「……はぁ、はぁ」

 荒い呼吸。

「……あやねぇ……」

 チョコレートの香り。

「……すきぃ」

 ベッドに押し倒されているあたしの目の前にあるのは頬を染め上げたゆめの顔。瞳はすでにとろけている。

「……もっとちゅ〜する……」

 そして、チョコレートよりもあま〜い声でゆめはあたしに唇を近づけてきた。

 それをなんともいえない気分で待つあたしは、なんでこんなことになったのか考えていた。

 

 

 今年のバレンタイン、あたしはちょっとした用事があってゆめに当日にチョコを上げられなかった。一緒に住んでいる美咲にはもちろん本命をあげたけどゆめには会う時間がなくてまた別の日にゆめのところに行くつもりだった。

 それで、今ゆめの部屋に来てるわけだけどゆめはさっきからムスっとしてあたしがあげたもう一つの本命ともう一つ、お詫びにと別のちょっと高級なチョコをもくもくと食べている。

 あたしはゆめのベッドでその様子を観察している。

(こんなに怒んなっての)

 そりゃ、会おうって約束してそれを破っちゃったのはあたしだけどこうしてお詫びに手作りとは別にチョコも買ってきてあげたんだから、許してよ。

 約束を破られていい気分をする人もいないだろうけど、ゆめは約束を、特に会う約束を反故にされると異様に不機嫌になる。

 つーか、怒ってるくらいならそんなにバクバクチョコ食べるなっての。

 とは思いはするけど口には出さない。妙な嫌味言われるのはわかってる。

 だから、おとなしくゆめの機嫌が直るのを待っているわけだけど……

「………………」

 肝心のお姫様はチョコを食べるだけ。

「……ヒック」

「?」

 突然ゆめがしゃくりあげる。

「………………彩音ぇ」

 それから、なんだからしくないあまったるい声をしてじーっとあたしのことを見つめてきた。

「ん? なに?」

 あたしの返答に答えることなくゆめは立ち上がるとなぜかふらふらとあたしに近づいてきた。

「……すきぃ……」

「はい? っ!?

 いきなり恥ずかしいこと言ったかと思えば、今度はその頼りない腕であたしに抱きついてきた。

「な、なにすんのいきなり!?

「あやね、すきぃ……」

「は、はぁ?」

 なんだか、うまくろれつの回っていないようなたどたどしい感じで好意を告げられる。

 それと、普段ゆめからする香りとは別の甘い香りがした。

(チョコ……だけじゃないような……?)

 いきなり抱きしめられるのはともかくゆめがおかしなことするのにはなれているからこの時点じゃあんまり動揺してなかった。

 だけど……

「ちゅ〜、する〜」

「は!? ……ッ!!!!???

 抱きついていたゆめがそのままあっさりとあたしの唇を奪ってきた。

 ピンクの唇から伝わってくる甘い風味と、知っているような知らないような芳香。

「ちょ、ちょっと、ゆめ!?

 あたしは、どうにか我を忘れることなくゆめの肩をつかんで引き剥がした。

「……なにぃ? ひくっ」

 ゆめからは考えられない間延びした声、となぜかしゃっくり。

 ほわっと頬を染めたゆめ。目はとろ〜んとしてどこか焦点もあっていないような感じ。

「ど、どうしたのゆめ? おかしくなった?

「……あやね、すきぃー」

「は、はぁ……ま、まぁ、どうも。あたしも、ゆめ好きだよ?」

「すきすきー、彩音大好きぃー」

(……誰だ? この子は?)

 この世で二番目に詳しいと思っている相手が目の前にいるといっていいのに、本気でそんなこと思う。

 あまりにもいつものゆめとかけ離れすぎている。好きとかはともかく、こんな風にいうことはないしっていうかなにより雰囲気が全然違う。人が変わったっていっていいくらいに。

