雲と青空が大体8:2のぎりぎりの晴れの日。

 あたしは、その空の下を笑顔で自転車をこいでいく。

 無機質な壁も、所々にある木々も、塀を歩く猫も、散歩してる犬も全部輝いて見える。そう! なぜならあたしの心も同じように輝いているから!

 今は学校が終ってその下校途中。化学の小テストの再試すら待ってくれなかった美咲は先に帰っちゃったけど、そんな薄情者のことなんてどうでもいい。というより、むしろいないほうが好都合だった。

 だって、澪と二人きりで会えたんだから。

 澪もちょうど、こっちに帰ってきたところで偶然出会えた。

 そう、偶然。つまりは運命。

 違う学校に通っている二人が偶然街中で出会えるなんて、運命以外には呼びようがない。お互いに自転車だったからあんまり長話はできなかったけど、問題なのは量より質!

「ふふふ」

 自転車をいつもより速いペースでこぎながら口元には押さえきれない笑みが浮かんで、傍からみたら怪しまれるような笑みをこぼす。

 思い出すだけでもこうなっちゃう。

 その理由はこう。

 過程は忘れたけど、なんでか漫画の話になってお互い気に入ってる作品の話で新刊買った? って聞いたら出てるのすら知らなくて

「ぅ……はぁー」

 歓喜のため息。

 よかったら今度も休みに貸してくれない? って言われて、澪の家に御呼ばれしちゃったんだよーー。

 あの、映画以来、美咲とかゆめとかと一緒に遊んだりすることも数度はあったし、二人きりで会うのだって何回かはあったけど、家に来てだよ!? 

 え? なに、誘われちゃってる? うわ、困ったなぁ。今日明日の話じゃなくてもこっちだって色々心の準備ってやつが……もちろん澪ならいつでもおっけーだけどさ。

「それに……」

 あたしはまたにやけ、ハンドルを放して自分の右の手のひらを見つめた。

 澪は嬉しかったのか、ありがとーってあたしの手を取って喜んでくれた。そのあったかさが今もこの手の中に残ってる気がして……

 さすがにほっぺですりすりしたりはしないけど、こんな風に感触を思い出すの位はいいよねー。

 暖かかったなぁ……それにやわらかくて……それに……

「っ! うわっと!?

 片手運転な上に思考を完全に操縦と切り離してたらあらぬ方向に曲がってて危うく電柱にぶつかりそうになった。

「っあ〜」

 咄嗟に右手もハンドルを取ったらそこにあったぬくもりもびっくりして吹っ飛んじゃった気がする。

「はぁ……」

 ともあれあたしは、休みを待ち遠しく思いながら家路を行くのだった。

 

 

 北向きの窓にその対称の位置にはベッド。ベッドから正面に背の高い本棚。枕元から右を見ると勉強机。そこから西には洋服ダンスと姿見の鏡。

 年頃の女の子にしては派手さはないものの持ち主らしいといえば、らしい部屋。その部屋の中に二人の人間がいる。

 一人は、部屋の主のゆめは机に座りいつもの無表情で中空を見つめている。

 もう一人は、その親友、美咲。美咲はベッドの上で壁に背をつけて座り、ゆめの部屋にあった適当な漫画を読んでいた。

 たとえ相手の部屋にいて、何をしていようと楽しくしていられるが、今日の二人は口数も少なく、あまり楽しそうな雰囲気が感じられなかった。

「……ふぅ」

 特に、ゆめからは。

「ゆめ、人がいるのにため息ばかりつかないで」

「……ごめん」

「そんなに私といるのが嫌なの?」

 美咲からすればつまらなそうなゆめを気遣っての軽い冗談だったが、ゆめは」

「そんなことない!」

 と、めずらしく大きな声をだしてめいいっぱいに否定する。

 美咲は何故ゆめが元気ないのかも見透かした目でゆめを見つめると、少々複雑な顔をする。

「寂しいならいつもみたく素直に彩音にいえばいいじゃない」

「……でも……彩音のことじゃま、したく……ない」

「こんな言い方もどうかと思うけど、こうなるの承知で彩音のこと応援してたんじゃないの?」

 美咲のもっともな問いにゆめは口ごもり、瞳に悲しそうな色を宿らせた。

「……わかってた、けど……こんなに寂しいって…思わなかった。……彩音がいないの、や。……でも、彩音には幸せに…なって、欲しい」

「わがままというかなんというか。損な性格ね」

 美咲はゆめの矛盾した発言に軽く嘆息をつく。

 美咲は美咲で彩音がいないことは寂しさを感じていてゆめの気持ちもわかる。ただ、それでも付き合いの長さもあるせいか、ゆめほどにはそう感じていない。そもそも自分から彩音に対しそんなことを抱くのはあまり認めたくなかった。

