「だーれだ?

 放課後の教室で荷物をまとめているといきなり後ろから誰に声をかけられた。首に手を回されて抱きつかれる。

 誰か? ううん、こんなことする人なんて決まってる。

「結花……学校じゃあんまりこういうことしないで言ってるでしょ……」

「え〜、いいじゃない。誰もいないんだし」

「それでも。まだ人は残ってるんだから、誰かにみられたら……」

「見られたら?」

「は、恥ずかしいじゃない……」

 私が照れ隠しにうつむくと、結花はあははと楽しそうに笑って私から離れた。

「そっか、学校じゃ恥ずかしい、と……」

 そして、なにやら小声でふむふむと頷く。

 私は後ろから抱きつかれてたので結花の表情に気づけなかった。

「結花? 帰るんでしょ?」

「あ、うん。帰ろっ」

 このことがあったのがホワイトデーの一週間前。

 思えば、結花がまた私への「いたずら」を考え付いたのはこの時だったんだろう。

 

 

 三月十三日放課後。

 私はいつものように結花と並んで帰っていた。まだ少し肌寒いけど二月には必要だったコートももう必要ない。そろそろ春だなぁと、本格的に感じる。

「ねっ、美貴。明日はホワイトデーだね」

 結花は繋いでいた手を一旦解くと、腕に絡めて甘えるように擦り寄ってきた。

 バレンタイン後すぐは、こうして腕を組まれるどころか、手をつなぐだけでも赤面してたけど一ヶ月もたてばなれた。というよりは、恥ずかしさよりも結花に触れられることの嬉しさが勝るようになっただけかもしれないけど。

「そ、そうね……」

 もっとも、私の心はそれとは関係ないことで乱れてる。

「私はもう用意したよ。美貴は?」

「私も一応……」

「本当? 嬉しい。で、約束、覚えてるよね?」

 つかまれてる腕をぎゅっとされた。結花の胸の感触を少しだけ感じる。

 それっていうまでもなくバレンタインのときにあの約束のことよね。

 私から結花に「お返し」するっていう。

 私の心を見事に乱れさせてくれる約束。

「も、もちろん……」

 忘れるはずもない。っていうか忘れたくても忘れられるわけがない。

「ふふふ、楽しみだな〜。美貴のお返し」

「あ、あんまり期待しないでよね」

「大丈夫、美貴の『愛』さえこもってれば私は気にしないから」

 簡単に言ってくれるその『愛』が問題なんだけどね……

「あ、もうこんなところか……」

「そう、ね」

 話をしながらでも歩みを止めるわけではないので気づけば結花と別れるところまで来てしまった。

「さて、名残惜しいけどここでバイバイ」

「あ…………」

 当然、組んでいた腕も離れる。触れ合ってるときは恥ずかしくても、そのぬくもりがなくなると自然と結花の感触が恋しくなってしまう。

「じゃあね。また明日」

「うん、また」

 別れる寂しさと、明日への期待の両方を含んだ笑顔で結花は去っていく。私も期待と若干の不安を抱きながら結花と別方向に向かって歩き出した。

 

 

「はぁ〜〜〜〜〜」

 部屋に戻ると同時にため息を一つ。

 鞄をベッドに放りなげると、自分もそのまま鞄の横に身を倒した。

 結花に言われるまでもなく明日はいよいよホワイトデー、バレンタインのお返しの日……私と結花がそういう関係になってちょうど一ヶ月になる日。

 思えば、バレンタインのことがあってもあんまり結花との関係は変わってない気もする。一緒に下校したり二人で買い物や映画に行ったり、時々パジャマパーティーをするなんて、別にバレンタインのことがあったからなんかじゃなくて、それこそ小学生の頃からしていること。

 ……手を繋いだり、腕を組んだりはしてなかったけど。

 ようは、直接触れ合うことをするのが増えたくらいであんまり進展してない。学校じゃ周りにへんにからかわれるのが嫌だから岡倉くらいにしかいってないし、抱きついたりしないでって結花に注意してある。

