葵が幼い自分を連れてきたのは、先ほどの駄菓子屋からすぐ公園。ここも家から近くで、よく遊びに来た。

 千影と一緒に。

 葵や千影に限らずに休日には多くの子供たちでにぎわい、今も多くの子供たちであふれている。

 葵はその中を幼い自分の手を引きながら子供たちでにぎわう公園を歩いていく。公園の定番ブランコや、砂場、すべり台などの遊具がある場所から少し離れて、景観のために整えられたいくつもの小さな土手にやってくる。

「すわろっか」

 その土手の頂上につくと葵はそう促した。

「うん……」

 葵はすぐには会話を始めず、その少し高い位置から公園を見通してみる。

 丁度小さいころ遊んでいた遊具がある場所が一望できてなんだか、大きくなったような気分になるのが好きだった。

 千影とは一緒に遊んで疲れるとここで一緒になって休んだり、話したり、思い出の場所だ。ここは、小さいころだけじゃなくてもっと大きくなってからもここで色んな話をした。

 まさか、小さな頃の自分とここで話すとは思いもしなかったが。それも運命なのかもしれない。

「ね、葵ちゃん」

 子供の葵は先ほど千影とあって以来目に見えて元気がなかった。今も、半ば上の空というか、おそらく千影のことを考えているのだろう。

「……うん」

「さっきの子、本当はお友達なんだよね?」

「……違うもん」

「嘘、よくここで一緒に遊んでたでしょ?」

 発言がストーカーみたいだが、自分のことなのだ仕方ない。

 子供の葵は唇をツーンとつねらせて押し黙る。考えたくないって思うのに、千影のことが自然に頭に浮かんじゃうようなくやしい表情。

「お友達なんだよね?」

「……今は、違う、もん」

「どうして喧嘩しちゃってるの?」

「……私悪くないもん、ちぃちゃんが悪いんだもん」

(喧嘩するときは、みんなそういうわよね。普通)

 頬をプクーと膨らませる自分を葵は自分は千影相手に限らずよくこんな風な顔をしたんだなぁと懐かしくも思う。

 だが、今するのは郷愁に浸るのではなく目の前にいる自分を千影と仲直りさせてあげることだ。

「よかったら、話してもらってもいい?」

 冷静になるまでもなく、葵に話す必要はないがなんとなくこの子供の自分は素直に話してくれるだろうという確信めいたものがあった。

 子供の葵は何かしばらく悩んでいたが、小さくうんと頷いた。

「あのね……」

 子供の葵から語られる千影との喧嘩の発端を聞くと葵はそのことを思い出すと共に、長年悩んでいた謎にある納得と、さらなる謎が生まれるのを感じた。

 子供の葵は、主観を見知らぬ女性である葵に語ってくれる。時に、つまったり、なんていおうか迷ったりして、要領を得るのは簡単ではなかったが葵には話される内容が鮮明に頭の中に浮かんでくる。