 しかし、ゆめは彩音への依存や想いが強すぎて普段は率直になれるはずが、それをすれば彩音を困らせてしまうのがわかりきっているので彩音に対し言葉が出せないでいた。

 言葉にも顔にも感情をのせないゆめではあるが、美咲はゆめが悩み苦しんでいるということはしっかりと察している。

 そして、それは気付いていて放っておくのは気持ちいいものではない。

 ……あまり素直に認めたくはないがゆめと似たようなことは思ってはいるのだから。

「ゆめ。彩音のこと、気を使うのはいいわよ? でも、らしくもなく人に気を使って悩むよりはいつもみたいに素直になったほうがいいんじゃないの?」

「……気なんて、つかって、ない。彩音のことは……応援、してる」

 正直、美咲には強がりにしか聞こえないがその言葉自体が嘘というわけではない。

「……ゆめがそういうなら無理には言わないわ。でもね、彩音のこと応援したいからって、自分の気持ちにまで嘘つくことはないんじゃないの? ……今の私が言ってもあんまり説得力はないけどね」

「……………………でも、いい。彩音のこと……応援してる、もん」

 今度は強がりじゃなく自分に言い聞かせていた。

 

 

 約束の休みの日。

 あたしは、来てねって言われた時間ぴったりに澪の家を訪れて、漫画を渡すっていう用事も済ませて、今は部屋の中で談笑中。

 ゆめの部屋とそんなには違わない部屋の内装。家具の位置が違うくらいで部屋にあるもの自体、本棚とか机とか、ブティックハンガーとかは当然あるけど、なにより驚いたのは、部屋が散らかってるってこと。

 前に話したときに「わたしって結構ずぼらなんだよ」なんてセリフは聞いたことあったけど、社交辞令っていうか謙遜してるだけにしか思ってなかった。

 でも、実際、部屋を見てみると、本とか雑誌は床にあるし服とかはさすがに床にはないけど、たたむのが適当だったり、ハンガーにかけるのも雑だったりと整理が出来てない感じ。

 こんなんだと、これも前に聞いた手入れが面倒だから髪も短くしてるっていうのも本当なのかも?

 あ、でもあの時は「だから、彩音ちゃんって髪が綺麗ですごいなっておもってたんだ」って言われたのは嬉しかったなぁー。

「でさー、この前なんてゆめが……」

 あたしはそれなりに空いているスペースに座らせてもらって澪と話をしてる。澪はベッドの上だけど、ベッドの上も枕元に本があったり掛け布団が煩雑になってる。

「ふふ」

 あたしの話に澪は頷いたり、普段どおりの穏やかな笑顔をしたりしてくれる。何はなしても嫌な顔なんてしないけど、とくに今みたいにゆめとか美咲とかの話をするとより楽しそうになってくれる。

 ま、あたしの気のせいかもしれないけどねー。

 澪と二人のときは結構あたしが一方的に話すことが多い。最初のうちは、話が途切れて間が悪くなっちゃうのが嫌だったからだけど今は結構自然にできてる感じ。

「彩音ちゃんってほんとうにゆめちゃんと美咲ちゃんのこと大好きなんだね」

「だ、大好きって……。まぁ、確かに否定はしないけど……」

 昔なら、本人たちが目の前にいなくたって友達のこと【好き】だなんて恥ずかしくていえなかったけど、ゆめに付き合ってたらあたしもなんか変に素直になることが多くなってしまってる。

 ここで、一番すきなのは澪だよ。

 とか、いえないよねぇー……はぁ。

「っていうか、そう見える?」

「うん、二人といたり、二人のこと話してる彩音ちゃんって……う〜ん、なんていうのかなぁ。すごく、楽しそうで、可愛くて、魅力的だなぁってずっと思ってたの」

 うわぁ、魅力的、魅力的だって! かわいいとも言われちゃったし、あぁん、もうさいこー。

 それに……

「ずっと?」

「うん。中学生のときから、思ってたんだー」

「へ、へぇー」

 こ、これってつまり、澪はその時からあたしのこと気にしてくれてたってわけで……それはあたしにとってものすごくうれしいわけで……

 あたしは体を妙にくねっとしながら照れる。この喜びを体で表現したいんだけど澪の前だとおもうとできなくてただ変な動きをしただけになっちゃった。

「彩音ちゃんて、二人と昔から仲いいの?」

「そうでもない、かな。美咲は生まれたときから一緒だけど、ゆめは中学からだから」

「そうなんだぁ。でも、ほんと三人って一緒だといつも楽しそうでうらやましくなっちゃうなぁ」

「う、うらやましいだなんて。えっと……ほ、ほら、もう澪だってその中にはいってるじゃん」

 それに、ゆめや美咲のことを好きな好きとはまた別の意味で大好きだし。

「そう、かなぁ?」

「そ、そうだってば!」

 あたしは力いっぱいに否定する。

 確かに、澪のことは好きだけど、ちゃんと友だちとしても大切に思ってるもん。……だからこそ、なおさらもう一歩踏み込んだことがいえないんだけどねー。

「ふふふ、ありがとう」

 澪は柔らかく笑う。

(はう……)

 それに、こんな素敵な笑顔を見せてもらえるっていうだけでもあたしはすっごくうれしいしね。

 

後編

ノベル/Trinity top