「あやね、好きぃ、大好きー」

 ボフン。

 あたしが困惑している間にもゆめはあたしをベッドに押し倒してきた。そのままあたしの頭の横に両手をついて、熱っぽい視線を送ってくる。

「……はぁ、はぁ……」

 荒い息遣い。

「……あやねぇ……」

 チョコレートの甘い香り。

「……すきぃ」

 ゆめはあたしをベッドに押し倒して、さっきからずっと似たようなことを繰り返す。

「……もっとちゅ〜する……」

 そして、チョコレートよりもあま〜い声で、あたしに迫ってくる。

 あたしはゆめがどうしたのかわけわからないまま動けずに

「……ん、にゅー」

 ゆめの口付けを受けれいていた。

「…ふぁ、あやねぇ……ぴちゅ…にゅぅ」

 しかもつたない動きであたしの中に舌を差し入れてきた。

「んっ!? うむぅ、は、ぅ……ちゅぴ、ゆ、め……?」

 いきなりのことに目を見開くあたしだけど、完全に覆いかぶされているこの状態じゃ腕の力だけでゆめを遠ざけることができない。

「んみゅー、にゅん…はぁ、彩音ぇー」

 ちゅぷ、じゅぷ、チュク

 あたしがうまく抵抗できないことをいいことにゆめの熱い舌があたしの口の中を好き勝手に暴れ回る。

(……ん、甘い……)

 さっきまで、チョコを食べていたせいかゆめのキスは信じられないに甘かった。それと、

 これ、お酒のにおい?

 さっき、最初にキスされたときに感じたものの正体がわかった。お酒だ。

(あのチョコに?)

 あたしが手作りしたほうはお酒なんて入れてない、ならお詫びにって買ってきたあの高級なチョコがお酒の入ったチョコだったと考えるのが自然。

(ま、まさか、酔っ払ってんの?)

「にゅぐ、みゅる……ちゅ、くにゅ。はぁ……」

 ゆめが勝手にあたしを蹂躙していくなかあたしはゆめがこうなった原因を探り当てた。

「ん〜……ん〜」

 キスを終えたゆめはあたしの上に座ったまま、どこを見ているのかもわからないような瞳で頭をふらふらとさせた。

「ひっく……ひく」

 ときどき、しゃっくりをしながら斜め上をぼけーと見ている。

 まさによっているような行動。

(ちょ、チョコくらいでよっぱらんての!?

 でも、もうこれはそう考えていい。ゆめはあたしの持ってきたチョコで酔っ払ってしまっている。

 ど、どうしよ。これはなんだか非常にまずいような気がする。なにをしてくるのか……

「えっと、ゆめ? あのさ〜」

「……ひっく。……暑い」

 とりあえず、なんとか会話をしようと思ったけどゆめがなにやらつぶやく。

 そして、

「……脱ぐ。……んしょ」

 パサ

 またもや驚きの一言を放ってあっさりと服を脱ぎ捨てた。

「ちょ! ゆめ!?

 ブラだけの姿になったゆめをあたしは驚愕と困惑をこめて見つめる。

 白い肌にスポブラは子供らしいゆめには似合ってるけど、今はそんなこと気にしてる場合でもなくて……このままだとなんだかさらにまずい予感がするわけで。

「……あやね、すきぃ……もっとちゅー」

「ちょ、ちょっと、ゆ、ゆゆめ!? ま、まって、落ち着いて」

 まずい、これはまずいよ。

 別にゆめとキスするのは嫌じゃないし、ゆめのこの姿だって普段ならそれほど気にすることでもない。

 け、けど、

 半裸状態のゆめに押し倒されてキスするっていうのはいろいろまずい気がする。

「……やだ、ちゅ〜するー」

 しかし、ゆめはあたしの気持ちなんておかまいなし。チョコにあるお酒くらいで酩酊するはずもないのに酩酊したようにゆめはまた顔を近づけてきて……

「あやね〜、んにぃー、あむ……むチュ…はむ、れろ」

 チョコとお酒の風味の残るゆめの口の中とつなげさせられたあたしの中も甘い香りが漂ってくる。

「ちゅく、にゅ……ぷ、はむ……」

 よってるくせにゆめの舌の動きは的確というか、ねっとりとあたしの舌にからみついてあたしのことを離してくれない。

(ふ、あ……ゆめの舌、あつ…、それに……)

 なんだか、お酒のせいか、それともゆめにこんなことされているっていう状況かあたしも頭がぼーっとしてくる。

「むにゃ……にゃむ、あや、ねぇ…にゅる」

 最初は抵抗してたあたしだったけど、だんだんゆめの手管にその気力を失わされられていく。

 体は熱くなって、ちからが抜けてきて、息苦しくて……

「むー!

