私のデビュー曲はお誂え向きとでもいいのか恋の歌だった。
それが決まった時、私はあることを頭によぎらせて新人にも関わらず歌詞や曲に意見を出して、でもそれにこたえられるように精一杯励んだつもり。
おかげでやることは多くてあまりツバサ先輩との時間も取れなかったけれど、それはこの時の私には悪いことじゃなかった。
デートの日のことを考えるとまともに話せる気なんかしなかったから。
そして、私の想いを込めたデビュー曲【恋人岬】が発売になってから初めてのオフの日。
私はツバサ先輩とデートをした。
わざわざ学園の外で待ち合わせをして、買い物をして、服や小物を見て、クレープを食べて、なんの変哲もないデート。
夕方近くになると二人で学園に戻ってきて、最後にと小劇場へとツバサ先輩を誘った。
そこで舞台にあがり向かい合いながら私は終わりの時を過ごす。
「先輩、今日楽しかったです」
「あぁ、私もだよ。有莉と一緒に居られてよかった」
「……最後に、一つだけお願いを聞いてもらえませんか」
「お願い、はデートのことじゃなかったのか?」
そんな風に答えるツバサ先輩はもしかしたら私の心を見抜いているのかもしれない。踏みとどまらせようとしているのかもしれない。
けど、もうツバサ先輩がどう思ってくれているにしても止まれない。
私は決めたんだから。
「なら…お願いじゃなくて、わがままでいいです。私のわがままを聞いてくれますか?」
「……そういうことなら断る理由はないよ」
「ありがとうございます」
私のわがまま。
それはここで私のステージを見て欲しいということ。
貴女だけのために歌う歌を聞いてほしいということ。
(……これで、私の恋は終わるのかしら)
アイカツシステムを使ってステージへと出た私はただ一人の観客を見つめながらそう思う。
曲が流れ、振り付けをこなしながら私はツバサ先輩から視線を外すことなく歌を奏でていく。
たった数か月の恋。
実は私は貴女のどこを好きになったのかわかってないんです。
幹部のお仕事を教えてくれたときに可愛がってもらったことなのか、私くらいの年頃の子がかっこいい先輩に憧れるっていう一種の流行りみたいなものなのか。
それとも自分にも他人にも厳しく優しいところに惹かれたのか、果ては歌組を離れ劇組の幹部として上を目指す強さなのか、ひめ先輩を追おうとするその姿勢なのか。
好きなところは色々ありますけど、だから好きになったっていうところは思いつかなくて、でもそれでもいいと思っています。
貴女がいたから私はここまでこれたんです。貴女に認められることが嬉しくて、それを求め続けて私はここまでこれた。
貴女に出会えたから、たくさんの大切なものをもらったから私は今ここにいる。
だから……だから聞いてください。
私、芦田有莉の歌を。
貴女に捧げる恋を。
あらんかぎりの感情を持って私は歌を歌いあげる。余すことなく心をすべてさらけ出して。
走馬灯のように頭に浮かぶツバサ先輩との思い出を感じながら、私は最後の一音をまでを歌い上げた。
「………………」
曲が終わり一瞬の静寂が訪れる。
ポタリ、と床に落ちた水滴は汗なのか、涙だったのか。
そのことを確認することなく私は舞台から愛しい人を見つめると
「私は! 貴女のことが………」
「……大好きです、かぁ」
恋を思い返していた私はそれに続き
「若かったなぁ」
なんてたった一年前のことなのに、遠く感じる思い出を振り返る。
今となっては懐かしいって言える過去。
「おかげでCDはあんまり売れなかったけど」
今思うと勝手なこともしたわ。
この曲が売れないのは当たり前だったもの。
この曲、恋人岬はアイドルが歌う曲じゃない。演歌だからということじゃなくて、アイドルらしい歌じゃなかったから。
アイドルは皆を笑顔にするのが仕事。だからみんなが共感できるように、みんなの心に届くように歌わなきゃいけない。
でも、この曲は違う。
この曲は私がたった一人の人のために歌った曲。
売れるわけがなかった。
でも、それでもいい。
なぜなら
「ゆーり」
「っ!」
唐突に背後から抱きしめられる感触に驚きはしたものの、取り乱すことなく私は首に回った腕に手を添えた。
「先輩、ノックくらいしてください」
「ちゃんとしたよ。有莉が気づかなかっただけ」
本当ですか? って聞きたいところだけど、集中していなかったのはその通りだから何も言い返さずに別のことを答えることにした。
「今日はこれからS4の会合があるんじゃないですか?」
「知ってる。まだ少し時間があるから有莉の顔を見に来たんだよ」
私を抱く腕に力を込めながらツバサ先輩は私へと体重をかけてくる。
その行為も、愛しい香りと体温を嬉しくはあるのだけど。
「そう言ってこの前遅刻していませんでしたっけ?」
「……そんなこともあったかな」
「まったく、S4っていうだけじゃなくて生徒会長でもあるんですよ。こんな風にだらけてばかりじゃ他の生徒たちに示しがつきません」
「それは大丈夫だよ。こんな姿を見せるのは有莉だけだから」
「っ……」
背後から抱かれているせいで必然耳元で囁かれる声に喜びと同時に羞恥も感じてしまう。
その嬉しくも恥ずかしい状況に私は頬をほころばせてしまうけれど、そんな甘い言葉に絆されるほど有莉ちゃんは甘くないんですよ。
「とにかく今日はちゃんとしてください。終わったらいくらでも甘えていいですから」
「ごほうびタイム?」
「そうです。有莉ちゃんのごほうびタイムが待ってますから、もう少しだけしっかりしてくださいね」
「ふふ、わかったよ。それを楽しみにもうひと頑張りしてくることにするさ」
「はい、そうしてください」
解かれた抱擁を名残惜しくは思っても寂しさは感じずに部屋の出口までツバサ先輩を送りだしていった。
これが、今の私とツバサ先輩の関係。
結果的に言えばあの告白が叶ったということだけれど、もちろんあの後すぐにこんな関係になれたわけじゃない。
ここに来るまでの様々な出来事はあった。
でも、それはまた別のお話。
私は大ヒットのCDを出すことはできなかった。でも、一番欲しいものを手に入れられた。
如月ツバサのアイドルになることが出来た。
そのことだけを伝えて今は【恋人岬】に関わるこの恋のお話を終わりにすることに致しましょう。
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