グラウンドから聞こえる部活の音、時おり校舎に響く人の声、ぼちぼち夕暮れが迫ってきて教室を染めていく。

 そんな中私は結花のクラスで中庭を見つめながら佇んでいた。

 教室の中には私以外はいない。まぁ、放課後になって三十分以上もたてばそんなに好きこのんで教室に残る人もいないだろう。

「もう、とっくに三十分たったわよ」

 聞く相手のいない不満をはくと、結花の机を見た。結花が普段学校に持ってきている鞄はないけど、お弁当とか小物を入れている袋はそのままある。まだ帰ってないのは明白だし、休み時間にここで待ってるって約束したから、絶対に結花はここに来るはず。

 でも、そろそろ三十分どころか五十分くらいになる。

(早くきてよね……)

 日が伸びたおかげでまだ暗くなることはないけど、どうも人のいない放課後の教室っていうのは不気味で居心地が悪い。

(…………誰も、いない……?)

 何か引っかかる。

 一週間くらい前に、結花が何か妙な納得をしてたこと。今日の朝持ってきてるか聞いて、安心してたこと。

 そして、放課後の誰もいない教室。

 ……舞台はそろっている気がする。

(……ま、まさかね……)

 持ってきてるか聞くのくらい当たり前だし、あまり守られてはいなくても学校じゃあんまりそういうことしないでって何度もいってある。いくらいたずら好きの結花でもそこまではしないはず。

 そ、それに委員会の仕事が入ったのだって偶然だろうし。

 あれ? でも、結花って何の委員会だっけ……?

 急に胸の鼓動が早まってきて、それをごまかすため教室の中を歩き回る。

 大丈夫、大丈夫と心の中で呟きながら。

「美貴……何してるの……?」

 そうしてるといつのまにか結花が教室に戻ってきた。

「ゆ、結花。な、なんでもないの!」

「ふぅん……? ま、いいや。遅くなっちゃってごめんね」

「あ、う、ううん」

 待ち人が来て、うれしいような少し怖いような。

 結花はすぐに自分の机に向って袋を取るとなぜか窓の戸締りを確認した。窓が開いてるのを確認するとなぜか不満そうな顔になった。

「まだ、か」

 意味不明なことをいうと、嘆息を漏らした。

 私は結花がいつ、ここでしようなんて言ってくるじゃないかと気が気じゃなくて結花の行動も意図も考えようとしない。

「しょうがない、美貴、帰ろっか」

「え、あ、うん……」

 結花はあっさりとそういって教室から出て行こうとする。

 私も拍子抜けしたけど、安堵と共に少し残念さを感じながらそれに続いた。

(ざ、残念って何考えてるのよ……)

 信じられない、まるでここですること期待してたみたいじゃない。

(……最悪)

 若干自己嫌悪に陥りながら教室を出ると英語の、結花の担任の先生をすれ違った

「あら、あなたたち教室の戸締りしてくれた?」

 教室を出るところを見られてたようでそんなことを聞かれた。

「はい! 先生もご苦労様です」

「そう、ありがと」

 結花は異様なまでに嬉しそうに答えると先生を見送って満面の笑みで下駄箱へ向かっていった。

 

 

「あっ!」

「ど、どうしたの?」

 靴を履き替えてると結花がいきなり大きな声を出した。

「教室に忘れ物しちゃった。一緒にとりに来てくれない?」

「いいけど……」

 机を見た限り何か忘れてるってことはなかった気がする。まぁ、ロッカーの中身かもしれないけど。

「ありがと。じゃ、いこっか」

 結花と一緒に今さっき来た道をたどっていく。

 教室に戻ると、結花はまっすぐと自分の机に向かって鞄を置いた。

 何で鞄置くんだろう?