 呼吸すら忘れていたあたしはゆめの背中をバンバンとたたいて、苦しいって訴えるとゆめは意外にも素直に顔を離した。

「んーー??」

 たださっきと違って体ごと離すんじゃなくてちょこっと離しただけでゆめの顔は目の前にある。

「は、っ、はぁ、はぁ……?」

 舌を突き出して荒く息を整えるあたしはちょうどその舌のあたりに雨に濡れたくもの糸みたいなのを見つけた。

 ぽーっとしてるままそれを目で追っていくと、

「うー」

 よくわからないうなり声を上げているゆめの舌につながっていた。二人の混ざった唾液がつながっているらしい。

(う、は、なんか……やらし)

 キスなんかよりも今のこの状況のほうがよっぽど官能的な気がする。あたしが今どんな顔なのかわからないけど、ゆめは頬を染めて、目は蟲惑的に潤んでいる。しかも、舌と舌がとろっとした粘液でつながっているこの光景。

(美咲に見られたら、殺されそう……)

 唯一の救いはあたしから誘ってるんじゃなくてゆめに襲われているってところかもしれないけど。

「……はぅ〜、あやね、甘くておいしい〜。もっと、彩音食べう〜」

 美咲に見られることを考えればゆめに襲われてるっていうのは言い訳になるかもしれないけど、今この状況として、襲われているのはかわんない。

「にゅあ……がうー……んー、」

 ゆめは焦点の合わない視線を少ししたに落としていった。首をすぎていって、さらにその下、平たく言うとあたしの胸のあたりにロックオン。

「…………」

 むぎゅ。

!!!? ちょ、ゆめ!」

 そしておもむろにあたしの胸をつかんできた。

「………………」

「ん、ちょ、ゆめ、あん! いた、いって…んっ」

 なにを考えているのか無言で胸を痛いくらいにもんでくる。

「ゆめ、やめって……ちょ、ん」

 まだ無言のまま気のせいか若干目に怒りを込めたような目で、あたしの胸をもみしだくゆめ。

「にゃぅぅ、……むー」

 猫がうなるみたいに声をあげて、やっと胸を開放してくれた。

「もっと、…ちゅー」

 もうあたしの顔もゆめと同じように真っ赤になってると思う。抵抗するのに疲れてきたあたしは、自暴自棄って言っちゃうと違うかもだけどこんなゆめもおもしろいって達観してゆめの次の行動を待った。

 けど……

 ドサ

 急に糸が切れた人形みたいに倒れこんできた。体が完全にくっついてブラだけの上半身からゆめの熱が伝わってくる。

「ゆ、ゆめ? どしたの?」

「…うゆー……あやねぇ……くぅ」

 困惑するあたしが横にあるゆめの顔をながると、

「すぅ……すぅ……」

 目が閉じられ穏やかな寝息を立てていた。

「あ、はは」

 あたしはこれまでの疲れがどっと押し寄せてきて乾いた笑いを漏らして、しばらくそのままゆめの寝顔を眺めるのだった。

 

 

 数日後

「ありがとうございましたー」

 あたしは明るい女性の声を背に受けてお店を出て行く。

「ふふふ」

 手にあるのは、あるチョコ。

 この前ゆめにあげたお酒の入ったチョコ。

 あたしは、にやにやと笑いながらそれをもってゆめの家に向かっていくのだった。

 

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 すみませんw 別に謝ることはないとは思うんですけど、いろいろごめんなさいw ゆめが誰だかわかんないし……ゆめの個性が失われてるというか……でも無表情というのはどこかで崩れてこそ生かされるものですよね?w ただ、酔っ払うというのは安直ですね。

 美咲を絡ませてもよかったけど、それだと長くなっちゃいそうだったので二人で。彩音は意外に攻められると弱いと思うんですよね。あのままゆめが寝ちゃわなかったらどうなっていたのか……w さらに、ラストでなんでまたチョコかってるのかw
 あと、ゆめとこんなことしてるのに美咲のことを思うのはゆめにちょっと失礼かな。なんだか美咲のほうが好きに思える……けど、そんなことはないですよ?

 

 おまけなのであとがきもこの辺で。でもこの酔っ払うのをほかのでもやってみたら面白いかなとかとも思ってしまいましたねw ただ、今回はバレンタインでチョコという小道具が使えたけどおそらく二十歳未満の人ばっかりなので酔っ払いずらいですよね。あ、でも一応拍手おまけでやるためにか、一応年齢不詳ですねw

 でも、S×Sだとこういうおまけやりずらいです……特にこれの時点じゃ二十一話だし、全然それどころじゃないですね。

 あ、いつもは彩音のこういうおまけは続きがありますけど、今回は多分続きはないと思います。ネタもないし……美咲を絡めて……うーん、やっぱだめですかね……

 

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