「それで、大嫌いな虫見せられちゃって【ちぃちゃん】にひどいこと言っちゃったんだ?」

「だって……ちぃちゃんが悪いんだもん……」

「そうね、それは私もそう思うわよ」

 喧嘩のきっかけはほんの些細なこと。

 一言で言えば、虫を突きつけられたということ。

 葵は昔から虫が大嫌いで、今でこそクモやあの黒い悪魔を見ても内心逃げ出したくなるだけで平静を装えるが、小さな頃は悲鳴を上げてしまうほどに苦手だった。

 葵はそういうの大丈夫なほうで、よくからかわれたものだ。

 しかし、確か、このときは

「でもね、葵ちゃん。ちぃちゃんはほんとは葵ちゃんを驚かそうなんて思ってなかったんじゃないかなぁ?」

「…………」

 子供の葵は触れて欲しくないところを優しくなでられてしまったかのような居心地の悪そうな顔をしている。

「ちぃちゃんと前はすっごく仲良かったんでしょ?」

「……うん」

「そんなちぃちゃんが本気で葵ちゃんが嫌がることなんてするって思う?」 

 子供の葵は口を一文字にして、どんどん目を伏せてしまうが。聞くのが嫌というよりも、自分で認められなかった本音を他人に感付かされ、言葉がでないのだ。

「ほんとはちぃちゃんにひどいこと言ったの後悔してるんでしょ。ごめんなさいっていいたいんでしょ」

「…………違う、もん」

 負け惜しみのようにつぶやく姿をみて、葵は結構小心者なくせにいざとなると意地をはってしまうのは変わってないなぁと苦笑する。

「ちぃちゃんが悪いんだもん」

「でも、それって本当は葵ちゃんのためだったんじゃない?」

「……………」

「心当たりあるんじゃないの?」

「…………」

 そう、千影は葵のためにして、葵を怒らせてしまったのだ。

 きっかけまでは覚えていないが、葵は四葉のクローバーを持っていると幸せになれるという新しく得た知識を自慢げに千影に話した。

 だからだったんだろう。千影は葵のために四葉のクローバーを探してきた。

 最初は喜んだ葵だったが受け取った瞬間、そこにいた小さなクモが手に乗ってきて……あとはひどいものだった。虫を見せられてからかわれたことは幾度となくあったが、欲しがっていたものをもらえたと思ったのにそれをいたずらに使われたことがすごく悲しくて、思わず千影にひどいことをたくさんいった、嫌いとも言ってしまった。

 千影は千影で自分は葵に喜んでもらおうとしたのに、そんなこと言われるのが心外で売り言葉に買い言葉。

 子供らしい幼稚な喧嘩をしたのだ。

「本当は、仲直りしたいんでしょ」

「……………うん」

 核心を突いた問いに子供の葵はどこか悔しそうにそう頷いた。

 葵はそれを見て心の中をくすぐられるかのような気分になった。

(そうだ、千影との喧嘩はいつもこんな感じだった)

 千影は間が悪いというか、なぜか葵のためにと思うことがために裏目に出てしまい葵を怒らせてしまう。あとはほとんど子供の頃から変わっていない。

(……千影が私のことを好きじゃないなんてあるわけない、か)

 そう、そうなのだ。このときから変わっていない。自分のために何かをしてくれるのが千影だ。

 なんとなく今ここにいる意味もわかったような気がした。

「だめよ、葵ちゃん」

 そう、あのときのお姉さん。

「仲直りしたいって思うならちゃんと自分からごめんなさいって言わなきゃ」

 目の前にいる幼い自分を優しくなでる。

「千影ちゃんのこと本当は大好きなんでしょ?」

 あれが、自分。

「よし、いい子。あのね、葵ちゃん。これからだってね、千影ちゃんと喧嘩したりするかもしれない。でもね、お互いに大好きって思うなら仲直りできないことなんてないの。だから、ちゃんとごめんなさい、いわなきゃダメだよ」

 優しく自分を導いてくれた自分。

「うん……わかった。お姉ちゃん」

「うん、えらいぞ」

「あ、そうだ」

「ん? なぁに?」

「お姉ちゃんのお名前なんていうの?」

「……私? 私はね……」

 

 

 ?

 答えようとした瞬間。

 私はまったく別の場所に立っていた。

 真っ白な、何もない世界。

 上も下も、右も左も、何もないただ真っ白な世界に私は立っている。

 あ、そうだ。ここは、あの小さな私に会う前にいた場所。

 不思議な、何もない、だけど不思議と居心地悪くも感じない本当に不思議な場所。

 そうだ前にいたときもこんな風にたっていて

(ぁぉぃ)

 そうだ。小さく千影の声がして

「千影……」

 そうだ、千影に会わなきゃ。

 会って言いたいことがあるから。いわなきゃいけないことがあるから。

「あおい」

 聞こえる、千影の声。

 子供のころからずっと一緒で、喧嘩もしたけどずっと仲良しで……私のためを思ってくれるくせになぜかすれ違うことも多くて、

「あおい、おきて、ねぇ……起きてよ! 目を……覚まして、あおい……」

だけどやっぱり親友で。

 会いたい。千影に、今すぐ。

 私は最初はゆっくりと、千影の声がするほうへ歩きだし、そのペースが徐々に上がっていき、ついには全力で走りだしていた。

何もない世界を、ただ千影の声だけを頼りに、千影への想いを抱いて、

 私は走っていった。

 

 

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