あんまり守られてないとしてもね。

「あふぅ……」

 私はいつのまにか愛用の枕を抱きしめ、ため息ともなんとも取れない声を漏らす。

 結花にも言ったとおりもうお返しようのお菓子は買ってある。今回は手作りじゃなくて近くのデパートで買ったキャンディ。ホワイトデーだからマシュマロとかクッキーも候補だったけど、その……なんていうか『愛』を込めるためにはキャンディが一番あってる気がした。

 今思うと、手作りの小物とかにしておけばこんな風に悩む必要もなかったかもしれない。何せ、『愛』のこめ方に限度があるから。

「…………………」

 私だって結花とキスしたくないわけじゃない。

でも、この一ヶ月で手を繋ぐとか体に触れ合うことは今までに比べて格段に多くなったけどキスは数回だけだったし、全部結花のほうから。それもくちびるが触れ合わせるだけのソフトキスがほとんど。あのチョコを渡したときのようなあま〜いキスは一度もなし。

それを明日はしなきゃいけない。いや、別に強制じゃなくて私もしたいからするんだけど……なんていうか、かってが全然わかんない。チョコのときは向こうからで、私は結花にされるがままだった。

 だから、キスをするタイミングも、キャンディの渡し方も、まるでわかんない。

 私は体を起こして机の上のキャンディを見つめる。

 練習しておいたほうがいい、かな……?

 また結花にされるがままじゃかっこ悪いもんね。それにこのまんまじゃこれからもずっと結花に主導権握られちゃう気がするし。

 私は水色のラッピングに包まれたキャンディを手にとって、それを困惑顔で見つめた。

 …………練習ってなに?

 落ち着いて考えるとしようがなくない? キャンディはいくらでも舐められるけど、問題はそれを渡すことなんだから。………口移しで

 大体、これを開けるわけにはいかないし。

(やっぱり、ぶっつけ本番?)

 それしかない、か。

 今の私にできることっていったらせいぜい心の準備くらい。

(そういえば)

 どこで、いつ渡すかとか決めてない。渡すだけなら学校でも、この前みたいに帰ってるときでもいいだろうけど、今回はそれだけじゃないんだから、できれば私の部屋か結花の部屋がいい。せめて、人気のない公園とかがいい。前みたいに道端じゃムードもない。

私の部屋なら学校にキャンディを持っていかなくてもいいけど、結花の部屋にいくことになると困るのでやっぱり準備だけはしておこう。

 キャンディを取ると小さな手提げに入れて、枕元に置いた。これなら寝るときも、起きたときも絶対目に入るので忘れることはないはず。

 私は「よしっ!」と頷くとしわになってしまった制服を簡単に整えた。

 とにかく、明日は結花のペースに乗せられたりなんかしないんだから!

 

 

 そして、当日。

 きちんとキャンディの手さげを鞄に入れ、心を躍らせながら学校に向かってると学校への最後の直線で後ろから声をかけられる。

「おっはよ」

 腕を取られて挨拶をもらう。

「結花……だから、学校じゃ引っ付かないでって……」

「えへへ、ここはまだ学校じゃないよ」

「そうじゃなくて、帰りのときと違って人がいっぱいいるんだから」

「はいはい、わかりました〜。あ、ねぇ持ってきてくれてる?」

「あるわよ」

「よかったぁ」

 結花は安堵の声と共に、実に嬉しそうにそれでいて楽しげな笑顔を見せる。

(かわいい……)

 なんて、すぐ見惚れちゃうものだからいつも私は結花にしてやられるのかも。

「今日ちょっと委員会の仕事があって、遅くなっちゃうんだけど、待っててくれる? そんなにはかからないと思うから」

「どれくらい?」

「三十分くらいかな? 多分」

 三十分、それくらいなら、そんなに苦にもならない。

「いいわよ」

「ありがと。じゃ、今日も一日がんばろっか、ご褒美もあることだし、ねっ」

 そういうとまた結花は腕に抱きついてきた。

 私は半ば諦めつつ結花諌めながら、上気してしまった顔を結花や周りに気づかれないかどきどきしつつ校門をくぐっていった。

 

 

後編

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