 少し離れたところにいる私はのんびりと結花の行動を追う。用が済んだのなら教室からでていくところだけど結花が鞄を置いたっていうことはまだ何かあるんだろうからそれくらいしかすることがない。

 ぼけっと結花を見てると結花はいきなり教室ドアを閉めた。

「何で閉めるの?」

「……あれ? わかんない?」

「わかんな…………っ!」

 と、そこで私はハッとなった。

「ふふふ、そっ。お返し、ちょうだい♪」

 や、やっぱり……

 呆然とする私をよそに結花は机の間を抜けあっという間に目の前にきた。

「ほんとは、まだ戸締りの先生が来てなかったから諦めようかなって思ったんだけど、さっき丁度すれ違ったじゃない。この日のためにわざわざ当番の先生まで調べてたんだから」

 だから、さっき担任の先生にあったときあんなに嬉しそうにしてたんだ。先生の見回りが終われば教室に寄り付く人がいなくなるから。

「じゃあ、忘れ物したっていうのは……」

「嘘だよ。先生とすれ違ってすぐじゃ不自然でしょ」

「委員会っていうのも……?」

「もちろん、うそ。大体後期は委員会入ってないもん」

 言われてみればそうだった。二学期以降結花がそんな理由を持ち出したことはない。

「な、なんでそこまでして……」

「どうせ、素直に学校でしてって言っても聞いてくれないでしょ? ほら、こんな時間になれば人もいないし、見られたりなんかしないよ?」

「で、でも……」

 いくら、先生の見回りがなくなったとしても自習室や図書室はまだ開いてるんだから、その帰りの生徒がいつ教室の前を通らないとも限らない。

「それとも、美貴は私とキス、したくない……?」

 結花は迷子の子猫のように不安げな表情になった。

「そ、そんなの……」

 普段は、自分勝手なくせにたまにこうやって弱いところを見せ付けられるなんて反則。

「したい……に決まってるじゃない。けど、ど、どうして学校なんかでしたいのよ!?

 これがもっと別のところなら私だって。

「だって、恥ずかしがってる美貴ってすっごくかわいいんだもん」

「…………………………は?」

 バレンタインの日に口移しでって言われたときほどじゃないけど言葉を失う。

「それだけ、なの?」

 それだけのために、委員会があるって嘘ついて、戸締りの当番まで調べるなんてことしたの?

 恥ずかしがる私を見たいがためだけに?

「他になにか必要?」

 結花は首をかしげた。自分の言っていることはさも当然だといわんばかりに。

 その姿を見てると結花への愛おしさがこみ上げてきた。

(かなわないなぁ……)

 打算も何もない。ただ、私の「かわいい」姿を見たいがためだけにこれだけのことをした。

 普通に考えれば、ううん、私からみても馬鹿らしく思えること。でも、それをしてくれる結花からは私への想いを感じずにはいられない。

 口元に自然と笑みが浮かぶ。

 やっぱり私は結花が好き。

 ううん、今でも十分大好きだけど、改めてそう思わされた。

「わかった…………しよ」

「うん、ありがと」

 

 

 鞄から袋をだして、キャンディを取り出す。水色のラッピングを外すと透明な瓶型の容器にカラフルなキャンディが詰め込まれている。

(自分で外しちゃラッピングの意味ないような……)

 してもらうのに手数料まで取られたのに。

「あ、今回は手作りじゃないんだ」

「うん、でも足りない分は私の愛で、でしょ?」

 普段ならとても口にだせないような言葉も今なら簡単に言える。

 すると、いつもとは逆に結花のほうが真っ赤になってうつむいて「……うん」と言った。

「じゃあ、ちょうだい……」

 結花はゆっくりと目を瞑ると、バレンタインのときと同じようにくちびるを少し上向けて魅惑的に私を誘った。

 私は容器からキャンディを取ると、口に含んだ。

 甘酸っぱいレモン味のキャンディ。それを軽く舌の上で転がすと結花のくちびるを見据えた。

 そして、やっぱり体はなかなか動かない。

結花への愛しさは溢れんばかりでも、誰かに見られる可能性があると思うと……妙な感覚がしてきて身体がゾクゾクする。

一ヶ月前は羞恥心がまさってしまった。

でも、今回は結花への想いが自然と体を動かす。

「んっ……〜〜……」

 くちびるを重ねると、感触を楽しみながら舌をすぼめて結花へといれる。すると、結花も舌を絡ませきてキャンディを舐め取られた。

「あふぅ……ふぁ……っ!!

