そして、まだ暑さの残る初秋の日。
(やった!)
やった! やったやったやった!!
私は心の中で快哉を叫びながら学園の中を駆けていく。
(デビューだ………CDデビューだ!)
この日に行われた歌組のオーディション、私はそこで一番になることが出来た。
CDデビュー。歌組に所属している人間なら嬉しく思わないわけはない。そして実際につかみ取ったそれは想像していた以上の喜びだった。
でも、私が何より嬉しいのはツバサ先輩の期待に応えられたということ。
お願いのことをさておいても、ツバサ先輩がまた褒めてくれるだろうなっていうことが、よくやったって声をかけてくれるだろうことが、そんな想像だけでもたまらなくて私はツバサ先輩の元へ駆けていく。
(確かツバサ先輩は)
今日は学園の中で行われるS4のステージの手伝いをすると言っていた。
私はその会場を目指し、息を乱しながらその場所へとたどりつくと早速好きな人の姿を探した。
観客席にはいない。なら、舞台袖の方かと逸る気持ちを抑えながらそこを目指していくと
(……ひめ先輩のステージだ)
流れてきた曲と、声にそれを知りつつ舞台袖に移動し
(ツバサ先輩!)
その姿を見かけて私は心の中で叫ぶ。
すらっとした体躯にポニーテールの長く美しい髪。
それは私がいつも見るツバサ先輩の姿。一見、何も変わらないいつものツバサ先輩の姿。
でも
興奮はしていても、常識を失ったわけじゃない私は遠くからは声をかけることなく早足に近づいて行こうとして、次第に速度を緩めていく。
ツバサ先輩の顔がよく見えるようになったから。
(っ………)
ステージを見つめるツバサ先輩の横顔を確認して私の心は胸がひしゃげるような悲鳴を上げた。
(あぁ………)
……なんて目をしているんだろう。こんなにも情のこもった瞳は見たことがない。
憧れ。羨望。嫉妬。尊敬。親愛。愛情。恐らく言葉にはし尽くせない強い感情の数々。
そして、いろんな感情が混ざり合いながらもそこにある確かな愛を感じずにはいられない瞳。
もう私は彼女のすぐそばまで近寄ったというのに彼女の心はステージ上のひめ先輩に注がれ私が来たことになんて気づいてもいない。
(どうして………この瞳を、想いを向けてもらえるのが私じゃないの)
「……………………」
言いし得ぬ絶望に囚われながら私はツバサ先輩の視線に惹かれるようにステージへと目を向ける。
そこには私達歌組のトップ、白鳥ひめ先輩がいる。歌組だけじゃなくこの四ツ星の、いいえ、日本中のアイドルの憧れであるかの人。
如月ツバサの想い人。
(あぁ………もし……もし、私があそこにいたら、あのステージに立っていたら)
ツバサ先輩。
貴女はその瞳で私を見てくれましたか?
大切な宝物を見るような目で私を見つめてくれましたか?
(きっと、そんなことはないですよね)
なぜなら貴女が好きなのはS4という記号じゃなくて、白鳥ひめという唯一の存在だから。
頑張って、頑張って、頑張り抜けばもしかしたらS4にはなれるかもしれない。
でも、私が一番求めるものは……きっと手に入らない。
(痛い、なぁ……)
そんな未来を勝手に想像した私は心が砕ける音を聞いた気がする。
「っ!? 有莉、どうし、たんだ?」
「え?」
いつの間にかひめ先輩のステージは終わっていて、私はツバサ先輩のそんな言葉に我に返った。
なんだかツバサ先輩の言い方は妙な気がする。
どうしたんだっていうのは少しおかしい。
私がここにいることなんて知らないんだから普通ならいつ来たんだ? と言うような言葉が出てくるはずなのに。
(あぁ……)
その疑問はすぐに解決した。
私の頬を一筋の雫が流れていったから。
「なんでも……ありません」
「だが……泣いて」
「………っ」
言えるわけなんてない。
貴女を想って、貴女への想いが叶わないことに泣いてしまっているなんて。
「っ……」
駄目。今このままでいても、ツバサ先輩のことを困らせるだけ。ううん、何よりこんな嫉妬と絶望に落ち込んだ姿なんて見られたくない。
気まずい沈黙の中私は踵を返そうとして、
「っ……!?」
衝撃に襲われる。
「わかった。何も言わなくていい」
ツバサ先輩はそんな風に言って私を抱きとめた。
腰と肩にツバサ先輩のしなやかな腕が回り、力強く私を抱きとめてくれる。
「っ…ツバサ先輩……私」
「何も言わなくていいと言っただろ。今は好きに泣いていい」
「………………はい…っ」
優しい言葉と暖かな抱擁。
砕けた私の心を少しだけ癒しもすれば、鋭い刃物で傷を抉りもする行為。
ううん、私にとってはひどく残酷な優しさなだけかもしれない。
体の外から感じるツバサ先輩の感触は嬉しいのに、心は内側から食い破られるような痛みをあげているから。
でも……それでも
(好きです……大好きです)
その想いが陰ることはない。
好きです。貴女のことが大好きです。貴女が私じゃなくて、ひめ先輩のことを愛しているとしても、私は貴女が好きです。
例え想いが叶わなくても、私は貴女のことを。
(愛しています)
その想いと共に私はツバサ先輩のことを力なく抱きしめ返した。
「……約束、覚えていますか?」
「やく、そく……?」
「私のCDデビューが決まったら、ごほうびをくれるって」
「あ、あぁ。もちろんだよ」
(ふふ、ツバサ先輩が戸惑ってる)
当たり前かな。よく考えたら今日泣くっていうことはダメだったって考える方が自然だもの。
でも、今はそんなことに構ってる暇はなくて
「……デートをしてください」
「デート?」
「はい。……一日だけツバサ先輩の時間を私にください」
そうして、私は私の恋に区切りをつける決意をしていた。