「私と旅行に行きなさい」

 

 そう彼女から言われた時、また突拍子のないことを言ってくるなとその程度に思った。

 唐突なことをしてくるのは今に始まったことではなく、『交際』をしてから何度もあって慣れているといえなくもない。

 だが、旅行に誘われたこの時には普段とは違うと感じを受けたのも事実。

 それが何に起因しているのかをあの時……いえ、せめて旅行中に気づくことが出来ていれば私たちには違う結末があったのだろうか。

 ……そんなことを考えても今更なのはわかっても考えずにはいられない。

 

 私にすみれを受け止める覚悟と勇気があったのならと。

 

 ◆

 

「ふぅ……まったく。すみれのやつ」

 すみれに旅行に誘われた当日の夜。

 私は部屋で準備をしていた。

 もちろん、恋人との旅行のだ。

 急がなければならない、何せその旅行は明日からなのだから。

 あまりに急な話でとても準備の時間も足らず、愚痴をこぼしている場合ではないがそれでも悪態の一つも付きたくなる。

(ありえないでしょう。いきなり明日だなんて)

 普通であれば当然断るところだけれど。

「…………ほんと、どういうつもりなんだか」

 何度考えても自分一人ではわかりようないがそれでもその時のことを思い出さずにはいられなかった。

 旅行自体にも躊躇する理由はあったから誘われた時には「恋人」としてのことが頭をよぎり、積極的に頷けはしなかった。

 というよりも何かしら理由をつけて断る方に天秤が傾いていたかもしれない。

 だけどすみれは、いきなり明日だといいもうホテルも取っているなど言う。

 いくらすみれといえどありえない行動に反射的に、無理に決まっているでしょうと言っていた。

 その後のすみれのことは今でもはっきりと思い出せる。

 

「私が好きなら来なさい」

 

 高圧的な言いざまはすみれらしかったが、その中に焦りと言っていいのか必死さが伝わってきた。

 その意味を私はわからず、何と答えるべきかを窮し助け船を出したのは早瀬。

 行ってきなよと背中を押し、気づけば頷いていて。

 今こうして必死に準備をしているところだ。

(にしても、何があったのかしらね)

 あの時のすみれはすべてがおかしかった。

 旅行に誘ったことも、好きなら来なさいと言ったことも。

 まともとは思えない状態のすみれ。

 単純に旅行に誘ってきたのなら、私がキスより、いやキスすらまともにしないことにしびれを切らして恋人として先に進むためにそういうイベントを用意したと考えられなくもない。

(おそらく、違うんでしょうね)

 そういう予感はしている。恋人として望まれているのはそうだろうが、もっと別の、何かすみれにとって切実な理由がある。

 確証もないのにそれだけは確信していた。

 もっとも、それは恋人としてのこととも関係はあるだろうから、私の旅行に対する悩みは継続する。

「……ふぅ」

 継続するのだ。

 ため息をついた私は一旦手を止めてベッドへと倒れこんだ。

(嫌になるわね)

 すみれに何かあると確信しているくせに自分の悩みを考えてしまって。

 すみれのことはわからないのだから、今すみれのことを考えても仕方ないとしても自己中心的な自分が嫌になる。

「…………ちゃんと、考えなくてはいけないんでしょうね」

 すみれとの関係。早瀬とあんな関係を結んだことがあっていうのも変な話だけれど、ずっと一緒にいるつもりないのに恋人を続けるなんて私の主義ではない。

 そう考えはした。もっと深く考えるべきだったかもしれない。旅行は明日なのだから。旅行中にどうすみれと向き合うべきか考えられるのはこの時しかなかったのだから。

 しかし、現実問題にその旅行に行くための準備がまだまだ終わっていなくて。

「……はぁ。とりあえずやりましょうか」

 そちらを再開してしまうのだった。

 

4−7/5−2  

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