あの日の翌朝になるとすみれの体調は大分治っていたようで、朝食こそ用意させてもらったけれど、その日にしたのはその程度で昼前には帰れとすみれに強く言われ、その時の妙な迫力と体調が戻っていたこともあって従った。

 それから三日ほど。

 メッセージのやり取りはしても直接会うことも、電話すらせずにその期間を過ごした今日この日。

(ん?)

 お昼に行くからあの場所で待っていて

 仕事を始めたばかりの時間。すみれからそんなメッセージが送られてきた。

 傍若無人でわがままなすみれではあるが、当日に会う約束を取り付けてくるのは珍しい。

 まさか緊急の用事があるというわけじゃないでしょうけど。せいぜいこの前のお見舞いのお礼程度かしらね。

 考えてもわかることではなくて気にしつつも業務に精をだして午前中を過ごした。

 すみれのが来ることを待ちながらの仕事は不思議と早くすぎ、お昼時。

 ランチに誘ってきた早瀬の誘いを袖にし、まっすぐといつもの待ち合わせ場所へと向かう。

 図書館の三階。袋小路になっている通路の奥まった場所の本棚の間。

 今日もそこに足を向けた私は。

 私がこれまで出会った中でもっとも美しい容姿をしている人物を見る。

 艶やかな長い髪に、切れ長の瞳、形の整った唇。ふくよかな胸に惹きつけるくびれ、モデルのように細いふとももと長い脚。

「なに?」

 彼女を見て思わず立ち止まった私にすみれは首をかしげながら問いかけてくる。

「なんでも。相変わらず綺麗だと思っただけよ。それこそ図書館の妖精って評してもいいくらいにね」

 ……なんだか、早瀬みたいね。

 私としたことが恥ずかしい限りだと反省する限りだが。

「……ありがと」

 こういった類の軽口があまり好きではないすみれが素直に賛辞を受け取っていた。

 意外ではあるもののそれに突っ込みを入れるほど野暮ではなくすみれとの距離を詰めていく。

「体調はもうよさそうね」

「おかげさまで」

「なら、看病してあげた甲斐があったわ」

「……えぇ。そのことは感謝してるわ」

「それで、今日は何の用? 珍しいじゃない、当日に会いたいになんて言ってくるなんて」

(【恋人に会いたいと思うのに理由がいる?】 か、【文葉は私が会いに来てあげるのが嫌なの?】あたりかしら)

 無礼な想像しながら、すみれの反応を待つと予想外の言葉が出ることになる。

「お礼、しに来たの」

「お礼?」

「お見舞いやら世話をしてもらって、何も返さないほど薄情じゃないのよ」

 それは殊勝な心がけね。

 そのことはいいけれど、それならデートにでも誘えってその時にでも渡せばいいのに。

(というより、見た限り手ぶらだけど)

 別に御礼が欲しいというわけではないけれど、何も持っていないのに何をお礼するつもりなのか。

 そう戸惑う私にすみれは躊躇なくわたしとの距離を詰める。

 目の前に迫ったすみれの顔に、近いなと思った次の瞬間。

 髪が頬を撫でて、甘い香りがしたかと思うと

(っ!?)

 唇、に……柔らかな弾力。

 それは知っている感触だったはずだけれど、唇で感じるのは初めてのもので。

 しかも、

「す、みれ?」

 何をされたのかは理解したものの、なんでされたのかは理解できない私が彼女の名前を呼ぶと、すみれは頬を染めていて

「……私のファーストキスをあげたんだから感謝しなさい」

 声には動揺は感じられない。普段の涼やかな響きが耳に残る。

 だが、瞳には何かを決意したような潤みがある。

 この【お礼】がどういう意味かはまだ把握しきれない私は今一度すみれを呼ぼうとするものの

「……今日は、それだけだから」

 と素早く踵を返すと本棚の間を抜けて私の視界から消えていった。

 

3−5/四話  

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