目を開けると、まずはぼやけた白い天井が見えた。
葵ははっきりしない頭でそれをぼーっと見つめているとだんだん頭が覚醒し、周りの景色も認識できてくる。
「ん……」
一つ、意味のないうめきをあげると葵はなぜ自分が今こうしているのかを考えた。
(なんだか……夢、見てたような……)
そう、夢のような夢を。
(……ベッド?)
なぜ、こんなところにいるのだろう。それも自分の部屋ではないことは明らかだ。
「あ、おい……」
ふとさっきまで聞いたいた声が耳に入ってきて葵はその方向に顔を向けた。
声の主はベッドのすぐ脇のイスに座って、かすかに涙を浮かべながら驚嘆の表情をしている。
「ち、かげ……」
葵は自然にその相手の名前を呼んだ。
「葵!」
千影は歓喜の声をあげながら葵の手を両手で包み込んだ。
「大丈夫!? 大丈夫なの!?」
「……?」
葵はどうも頭がはっきりせず最初千影がなにを言っているのかわからなかったが、
(……あ、そうか、確か……車に轢かれて……じゃあここは病院のベッド?)
「葵!?」
「あ、な、に?」
「ねぇ、大丈夫なの? 私がわかる!?」
「あ、は……なに言ってるの? 千影」
葵は痛み体をおして上半身を起こすと、勝手にかすれてしまう声で親友の名を呼んだ。
葵の体は自身の思った以上に消耗しているようで体を起こすだけでもつらかった。
「だ、大丈夫? 寝てたほうがいいんじゃない?」
千影はそんな葵をみて心配そうにする。
「あ、そ、そうだ、誰か呼んでくるから」
突然のことに千影は動転した様子で、その場を離れようとする。
「ま、って……」
が、葵はその前に千影の手を弱弱しくとった。
(……千影の手……)
手をとった瞬間葵の心をなんともいえない幸福感が包んだ。
「まって、その前に、千影に言いたいことあるから」
千影に触れていると、さっきまでだるさの取れなかった体が軽くなったかのようで声にも力が戻ってくる。
「え、で、でも、とりあえずお医者さんに見てもらったほうがいいん、じゃない?」
「ううん、今話がしたいの」
「……わかった」
千影は一瞬だけ躊躇したが、次の瞬間には頷いてもといたイスに座った。親友が何か大切なことを言おうとしている、長年の付き合いでそれがわかる千影だからこその行動。
少しの間沈黙が場を支配した。
言うべきことは決めているはずだが、それでもくだらないプライドが働いて葵を躊躇させる。
「千影ちゃんのこと本当は大好きなんでしょ?」
不意にその声が頭に響く、懐かしい声。自分を導いてくれた自分の優しい言葉。
(そう、よ。私は、千影が好き)
すれ違うことがあっても、喧嘩をしても、待ち合わせに遅れて、たとえ謝られなくても、千影を好きだということは変わらない。
「千影、……ごめんなさい」
「え……?」
「この前、ひどいこと言っちゃって……」
「あ、それは……」
「いつも、千影って遅れたりするから……なんか、私だけが楽しみにしてるみたいなのが悔しくて、あんなこと……ごめん」
「う、ううん! わ、私こそ……いつも、遅れたりして、ほんとごめん。その、言い訳になっちゃうけど、この前は、さ。葵が食べたいって言ってたお菓子があったからそれに並んじゃって……メールくらいしとくべきだったよね、……ごめん」
そのときには、お互い激情に駆られて言えなかった言葉が今はすらすらといえる。特に葵はいくらイラついていたとはいえ千影のことをよく考えもしないで怒ってしまったことを後悔した。
「そうだったんだ……ごめん。そうよね、千影はいつだって私のこと考えてくれてるものね」
葵はさっき見た夢の影響もあって、自分の気持ちを素直に吐露できるが千影のほうは急にこんなことを言われ赤面する。
「な、なに言ってるのよ!? もう」
「ふふ、ごめん。でも、そうでしょ?」
「……それは、まぁ…………大体はそう、だけど……」
「ほら、やっぱり、子供のときからずっとそうだものね」
「ちょ、だ、だから変なこと言わないでよ」
「ふふふ」
葵は楽しそうに笑い、千影は頬を染めながらもどこか幸せなこそばゆさを感じる。
喧嘩の仲直りはいつも同じような結末。こうして二人は絆を深めてきた。
「あ、そうだ。私も、一ついい?」
「もちろん、なに?」
「あ、いや、もう、仲直りしたんだから、いいかも知んないんだけどね」
「? うん」
「葵が事故にあったって聞いたとき、私すごく怖かった。葵が怪我してっていうのはもちろんだけど、意識が戻らないかもしれないって言われてさ、ほんと怖かったんだ。……絶対に想像もしたくなかったけど、もし葵がこのままになったら、葵との最後の記憶が喧嘩したことになっちゃうって、そんなの絶対嫌って思った」
「……うん」
「だから、こうやってまた話ができて、仲直りできて……すごく嬉しい。っは、っく……嬉しい、よぉ」
千影は今まで動転していたのがようやく落ち着いたのか、感極まって涙を流し始めた。ぼろぼろと大粒のしずくを流しながらも葵に幸せそうな笑顔を見せる。
「私も、嬉しい。すごく、すっごく。千影とまたこんな風に話せて、触れられてほんとに幸せ」
葵もまた幸せに笑いながら千影の手ととった。
「ね、千影。これからだってさ、私たち喧嘩しちゃうことだってあると思う。けどさ……」
葵はこれから言おうとしていることがあまりにも恥ずかしい台詞だなと自覚して一端口を閉ざす。
「けど……?」
だが、言いたいと願っているのは何よりも葵自身だ。
「けど、私が千影のこと、好きだから、喧嘩しちゃうようなことがあってもいつだって地影のこと大好きだから。だから、喧嘩したっていい、またこうして仲直りして、また喧嘩してもまた仲直りしよ。私、千影が好きだから、ずっと千影と生きて行きたいから」
まるでプロポーズのような台詞に千影はこれ以上ないほどに顔を赤くした。
言った葵も、言われた千影も恥ずかしさが膨らみすぎて破裂しちゃうんじゃないかっていうほどにお互いへの気持ちがあふれた。
「うん……うん! 私もずっと葵と一緒にいたい」
二人は互いへの気持ちをあふれさせながら微笑み、気恥ずかしさに思わず顔を背け、また見つめあう。
そんな二人の横、葵のベッド脇のテーブルには葵の携帯が置かれ、そこには昔からつけている押し花にした四葉のクローバーのお守りが二人を見守っていた。