春。

 春といえば、色々なものが連想される。

 ドラマや、小説では出会いの季節などといって、希望を象徴したりするし、春が来るなどという言葉もある。

 何の責任か、悪いイメージを持たされることになっている秋や冬とは異なり、言葉の上でもどことなく幸せを感じさせてくれる。

 しかし、見誤ってはいけない。

 春。

 出会いの季節だろう。入学、進級、進学、入社、出会いをする機会はいくらでもある。

 しかし、その前に訪れるものがある。

 春は出会いの季節だが、別れの季節なのだ。

 

 

 まだ桜が蕾にすらならない、暦の上では春でもまだまだ寒さの残る三月上旬。

 ここ、私立天原女学院の卒業式が執り行われた。

 趣を感じさせる大きな体育館で張り詰めた緊張感を持ってつつがなく進んでいた卒業式も、終わりが近づくにつれすすり泣く音が聞こえてくる。

 卒業式という行事事体はなれているはずだろうに、そこにある別れは一つ一つが別物で悲しみやせつなさ、寂しさは消えることがない。

 教員席からその様子を眺める絵梨子ももちろん例外ではない。教師になってから初めての卒業式ではないとはいえ、いや、だからこそ思い入れのある生徒も少なくなく、こうなることがわかっていたものの寂しさは抑えられない。

 まして、これが……

(って、こんなことじゃときなに怒られちゃうわね)

 勝手な妄想で気が沈みそうなった絵梨子は寂しさをこらえ、今は教師として式に集中するのだった。

 

 

 冬の寒さが残りつつも、確かな春の息吹を感じることが出来る時間になると校舎の周りは人で溢れる。

 そこら中に、式のときと同様に泣いている子がいるかと思えば、友人や後輩と名残を惜しみつつも、笑顔を見せている子もいる。また、周りのざわついた空気から離れ、巣立っていく校舎を見つめる生徒もいた。

 式が終わった後は、一端教室に戻りある程度時間が経つというのにこの卒業式の空気は形を変えながらも緩む事はない。

 というよりも、むしろ式が終わった今こそが本当の卒業式の空気なのかもしれない。

 その中で絵梨子は

「ときな、お疲れ様」

 丁度、体育館から出てきた教師である立場を忘れ在校生のときなに駆け寄っていた。

「……どうも」

 ときなは変わらず整えられた黒髪を軽くなでながら、若干呆れたように応える。ときなが絵梨子に対しよくとる態度ではある。

「送辞、かっこよかったよ」

 しかし、絵梨子はそれにもめげず笑顔でときなに向かっていく。

「……ふぅ。ありがとうございます」

 またもあからさまに嫌そうに答えるときなは絵梨子に冷たい目を向ける。

「あ、あのさ、ときな、今日、なんだけど」

「……先生?」

「あ、な、何かしら?」

「今、どういう状況かわかってますか?」

 ときなが何を言おうとしているのかわからないほど絵梨子は鈍くはない。

 卒業式という今、教師である絵梨子は在校生であるときなと話している暇などない。というよりも、暇がどうかとではなく、話してはいけない相手なのだ。

 それはわかっている。わかってはいても、話したかった。

「ときな、ごめん。わかってる。でも、ごめん……ただ、一つだけ」

「……どうぞ」

「……今日、仕事終わったらデートしよ」

 その場に似つかわしくない言葉には卒業式を目の前にしてしまった弱さが隠されており、

「はい」

 表には出さずとも同じ想いを抱いているときなは絵梨子の気持ちを察して頷いた。

「今は、ここまでですよ。自分のしなきゃいけないことをしてください」

「うん、わかってるありがとう」

 ときながわかってくれたということをわかる絵梨子は大きく頷くと、卒業式の空気の中に戻っていくのだった。

 丁度一年後に迫った別れを意識しつつも、目を背けずに。

 

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