まだ暑さの残る初秋の日。

 この時期になると歌組の一年生たちの様子が変わっていく。

 そわそわとにわかに落ち着かない様子を見せ始めて、はしゃいでいるのと同時に緊張もしていて、期待と不安がまじりあった空気が流れ始める。

「懐かしいなぁ」

 私、芦田有莉は自室の机に座りながらそんなことを呟いた。

 手元には一枚のCD。

 恋人岬

 去年私がデビューした時の歌。

 このCDを見つめていると、いろんなことを思い出す。

 オーディションのことはもちろん、当時に流行っていた話題や、それに伴った様々な出来事まで。

 大人の人が音楽を聞く昔のことを思い出すなんていうけど、本当かもしれない。

 でも、私が一番にこの曲で思い出すことは。

 

(私の、恋の話)

 

 私の恋が始まったのは一年生の夏休み。

 その時も今年のアイカツアイランドみたいに一年生の選抜があった。

 私はその期間幹部のお仕事を手伝っていて、その過程でツバサ先輩と一緒に仕事をすることが多かった。

 ツバサ先輩は組が違うことなんて気にしないで私に親身になって色々教えてくれた。

 それはとても楽しく充実した時間。

 その時から私の心には小さな恋の種が芽吹き始めていた。

 そして、選抜の発表の日。選抜メンバーに選ばれた私のことをツバサ先輩は自分のことのように喜んでくれて、私は選抜に選ばれたことももちろんだけど、ツバサ先輩が喜んでくれたことが同じくらいに嬉しかった。

 もっと認めてもらいたい。もっと褒めてもらいたい。もっと私を見て欲しい。

 そんなことを思いながら私は彼女との時間を作り、彼女に見てもらうための努力を重ね自分を磨いていった。

 私の中にあった恋の種は順調に育ち、夏休みが空ける頃には心の中に咲いた恋の花を自覚できるほどになっていた。

 でも、それによって気づくこともある。

 彼女を好きで、彼女を知れば、気づいてしまうことがある。

 それはツバサ先輩の気持ち。

 彼女がひめ先輩を見つめる瞳が、私が彼女を見つめる瞳だと同じだということに……如月ツバサは白鳥ひめを好きなのだということに私は気づいてしまった。

 好きな人に自分じゃない好きな人がいる。

 その事実は私を落ち込ませるには十分すぎることだったけど、だからって好きを諦めることなんてできない。

 そんな複雑な気持ちを抱えながらこの恋の話は私のデビューの時へと移っていく。

 

 

 自分と彼女の気持ちを自覚してからも、私は彼女との時間を作ることはやめなかった。

 ツバサ先輩の気持ちが私へと向けられていなくても一緒に居られることが嬉しいのは変わらない。

 でも、気持ちを伝える勇気はなく最高とは言えないけど、十分に満たされたツバサ先輩との時間を過ごしていたある日。

「それにしても、有莉」

 この日は歌組と劇組の合同ステージの日。

 私はステージに立つことはなったけれど、この日も舞台袖で幹部のお仕事の手伝いをしていた。

「いつも来てくれるのはありがたいが、もっと自分のために時間を使ってもいいんだぞ。他にやりたいこともあるだろ」

「ご心配なく、これも私のアイカツですから。それに、努力してないわけじゃないってツバサ先輩だって知ってますよね?」

「そうだったな。この前も外部のオーディションに受かっていたか。すまない、無用な心配だった。お詫びに今度ラムネを奢るよ」

「ありがとうございます」

 ステージの合間の何気ないやり取り。

 楽しくて嬉しい時間だけど、私は彼女の顔をほとんど見られない。

 ツバサ先輩の気持ちに気づく前は時折見惚れてしまうことだって多かったのに。

 でも、もし意識しているのがばれたらこの今が壊れてしまうかもしれない。そんなことを思うと自分の気持ちに素直にはなり切れなかった。

「そういえばそろそろ歌組はニュープリンスを決める時期か。今の有莉だったら十分に可能性があるんじゃないか」

「かもしれませんけど、どうでしょうね。もちろん努力はしていますし勝ちたいっていう気持ちはありますけどそれはみんなも同じですし」

「こーら。何弱気なことを言っているんだ。そんなんじゃ勝てるものも勝てないぞ」

 軽く頭を小突き、私を激励してくれるツバサ先輩。

 それだけでも嬉しかったのだけど、ツバサ先輩は少し悪戯っぽい表情で「そうだ」と続ける。

「有莉がCDを出すことになったらスペシャルなごほうびタイムをしようか」

「スペシャル? それってラムネが二本になるとかですか?」

「……有莉は私をなんだと思っているんだ。そうだな、有莉のお願いをなんでも一つ聞くというのはどうだ?」

「っ……」

 なんでも。

 ツバサ先輩は私のやる気を引き出させるため軽い気持ちで言ったのだと思うその言葉が私の胸を一瞬にしてかき乱す。

「……何か、考えておきますね」

 胸の中に渦巻いた気持ちは形作ることはなくて、今はそう答えるのが精いっぱい。

「そうか。有莉のお願い楽しみにしているよ」

 私が勝つことへの期待と信頼を感じさせてくれる言葉に私は力強く「はい」と頷いていた。

 

 

 なんでも、かぁ。

 人の気も知らないで勝手なこと言ってくれますね。

 なんて、冗談だけど少し本気でそうも思う。

 でも、それ以上に私があのお願いを行使できると信じてくれるツバサ先輩の気持ちは何よりもうれしかった。

 もしそうなったら何をお願いする?

 付き合ってくださいとでも言う? それともキス?

 ううん、ダメダメ。そんなことをしたってツバサ先輩の気持ちが私に向くわけじゃないわ。

 ……デート、かな。

 一日だけ、二人だけで遊びにいく。

 それだけでも私には十分すぎるご褒美よね。

 なによりニュープリンセスになるっていうことはツバサ先輩の期待に応えるってこと。

 また夏休みの選抜に選ばれたときのように喜んでくれるかもしれない。

 ごほうびよりもそのことの方が嬉しいような気がして

(頑張ろう)

 それを強く思う私だった。

続き

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