絵梨子は天原の出身ではあっても寮に住んでいたわけではない。もちろん、友人などもいたから行ったことはあるし、今はときなに会いに頻繁というほどではないがよく訪れる。
(……へぇ)
しかし、食堂にまともに来た事はなくこの人で溢れかえっている空間を見るのは新鮮でもあった。
絵梨子がいることにことさら反応を示す生徒たちはいなかったが、絵梨子としてはやはり若干居心地が悪く一番隅のテーブルで寮の管理人である宮古と話し込んでいた。
「みんな楽しそうですね」
「まぁ、ここに来るしかなんだから多少やけにもなってるんじゃないの?」
「ふぅん。そういうものですか」
食堂中ががやがやとざわついてはいるものの、このテーブルに他の生徒はいなく異彩を放っていた。
「そういえば、先輩はどうなんです?」
当然アルコールもあろうはずもなく、二人は宅配のピザを食べながら、子供だましのようなシャンパンを飲んでいた。
「何がよ」
「八重さんでしたっけ? あの人を呼んだりはしないんですか?」
「あんなの呼べるわけないでしょ。たとえ、こんな子供だましでもアルコール入れたらひどいことになるんだから」
と、シャンパンのビンを軽く指で弾く宮古。
「ふぅん、想像できないですけどね。普段のあの人からは」
クリスマスというわりに花のない話をしながら、たまに来る生徒たちの相手をする。子一時間ほどそんな感じにそれなりに楽しい時間を過ごしていたが絵梨子としては物足りないものだった。
「っていうか、なんであんたここにいるの?」
「へ?」
丁度話も途切れてぼーっとときなのいるテーブルを見ていた絵梨子は宮古に今さらの疑問を投げかけられた。
「あんたずっとここにいるじゃない。あたしと話に来たわけ?」
「そういうわけじゃ、ないんですけど……」
一瞬宮古へと視線を移したがそれを受けまたときなをちらりと見つめる。
もちろんときなに会いに来たのだが、ときなは食堂に来る前に挨拶に来てくれたっきり後は自分の友達と話しをしてばっかりで一度たりともこちらに来てくれていない。
(……ときなが来いっていったのにぃ)
人目に厳しいときなが自分とばかり話しているわけにもいかないというのはわかっているつもりだが、やはり寂しいものは寂しい。
「……まぁ、副会長さんは忙しいからね。あんたの相手だけをしてるわけにもいかないんでしょ。本人は隠したがってるみたいだし」
「え……」
「そんなわけだから一人になるのも大切なんじゃないの?」
「え、あ、宮古、先輩……」
「それじゃ、あたしは部屋にでも戻ってようかしら?」
と、言うや宮古は一つ余っていたピザをほおばると席を立って食堂を出て行った。
(っていうか、バレバレ?)
まぁ、正直に言って寮の人間には感付かれていてもおかしくはない。教師でこの寮を訪れるのなど絵梨子くらいなものだ。それもほぼ毎回ときなと会っていれば、ばれるなというほうが無理な話でもあった。
(あぁ、だからときなはあんまり寮に来るなって言ってたんだ)
今さらそんなことをわかっても今の状況をなんら打開できるものではない。というよりも、宮古に取り残されてしまった絵梨子はどうすればいいのかわからずその場でときなの様子を窺うことしか出来ていなかった。
(あれ? 少し人減ったかな?)
クリスマスパーティが始まった頃は人で溢れかえっていたこの食堂も閑散、というわけではないが目に見えて人が減った気がする。ほとんどときな以外目に入れていなかったのでそのことにようやく気づいた。
(……ま、いいや。私もお手洗いでも行ってこよ)
「……さむ」
食堂を出た絵梨子はまず寒さに体を震わせたが、トイレに向かうまでの短な距離でなぜ人が少なくなっていたか知ることとなった。
「……あぁ、なるほどね」
小声で呟いた絵梨子はうらやましいと思う。
いくつか見かけたのは二人きりで仲良く話したり、プレゼント交換をしたりしている生徒たちだった。パーティはパーティで楽しいだろう。しかし、本当に仲のよい相手と二人きりで話したいとは思うものだ。
そして、絵梨子はそれができずこうして逃げるように食堂を出たわけだが、
「せんせ」
トイレへ入る寸前腕を捕まれた。
「ときな!?」
その相手はさっきまで食堂にいたはずのときなで少し息を弾ませながら絵梨子に申し訳なさそうな目をしていた。
「すみません。ちょっと色々あって、全然先生と話せなくて」
「そ、そんな気にしなくても大丈夫よ。宮古先輩と話すのだって楽しかったし」
こうして、寂しさを隠してしまうのは年上の悲しさかなとも思う。
「いえ、でもすみません。あの、もう少ししたら抜け出すので屋上で待っててもらえますか?」
「あ、え、えぇ。屋上ね」
やっとときなと二人きりになれるかなと胸を弾ませた絵梨子だが、ある懸念を思い出す。
「あ、でも屋上って……」
ここに来るまでに見かけたように先客がいるのでは不安に思った絵梨子だったが。
「これ、鍵です」
チャリンと音を立てながらときなは絵梨子の目の前に確かに鍵を差し出してきた。
「これって、屋上の?」
「はい。くすねておきました」
「え……?」
「絶対に先生と二人きりになりたかったので」
いたずらっぽく笑うときなに浮かれているのは自分だけじゃないと安心しその鍵を受け取る。
「うん、待ってるから」
「はい。それじゃ、また後で」
はしゃぐように食堂へと戻っていくときなの背中を見つめながら絵梨子は幸せそうにその鍵を見つめるのだった。