夕飯は特別な理由はない限りは三人で。その後は片付けをしてから今度はソファに三人並んで座りながらお茶をしながらその日のことや翌日の予定などを話す。

 そんな時間。

「………むぅ」

 手にした時には熱かったはずの茶碗を持ったままゆめはこの日何度目かの唸りをあげる。

 頭に浮かぶのは莉沙と巴のことだ。

 昼間、喧嘩を見せられたのは気にしていないと言ったが、二人の関係自体を気にしていないという意味ではない。

 大人の女性のあんな姿を見せられて完全に考えるなという方が無理がある。

 しかし、だからといって何かをしたかったり力になりたいというほどではないのだが

(……そもそも、何も知らない)

 例え力になりたいと思ったりしたとしてもそれが出来る状態ではないのだ。

 だが。

「……むぅ」

 どうにも心からは離れてくれずなんとも言えない声を上げるしかできない。

「彩音、ゆめが何か唸ってるけどあんた何かしたの?」

「なんであたしの責任になる。知らないよ。今日はずっとこんな感じだけど」

「ふーん、珍しいわねゆめがこんなになるなんて」

「だねぇ。まぁ、甘いものでも食べればゆめは元気になるんじゃないの? 明日アイスでも買ってこようかね」

 ゆめを挟んで両隣の二人は口々に勝手なことを言っているのは耳に入っているのだが

「……そんなに単純なわけはない」

「なら、話してくれるとありがたいんだけどな。ゆめが悩んでるならなんでも力になるよ?」

「そうよ、とりあえず言ってみなさいよ」

 二人が自分を心配して言ってくれているというのはわかる。それがどんなにありがたいのかということも。

(……きっとあの二人にはいない)

 自分は幸運にも三人でお付き合いをしている。二人ではだめな時も三人で支え合って、前を向ける。

 しかし、二人では共に倒れてしまうのかもしれない。

 今の自分に何かできるのかと言えば何もできないが、だからと言って彩音や美咲に軽々に話してしまうのも違うような気がして二人に話そうとは思えていない。

「……話せるようになったら話す。だから今は心配しなくてもいい」

 それは二人の気持ちをないがしろにするような言葉ではあるが

「りょーかい。わかったよ」

「まぁ、手に負えなくなるまでには話しなさいな」

「……うん」

 美咲も彩音もゆめの決断に口をはさむことなく、代わりに二人でゆめに身を寄せた。

 心も体も満たしてくれる熱にありがたみを感じながら

「……あ、アイスはもらう」

 自分のらしさを忘れないゆめだった。

 

 ◆

 

 巴の名を知ってからさらに一週間後。

 あの日の翌日に莉沙に会った時には普段通りに戻っており、それが暗に踏み込んでほしくないという合図に思えてゆめは彩音や美咲にも巴のことは話さず、自分もいつもの日常に戻っていた。

 この日は彩音と二人で大学の帰りで、マンションの入り口まで来ると。

(………む)

 自動ドアの前佇む、長身の女性を見て足を止めた。

「ん? どしたのゆめ」

「……なんでもない」

 一瞬、どう反応すれば迷ったものの自分には用はないはずだと彩音と共に巴へと近づいていく。

「そこの小さな君。ちょっといいかな」

 まんまと声をかけられてしまう。

「?」

「…………」

 彩音は当然ながらなぜゆめが声をかけられたのかわからず、反射的にゆめの前に出て自分の後ろにゆめを隠そうとするものの、ゆめは何も反応することなく次の言葉を待つ。

「話がしたいんだ。少し時間もらえるかな」

「…………」

 なぜ自分にとも考えたとは考えたものの、莉沙のあの様子ではおそらく莉沙は取り付く島もなくこの前虚言を吐いて一緒にいた自分に話をしようとするのは理由としてはあり得ることだろうと察する。

「すみませんけど、貴女誰ですか。ゆめはあたしのなので勝手に時間もらえるかなって言われても困るんですけど」

 何が起きているのかわからない彩音ではあるが、以前の反省とゆめが知らない人間から声をかけられたということに過剰反応して、大人で自分よりも背の高い相手に毅然と接する。

 それがゆめとしては嬉しくはあるものの、今は不要で彩音の袖を小さく引っ張る。

「……彩音、大丈夫、だから」

「え? 知ってる人なの?」

「…………知らない人」

 巴に関しては他にいくらでも表現する方法はあるはずだが、莉沙との関係を説明するのは自分にもできず素直に事実だけを告げるが

「じゃあ、だめでしょ! 知らない人について言っちゃダメだって知らないの?」

 ゆめと巴が初対面ではないことを知らない彩音は常識的なことを突っ込む。

 そのやり取りに

「っぷ、くくくく」

 巴が噴出して笑う。

「おもしろいな、君たち」

 それから破顔し、楽しそうに告げる。

 それはゆめが初めて見る巴の笑顔で、少し厳しいイメージを抱いていたものを一変させるような快活で魅力的な笑顔だった。

「なんなら彩音ちゃん? 君も一緒でもいいよ。お茶くらいおごってあげる」

「……二人で、いい、です」

「そうか。まぁ、あたしもそうだな。できれば莉沙のことは二人で話せた方がいい」

「莉沙って……早乙女さん?」

「……そういうこと、だから。彩音は先に帰っていていい」

 ようやく何となくではあるが繋がりを理解した彩音ではあるが、それでもゆめを自分の知らない相手と二人きりにすることには抵抗があるのか、しばらくゆめと巴を何度か交互に見た後に苦渋の決断を下す。

「遅くはならないようにね」

「……うん。夕飯を作って待っててくれればいい」

「ふふ、思った以上に仲がいいみたいで結構だ。それじゃあゆめちゃん、行こうか」

「……はい」

 そうしてゆめは出会って三度目でようやく巴とまともな時間を過ごす機会を得た。

 

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