「ふふ〜ん♪」

 絵梨子はごきげんだった。

 時はもう師走となり、教師としては忙しさも頂点に達するような時期だというのにこの日、絵梨子は顔の緩みをとめられないほどだった。

(はぁ〜、はやくときなに会いたいな)

 この日は丁度期末試験も終わった日で気兼ねなくときなに会いにいける日だった。もっとも、絵梨子のほうは採点やら成績をつけることやらでこれからこそ忙しくなるのだが、教師と生徒の関係ということもあり恋人であるときなと会えなかったテスト中を思えば天国のようなものだ。

 そんな気分のまま絵梨子は生徒会室を訪れていた。ときながうるさいこともあり、校内で気兼ねなく二人きりで話せるのはここくらいだ。それも二人きりの時限定だが、今日は特に活動のない日でときなと約束しているので大丈夫だろう。

 子供のようにはしゃいでいる絵梨子は行儀悪く机の上に座って手元においてあるものを見つめた。

 それは映画のチケットだ。日付は今月の二十四日。キリスト教徒でもないのに、特別な意味を持つ日だ。もっとも、キリスト教徒でないからこそ意味があるともいえるかもしれないが。

(初めてのクリスマスだもんね)

 絵梨子が用意しているものはこれだけではない。それは手元に用意できるものではないが、浮かれている絵梨子は自分のしていることに気づかない。

(どんな顔してくれるかな〜。楽しみ。それに……)

「……何にやにやしてるんですか? 先生」

「っ、ときな」

 都合のいい妄想にふけっていた絵梨子の耳にいつのまにか愛しい人の声。

「……先生」

 と、鋭い視線。

「朝比奈、さん」

 もう何度目か数えることもバカらしくなるほど、通例化してしまったやり取りをしてときなは絵梨子の斜め前に腰を下ろした。

「それで、何か御用ですか? 桜坂先生」

 ときなは少し冷たい。背が高いこともあって、たまにきつく見えることもあるが今は意識的にそう振舞おうとしているのは恋人である絵梨子でなくともわかるだろう。

 その原因を絵梨子は知っている。ときなは今日この後予定があるのだ。そして絵梨子はその前に少しということでときなを呼びつけていた。

 雪色の冬の制服の上にコートを着ているのを見てもときなが長いをするつもりがないのはわかる。

「えーと、まずは、これ」

 とはいえ、現実をわかれていない絵梨子はすぐにときなは笑顔になってくれるはずだと甘く見て、映画のチケットを差し出す。

「映画のチケットですか……」

 はじめはそれをただのデートの誘いかと眺めていたときなだがそのチケットに書かれている日付を見て表情を一変させる。

「それでさ、ホテルのレストランも予約してあるんだ。夜景が綺麗って有名なところでね、しかも……」

 絵梨子はそれにそれに気づかずぺらぺらと当然二人で過ごせると思っているクリスマスの予定を口にするが。

「はぁ……先生」

 ときなの大きなため息に思わず口を閉ざした。

「どうか、したの……?」

 喜んでくれると確信していた絵梨子はその態度に不安を隠せない。

「これ、いつのだと思ってるんですか?」

「いつって、か、書いてあるでしょ?」

「二十四日って見えますね」

「そ、そうよ。クリスマス、イブ」

「はぁ」

「あ、あの、ときな?」

「先生ってこの学校出てるんですよね。あー、でも寮じゃなかったんでしたっけ? いえ、でも知ってて当然ですよね。本来なら」

(何か、あったっけ? クリスマスで寮が関係するような……)

「あっ……」

 正解にたどり着いた絵梨子は思わず声をあげてしまった。

 細かいことは置いておくが寮の規則でクリスマスは寮で過ごさなくてはいけないことになっている。

「そういうことです。外には出れないんですよ。気持ちは嬉しいですけど、管理人さんに怒られたくはありませんし。後でわかったら先生のほうが問題になっちゃいますし、そういうわけです」

「うぅ……ホテルの予約までしたのにぃ」

 サンタさんが来ないといわれた子供のように絵梨子はしゅんとなってしまった。しかし、強引に誘うわけにもいかない。教師として問題になることもさることながら、寮の管理人で天原に通っている時代の先輩でもある宮古に怒られるというのは遠慮したかった。

 数分前にはその時の妄想でにやつけてしまうほど有頂天だったが、今は谷底へ突き落とされた気分だった。

「……んせい」

(……はぁ……ロマンチックな台詞まで考えようとしてた私って……はぁ)

「先生ってば」

「あ、な、何ときな」

 沈んではいたものの目の前にいる好きな人への対応を忘れはしなかった絵梨子は表面は冷静に取り繕う。

「クリスマス。寮にはきてくれるんですか?」

「えっと……うん。行っても、いいなら」

 自分としてはまだまだ若いつもりでも、生徒たちから見れば大分離れている。まして教師という立場では生徒たちも気にしてしまうのではと心配をするが。

「恋人の私が来てといってるんです。ダメなわけないじゃないですか」

「ときな……」

 普段あまり恋人らしいことを言ってもくれない。させてもくれないときなが気を使ってかそんな風に言ってくれてそれだけで喜べる自分に、どれだけときなが好きなのかと思い知らされる。

(あぁ、でもキャンセルしても高いわよね……)

 しかし今はそれと共に自分の迂闊な行動を嘆くのだった。

 

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