「……っち」
深夜の部屋の中、玲菜はいつもの場所で毒づく。
自傷行為を行ういつもの場所。
机の前で玲菜はナイフを取り出し、傷痕とナイフを交互に見つめては胸に渦巻く不愉快な気持ちに顔をゆがめる。
「……意地になってどうするんだ」
基本的に自傷行為は積極的にやろうと思ってすることは少ない。ふとしたきっかけや理由も見えないような不安から衝動的にすることがほとんどで、あとはしばらくしていない時などなぜかしないことに対して不安を感じてしてしまうことの二パターンだ。
だが、洋子と話しをしたこの日玲菜は家に帰った時から今日はしようと決めていた。
心配され、やめろといわれたことに対して反抗のようなものがしたかった。
請われればやめられるような軽いものではないと自分に言い聞かせたかったのかもしれない。
だからすることに対し躊躇もした。だが、それでも
「っ!」
玲菜は無意識に息を止めると刃を手首に押し当てぐっと力を込めながら引く。
「…………っ」
手首に走る赤い筋。
遅れてくる熱さと痛み。
「ふは……」
乾いた笑い。
ポタポタと床に血液が落ちる音。
普段と変わらぬ一連の出来事。
(……できた)
いつもと違ったのはなぜかこみ上げてきた安堵感。
(……滑稽だ)
何故できたことに安心しなければならないのか。だが、やめろと言われてもきちんとできたことは玲菜にとっては安心だった。
軽いものではない。ずっと苦しんできたのに、他人にやめろと言われたくらいでやめられるようなものではない。それが、玲菜を安堵させた。
こんなこと程度でやめられるのであればなぜ数年間も苦しみ続けたのかわからない。
(これでいい……これで、いいんだ……)
そう自分に言い聞かせること自体やめたいという意識の表れかもしれないがそれを心のどこかでは認識するものの、それから目を背け自傷行為のもたらす、痛みと虚無感に依存していった。
その後しばらくは静かな時間が続いた。
洋子は玲菜の傷のことを意識はするものの、玲菜にはっきりとした拒絶をされたこともあり会話はしても直接そのことに触れることはない。
だが、明らかに心配をされているということは疑問に思うまでもなくそのことが玲菜の負担になる。
そしてこれまではしてこなかった積極的な自傷行為を行うという悪循環。
それは玲菜の学校生活にまで影響し、今年に入ってから多少なりともクラスメイトと話すことが増えていた玲菜だったが、再び孤立を深めていった頃。
(ん………?)
ある変化に気づいた。
洋子のことをはっきりいって疎ましいと思うこともあり、その分洋子を意識してしまうことが増えていたが、その中で玲菜はまさかという思いを抱いた。
その所作は大抵の人間であれば気づかないだろう。
多少は動きや行為に違和感を感じるかもしれないが、その理由を察することもなければ原因にも気づけない。
だが、玲菜にはわかってしまう。自分も通った道だから。
ばれるのではという不安と、ばれたらどうなるのかという恐怖。玲菜にはわからないことだが、それを知れば家族にも心配をかけるだろうし、人は離れて行くかもしれない。
そんな隠し事を洋子がしている気がした。
いや、していると確信を持った。
(何故だ?)
洋子がする理由がまるでわからなかった。
明確な理由が必要でないというのは玲菜の持論ではあるが、それでも玲菜は根底にあるのが両親に捨てられたことや、自分に対する評価の低さであることを認識している。
しかし、洋子にそれだけの理由があるとは思えない。
普通のことではない。まして洋子はそれについて学んでいたと言っていた。
さらに言うのなら前例も見ている。
してしまうことの影響も、恐怖もある程度は知っているはずだ。
(なのに……なぜ?)
考えても理由などわかるはずはなく、玲菜が取った行動は
「……洋子、話がある」
洋子を人気のない場所に呼び出すことだった。