 キャンディを渡して体を離そうとした私を結花は制服を掴んで引き寄せる。

「ん……あ……」

 私も無意識に左手を腰に、右手を背中に回して結花を抱きしめる。

 舌を絡めあう口内はレモンの風味とキャンディの甘さで唾液までもが蕩けるように甘く、私たちの心を溶かしていく。

 もう私の中に誰かに見られたらどうしようなんて考えは欠片もなかった。

 もっと結花を感じていたい。

 もっと結花に私を感じて欲しい。

 そのことで頭がいっぱいになって他のことなんてどうでもよくなる。

「み……きぃ……」

「ゆ……かぁ……」

 永遠にも感じられた時間が過ぎて私たちは口づけを終えた。

 二人の別れを惜しむかのように粘液が互いのくちびるから伸びて、ゆっくりと落ちていった。

「はぁ、はぁ……はぁ……あふぅ……」

 なんだか体は五十メートル走でもやったあとのように火照って、立っているのもつらい。

「みき……」

 熱にうなされたようなとろんとした表情で結花が私を呼ぶ。

「ゆか……」

 私も結花と同じ表情で答える。

 「ん……」

 私たちはそのまま吸い寄せられるようにもう一度軽くキスを交わした。

 

 

 茜色に染まってしまった教室で結花にしわにされた制服をただしていると結花が机の上においておいたキャンディの容器を取った。

「ね、もちろんこれはもらっていいんだよね?」

「う、うん」

 さっさと素に戻った結花とは違って私はとてもじゃないけど結花の顔をまともにみることができない。

「ふふ、やった。これ舐めるたびにさっきのこと思い出しちゃいそう♪」

 その一言でまた私はゆでだこのようになる。

(ううう……もう、死にたい……)

 自分で学校じゃしないでって言ったのに、いくら結花に乗せられたからとはいえこっちからキスしちゃうなんて。

 しかも、今まで一番すごいのを。

 私の、馬鹿……

「あ、忘れない内に渡しておかなきゃ。はい、私からのお返し」

「あ、ありがとう。これって?」

「クッキー、手作りだよ。私も口移しで渡そっか?」

「じょ、冗談よね?」

「やだ?」

「やだ」

 そもそもクッキーの口移しなんて想像でもできない。せいぜい咥えて差し出されたのをこっちも口で受け取るくらい。

(…………)

想像してしまった。

「つまんないの」

 そんなに本気じゃなかったのか結花はあっさりと引き下がる。

「あ…………」

 私は落胆とも取れる声を出してしまい咄嗟に口をつぐんだ。

「ちょっと冷えてきたしそろそろ帰ろ」

 どうやら結花には聞こえてなかったみたいで結花は自分の机にある鞄を取りにいった。

「うん。結花」

 私は戻ってきた結花に軽く手を差し出した。

「なに?」

 結花は私が手を伸ばす理由がわからないのか、その手をどうしようともしない。

「手、つなご。寒いんでしょ」

「いいの?」

 あんなことまでしておいていまさらだけど多分、結花は結花なりに気をつかってくれるんだろう。

「今日は特別」

 赤くなりながら微笑むと結花の手をしっかりと握り、教室をあとにした。

 私は結局また、まんまと結花にはめられちゃったなと思いながらも握った手にぎゅっと気持ちと力を込めるのだった。

 

 

前編/三話

ノベル/美貴・菜柚TOP