連れてきた場所は部室の中。鍵をかけて誰にも邪魔をされないようにすると部屋の中央にたたずむ洋子にを厳しい目で見据える。
「久遠寺さん、あの……話ってなに?」
洋子は玲菜の理由を知ってから知らずか自分からは切り出さずにそう理由を玲菜に問うた。
「……わかっているんじゃないか?」
玲菜は悲しげな眼で応える。
「……………」
その一言で洋子は気づかれたということを察し目を背ける。
「……何故だ?」
「……………」
「なぜ、そんなことをした?」
「……………」
語気を強め問い詰めようとする玲菜に洋子は気まずそうに顔を背け、ある場所を隠すように手で握った。
(っく……)
それすらも玲菜には不愉快に思えて、洋子に近づくと
「あっ!?」
洋子の腕を取り裾を捲りあげると、洋子の隠そうとしていたそれをさらけ出す。
「っ……」
予測……確信していたものの玲菜は洋子の手首にあったものに表情を変える。苦痛に耐えるような、それでいて悲しんでいるようなそんな同じ傷を持たねばできない表情を。
そう、洋子の手首にあるもの。それは玲菜と同じもの。
すでに傷はふさがっているもののじんわりと赤く、洋子の肌白い肌に似つかわしくない醜い傷痕。
リストカットの痕。
「何故、こんなことをした!?」
玲菜は気づけば大きな声を出してしまっていた。
そんなつもりがあったわけではない。だが、自分でもわからぬほど感情が高ぶり声を意識なく声を荒げてしまった。
もし客観的に見るのであれば、すでに経験者である玲菜になぜそんなことを言われなければいけないのかと思うのかもしれない。
だが玲菜は傷の痛みも、重さも知っていて目の前でそれをする相手に対して冷静でいられるわけがなかった。
「っ………」
洋子もまた自分が玲菜の神経を逆なでしてしまうことは理解しており、ぐっと奥歯を噛みしめ針のむしろのような気分でようやく玲菜を見返した。
「ぁ……」
洋子が玲菜の瞳にこれほど大きな感情を感じたのは初めてだったかもしれない。
怒っていて、悲しんでいて、申し訳なさそうでもあって、そのすべてを理解なんてできないが激情が玲菜を支配しているのだけはわかる。
「…………」
ごまかしや嘘は効かない。
いや、してはいけないと悟り洋子は
「………こうすれば、少しはわかるかなって思ったから」
理由を口にした。
「何を、言って、いる……?」
玲菜は洋子の口にした理由の意味を察しはしたが、わかったからこそ戸惑わざるを得なかった。
(わかるかなって思った?)
状況からするにそれは自傷行為をすれば玲菜の気持ちが、玲菜がしている理由がわかるかと思ったからということだろう。
「………………」
玲菜は信じられないものを見るかのような目で洋子を見つめた。
理解ができなかった。
友人として理由を問うことや、本などで行為について調べることはわかる。それは人として、友人として何もおかしなことではないだろう。
しかし、理由を知るために、あるいは少しでも近づくために同じく自傷をするなどまともな人間のすることには思えない。
理解の範疇を超えていると言ってもいい。
「……こんなことしても久遠寺さんの気持ちがわかる様になんてならないかもしれないけど……でも、少しだけでもいいから近づきたかったの」
「近づく………?」
「……言ったでしょ。外野からじゃわからないって」
「……っ」
確かに言った。この前喫茶店で話をした時に。だが、あれは突き放す意味だっただけで自傷行為をすれば玲菜のしている意味がわかるという意味では決してない。
いや、それよりも
「なぜ……そこまで、する……?」
それが理解できなかった。
友人のためだからと、その相手を救いたいと思ったとしてもそのために自傷行為を働くなんて常軌を逸している。
「…………………」
洋子もそれがわかっているのかうつむいたまま玲菜から目を背ける。
「簡単にできることではないだろう……」
リストカットが簡単なことではないのは玲菜がよく知っている。続けることはそれほど難しくはない。何度かしてしまえば、あとは半ば無感情に定期的に行為を続けられる。だが最初はそうはいかなかった。
漠然とした不安に囃し立てられるようにナイフを手にしたが、最初はナイフの刃をむつめるだけで恐ろしくなったし、初めて手首に刃を当てた時の恐怖は今も思い出せる。
冷たいナイフの刃が肌にあたる感覚。その後の好意がもたらす影響、痛み。その先の想像に何度も躊躇をした。
(のに……)
「怖かった……すごく、怖かった」
「………だろうさ……」
「こんなことをしてどうなるんだろうって思ったし、死んじゃったりすることはほとんどないっていうのは本で読んでたけど、それでももしかしたらって思った。誰かに傷を見られたらどう思われるかとか、着替えの時とかどうすればいいのかとか色々考えたよ」
洋子は震えていた。うつむいたままで表情を見ることはできないが、泣きそうな顔をしているように感じ玲菜は洋子が不安定だということをしる。
「でも……これで少しでも久遠寺さんのことがわかるのならって……」
「……………なぜ、そこまでする」
再び玲菜はそれを問う。自分には理由があった。少なからず自傷行為を行うに値する理由があった。
洋子にはそれがないはずだ。
「だって……………」
だが、玲菜は一つ失念をしていた。
「久遠寺さんが好きだから」
強すぎる想いは時に人を歪ませるのだということを。