この世にはすべてにとって平等なものがある。

 その最たる例は、時間だろう。

 誰もが年を取る。

 日が昇って、日が落ちて、また日が昇る。

 それが三百六十五回繰り返されれば、誰もが一つ年を取り、死へと近づく。

 どんな人間でもそれは平等なことだ。

 もっとも、今絵梨子が問題にしているのはそんな壮大な話ではなく、もっと身近にある出来事だった。

 すなわち、どんな生徒にも卒業があるということ。

 どんなに優秀でも、そうでなくても、千九十五回地球が自転をすれば卒業という日がくる。

 これまで毎日のように顔を合わせてきた人たちとの別れは絶対に訪れる。同じ道を歩きながらも違う目標へ向かっていた生徒たちの道が違う時がくるのだ。

 同じ敷地で、毎日顔を合わせていた誰よりも大切な恋人との別れは、もう目前に迫っていた。

 

 

(なーんてね)

 年の瀬の近づく師走。

 絵梨子は期末テストの採点を終え、ベッドにあおむけになりながら今が十二月で、先ほど思ったようにときなとの別れが近づいたようなことを考えていた。

 なーんてね、というのはそれを否定する思考だ。

 卒業は目前に迫っている。

 毎日のように会えていたときなと毎日、いやそれどころか一年に十日程度になってしまうこともあるかもしれない。

 それが、事実であるが、ときなとの別れが目の前だというのは真実ではない。

 確かに距離は離れるし、寂しくも思う。

(けど、寂しくないわよね。ときな)

 天井を見つめていた瞳を閉じて、その裏に恋人の姿を想いながらそう語りかけた。

 一時はそれを不安に思ったし、もっと前にはその不安に負けて取り返しのつかない過ちを犯した。もっとも、今ときなとこうしていられるのは結果的にはそれのおかげかもしれないが、それに関しては言及はしない。

 そして、今でも不安は存在する。好きな人と離ればなれになってそれを思わない人はいないだろう。

 しかし、それ以上にあるのはときなへの想いだ。積み重ねてきた時間、想い出。

 ときなを愛する気持ちだ。

 不安をはるかに凌駕するその気持ちを持っているから絵梨子は寂しくても、寂しくなかった。

「まぁ、でも……」

 絵梨子は目を開くとゴロンとベッドの上で一回転し、枕元にあった携帯を取った。

「寂しいからときなに連絡しよっと」

 ここまでのすべての思考を否定するようなことを述べてときなへと電話を掛けた。

「ん〜♪」

 ご機嫌になりながら、トゥルルルという呼び出し音を聞く。

 手元にあれば、二三回でいつも出てくれるが、今はすでに十回以上コールしている。

 普通十回もコールすれば手元にないか出れない状況だろうが、とにかくときなと話たいと思う絵梨子はめげずに幾度となく待ち続け

「……はい」

(………ん?)

 十八回目のコールでようやくときなが出てくれた。

「あ、ときな。もう、早く出てよ。ずっと、待ってたんだから」

 一仕事終わったということもあり多少ハイになっている絵梨子は声を弾ませる。

「常に携帯を持ち歩いているわけではありませんよ。というか、あんなに鳴らさなくても、後でかけなおしますよ」

 対照的にときなはいつも通り冷静に、しかしわずかに動揺しながら答える。

「それで、テストの採点のほうは終わったんですか?」

「あ、うん。もちろんよ。だから、電話してきたんじゃない」

 実はテストの採点中、疲れてきた絵梨子は一度ときなに電話をしている。

 その時には、迂闊に今テストの採点中だということを言ってしまって、ときなに怒られているのだ。

 やるべきことをやらず、甘えさせてくれたりはしない。

 たとえ相手が恋人であろうともだ。それがときなという人間だった。

「それはお疲れ様です。というか、普通は立場的に先生のほうがそういうことを言うものでしょうけど」

「あはは……」

 正論過ぎてまるで反論できない絵梨子は乾いた笑いをもらすしかない。

「い、いいじゃない。ちゃんとしたんだから」

「そこは認めていますよ。この調子でこれからもお願いします」

 またも立場が逆転したようなことを言われてしまうが、それはそれでいつもの通りでもあり絵梨子はこの後も、恋人というよりは教師と生徒(が逆転したような)関係の会話を続けていった。

「あ、っと……用があるのでそろそろ失礼しますね」

「え、もう?」

「三十分は話したと思いますが、一応これでも忙しい身なんですよ?」

「そう、よね。受験生だし」

 普段の余裕にあまりそういう態度は出さないが、それは紛れもない事実だ。

 いくら成績優秀なときなとはいえ、恋人との電話にうつつを抜かしているだけにはいかないのはそうだろうが。

(……でも、そういうのとは違う、ような……)

「では、また」

「あ、うん」

 あっさりと電話を切ってしまうときな。

 それはときなの性格からするにそんなに特別なことではないはずだったが………

「なんか………」

 ときなが電話を出た時から微妙に、本当に微妙に感じていた違和感。それは会話をしていくうちに少しずつ積み重なっていた。

 いつもより少しだけ、事務的な会話。絵梨子の言動への簡素な返事。ほんのわずかなずれではあったが、それを敏感に感じた絵梨子は

(ちょっと、変だった?)

 それを心で感じ取っていた。

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