人は不便だって思う。

 たとえば、本。

 どんなに感動的な話でも、わくわくするような話でも、それは最初だけ。

 一回読んじゃったら、もう二度と同じ感動を味わうことはできない。ページをめくるあのドキドキは最初だけのもの。

 一度その内容を忘れてもう一度最初と同じ気持ちで読むなんてできっこない。

 たとえば、だまし絵。

 人が向かい合ってるように見えたり、天秤だったり。おばあさんだったり、若い女の人だったり。

 はじめは気づかない。どちらかとして見る。でも、だまし絵だって言われてみると、初めはまるでわからなかったはずのもう一つの見方ができちゃう。

 そして、一回わかっちゃったらもう最初と同じ見方はできない。どうしても、違う見方をしちゃう。

 たとえば、人の関係。

 仲いいなぁとは思ってた。よく喧嘩したりもするけど、いっつもすぐ仲直り。だから、仲がいいなぁとは思ってた。

 ……でも、それだけじゃないって知った。知っちゃった。

 そして、知ったら、もう戻れない。

 もう一度同じ本を最初から読むことができないように、見方を知っちゃっただまし絵を片方だけで見ることができないように。

 二人のことを知ったら、世界が変わって見える。

 もう同じ世界にはいられない。

 人は……なんて不便なんだろう。

 

 

 それを知ったのは偶然だった。

 ある放課後たまたま友だちと遅くまで残っていて、下校時間も過ぎて、もう空も茜色に染まっていく時間。やっと帰ろうっていう話になって、でもそこで私は忘れ物をしたことに気づいちゃった。

 教室に取り入ってくるから待っててって、一緒に残ってた友だちにそう告げて私は一人で教室に戻っていった。

 人の気配のしない校舎の中を歩いて行って、教室の前までついた私は【それ】を見た。

「っ!!!!?????」

 多分、人生で一番驚いた。

 教室に入ろうとした私の目に飛び込んできたのは

「ん、ちゅ……」

「ふあ……ん」

 抱き合いながらキ、キスをする友だちの姿だった。

(え……?)

 驚いた後には、呆けた。

(だって、……え?)

 セーラー服が皺になるほど相手を強く抱いて、二人が溶け合うように

「ぁ……あぁ、ん」

 激しく口づけを交わしている。

「ぅうむ……くちゅ」

 時折二人のつながる場所から濡れた舌が見えて、それがとってもエッチに見える。

(え……え……え?)

 目は奪われたまま私は、何もできなくて二人のキスを見つめる。

(だ、って……二人、とも……え?)

 仲がいいのは知ってた。小さいころからずっと一緒らしいし、いつも二人でいるところばかりを見る。でも、喧嘩もするし、抱き着いたりなんかしてたのも見たことはあるけど……

(でも!)

 心が焦ったような声を上げる。

 だって! さっきだって、一緒に話してたのに。

 放課後になって、少しの間今信じられない光景を繰り広げる二人と、待ってもらっている友だちと一緒に話してた。四人で宿題のこととか、テストのこととか、週末のこととか、いつも通りに話してたのに。

「ん、はあ…、好き」

「うん…私も、大好き」

 わずかに空いた廊下側の窓から声が漏れてくる。見つめあう二人はお互いに気持ちを伝え合って、

「ん………」

 また、キスをした。

「……………」

 目が、離せない。

『ん、ぁむ……ちゅぷ』

 体が、動かない。

(…………………)

 人は、不便にできている。

 一度知ったら、もう忘れることはできない。一度見ちゃったら、もうそういう風にしか見えない。なかったことになんかできない。

 そして知っちゃったら、変わるしかない。

 見えないものが見えるようになる。見えてたものが見えないようになる。そうとしか見えなくなる。

 そう、この日

 

 私の世界は

 

 変わった。

 

 

一話

 

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