好的になっているけど、夜のこともあり、距離を取るべきかも、理由を聞くべきかも判断できない。
(何を書いているの?)
それが気になっている。様子が変わってからほとんど毎日のように何かを書いている。私には決して見せてくれようとしない何か。
いつも見ているわけではないけどそれを書いている時にはたまにすごく切なそうな顔をしている。何かあると決めつけているからそう見えているだけかもしれないけれど、でもそう見える。
(……それにしても)
現状を改めて思った私は力なく笑った。
冬海ちゃんに対して責任があると考えている自分がおかしくて。
もちろん、責任はある。あるに決まっている。でもあるのなら、本当に責任を感じているのなら、理由を聞くべきでそして彼女の要求をすべて受け入れればいい。
それこそ彼女への責任の取り方だと思う。私はそれだけのことをしてしまったのだから。自分の欲情に任せて彼女を変えてしまったのだから。
(でも、それは……)
本当に、彼女のため?
本当の意味で冬海ちゃんを救うことになるの? それは違う気がする。私が望まないからではなくて、それはまるで千秋さんが蘭先輩に傾倒してしまった時と同じになってしまう気がするから。
もっと冬海ちゃんのことを知れればと思うけれど……直接聞くには勇気もいる。ううん、というよりも直接では話してくれない気がする。気持ちを隠されてしまう気がする。
(………あのノート)
そこに冬海ちゃんを知る手がかりがあるのなら
「……すーず」
「っ!?」
思考を危険な方向へと持って行っていた私は唐突に名前を呼ばれて体をビクつかせた。
「千秋さん、どうしてここに?」
「今日は部活休みだから残ってたんだ。で、帰ろうかと思って荷物取りに来たら鈴を見かけたから」
「そう、なの」
近づかれるまで全然気づけなかった。
「いつも悩んでるね。鈴は」
「っ……」
ずばりそれを指摘されて言葉を窮する。
「って、私が言っていいことじゃないか」
千秋さんは申し訳なさそうに言う。
千秋さんがそう言いたくなる気持ちはわかる。わかるし、千秋さんが原因の一つになったということは私も否定はしない。
「気にしないで。千秋さんのせいだなんて思ってない。状況がそうさせたとしても、選んでるのは私だから」
「……そっか。ありがと」
気休めに聞こえるかもしれないけど、それは事実。決めているのは全部私なんだから。
「で、何を悩んでるの? よかったら力になるよ」
一転千秋さんは明るく言った。そうすることが私たちの関係に良好だと判断したのだと思う。責任を感じてもそれを表に出すことを私が望んでいないと察してくれたから。
「えっと……」
迷った。けれど
「実は………」
話してみることにした。こんなことを話せるのは千秋さんくらいしかいないから。冬海ちゃんとの関係をこれ以上間違わないためにもそうした方がいい気がして。
露骨に体の関係を持ったというよいうなことは省いたけれど、それでも冬海ちゃんの様子の変化について千秋さんに伝える。
「ふーん、確かにね。様子が変わったなぁとは思ってたよ。なんていうか最近は少し不自然だなってさ」
私の前の席に座り話を聞いていた千秋さんはそう感想を述べた。
「けど……まぁ、難しい問題だよね。そういうのってさ、気を付けないとやっかいなことになっちゃうからさ、色々と」
「そう、ね」
千秋さんは自分のことを言っているのかもしれない。確かにそういう可能性はあるし、すでにそうなっていると言えるかもしれない。
「話してもらって申し訳ないけれど、どうすればいいかは私にもわかんない」
「うん。聞いてもらえただけでも楽になったから」
「そ……。ただね、何か力になれることがあったら何でもするよ。鈴の力になりたいからね」
屈託なく伝えてくれる千秋さんの好意が嬉しくて今はありがとうと、答える。
(…………あのノート)
力になってくれるという言葉と冬海ちゃんのノートのことをぼんやりと結びつけながら。