彩音の部屋は私の部屋でもある。それは自分で自信を持って言えることだけど、やっぱり多少は遠慮というものがあって、一人でこの部屋にいるのは少し落ち着かないものがある。
彩音はそれをわかってくれて私を一人残していくことは少ないんだけど、常にそういうわけじゃない。
だから、この部屋でゆめと二人きりになってしまうこともある。
もっとも、それが嫌なわけななくて私もゆめも各々適当に過ごしていた。
「…………」
ただ、今日は少し気になることもある。
ベッドで横になるゆめの左手の薬指に輝く指輪。
それが何か知っているというよりも、私も持っているけど………
(わざわざするものかしら)
私も時々見つめて悦にひたることはあるけど外じゃつけたことないのに。
(それとも、「わざわざ」してきたのかしら?)
気のせいかなのか、私がそう思ってるからなのかゆめがちらりとこちらを見ることが多いような気もするし。
「……ゆめ。それどうしたの?」
同じくベッドで文語本を読んでいた私は少し迷った後そう聞いてみることにした。自分の意図もよくわからないまま。
「……彩音からの婚約指輪」
ゆめは寝ころんだまま上目づかいに応えた。
「……ふーん」
「……彩音がプロポーズしてきた」
「それはよかったわね」
「……うん」
淡々と答えるゆめだけど……それだけじゃなく感じるのは私のせいね多分。
「まぁ、私もされたけど」
「……うに?」
あえて本から視線を外さずに言った私にゆめは体を起こした。
「彩音ならそうするに決まってるんじゃないの」
「………………かも」
「まぁ、私は確か四回目だけど」
「……プロポーズが?」
「そ。指輪をもらったのは三回目だけど」
「…どういうこと?」
少し、声が低いんじゃないのゆめ。
「どうも何も、小さいころからよくしてたって話。結婚式も四、五回……もっとしたかしら?」
私は私でどうしてこんなこと言ってるのか知らないけど。
「…………うみゅ……」
それはどういった意図の唸りなのかしら。
「まぁ、小さいころの話よ」
これもね。
「……………ずるい」
ゆめはそういってまた体をベッドへと投げ出した。
「……………」
それからぎゅっと胸の前で指輪を握って猫みたいに体を丸くする。
(ずるい、ね)
私はこっちを見ないゆめを見つめながらゆめの発した一言を考える。
そりゃ私はずるいわよ。
彩音とは生まれた時から一緒だし、ゆめの知らない思い出は数えきれないほどある。
その意味で私がずるいのは認めるわ。
(けど)
私は今は何もない左手の薬指を撫でる。
今回の一件、彩音が思うほど簡単には考えてない。というよりも簡単に考えてるのはあのバカだけでしょうけど。
今回のプロポーズは小さいころのとはわけが違う。いくら彩音が深く考えてなかったとはいえ、そういうことをきちんと意識できる年になってから初めてのプロポーズ。それをゆめよりも後回しにされて穏やかでいられるわけがない。
(……まぁ、怒ってるとかじゃないのよね)
愉快ではないけど、怒ってはいない。
その理由は様々だけど大きなところでは二つ。
まず第一に私はゆめのことを本気で好きだということ。あんまり説得力はないかもしれないけどこれは本当。ゆめは唯一私が許した相手だから。
それとなにより相手が彩音だからということ。私は彩音の全部を知っている。彩音が何を考えているか、どう思っているか、これからのことも含めてね。
だから怒ったりなんかしない。
(……しない、けど)
これからのこと、特に大学になったら三人で住むという約束のことを考える。
それと彩音が私たちを平等に愛しているということ。
「ねぇ、ゆめ」
それを思った私は
「……キス、してみない?」
以前から考えていたことを口に出すのだった。