それじゃあ、ローラのこと呼んでくるね。

 小春ちゃんに励ましてもらった後、小春ちゃんはそう言って部屋を出て行った。

 私は変わらず小春ちゃんのベッドに座りながらその時を待つ。

 ローラには避けられているような気もしてるけど小春ちゃんが連れてきてくれることは疑ってない。

「……ゆめ、入るよ」

 ほら。

 控えめなノックの後ローラは私の返答を待たないで入ってきて、私の隣に座った。

 それはお付き合いをするようになってからいつも話していた時よりも少し遠い距離。

 それでもローラが傍にいてくれるっていうことがとても嬉しくて、胸が暖かくなった。

(それに……やっぱりローラって綺麗)

 久しぶりにローラを見たような錯覚に私は目を離せなくなっていた。

 端正な顔立ちに、澄んだ青空を思い浮かべるような綺麗な瞳。長い睫毛に、すべすべのほっぺ。形のいい唇。

(……好きだなぁ)

 見た目だけが好きなわけじゃないけど、でも改めてそう思っちゃった。

「それで、話って何?」

「え?」

「なによその反応。小春がゆめが私に話があるっていうから来たのになにぼーっとしてるのよ」

「ごめん、ローラに見惚れちゃってた」

「は、はぁ!? いきなり何言ってるのよ!」

 真っ赤になって照れるローラ。

 わかってはいたけど私から気持ちが離れてすれ違ってたんじゃないことに安心する。

「っ…話、あるんでしょ」

 ローラは真っ赤になったのを隠すように言う。

 私はうんって小さく頷いてから答える。

「ローラ、最近私のこと避けてる、よね」

 言葉にするのは辛いけどまずはそれをはっきりさせたい。

「それは……」

「私、ローラに何かしちゃった?」

「別に……ゆめが何かっていうわけじゃ……むしろ私の問題で…………………と、というか、ゆめだって私のこと避けてるじゃない」

「わ、私はそんな……」

「してる。この前から二人でいてもまともに話してくれないし、上の空になって全然楽しそうにしてくれない」

「それは……」

 ローラに質問してたはずなのに、質問を返されて私は言葉に窮した。

 でも……

(小春ちゃんと約束したもんね)

 一緒に悩まなきゃ。

 キスを意識して近づけなくなっちゃったなんて恥ずかしいけど、でもちゃんと話して二人でそのことを悩まなきゃ。

「ゆめ?」

「……ローラとまともに話せなくなってたのは……その……一緒にいるとしたく……なっちゃうからだよ」

 とっても恥ずかしいけど、でももう止まる気はなくて私はいつも身に着けているブレスレットを握りしめながら勇気を込めて言った。

「したくって……?」

(ここまで言ったらわかってよ!)

「だから、キス……」

「え?」

 か細く言ったっていう自覚があるせいかローラがそう言ったのが驚いたからじゃなくて、聞こえなかったって意味に聞こえて私は

「ローラと一緒にいるとキスをしたくなっちゃうから恥ずかしくてうまく話せてなかったの!」

 頬を染め上げながらローラにそう訴えていた。

「……ゆ、め?」

 ローラはまるで予想してなかったことを言われたっていう顔をする。

「な、なにその顔。何かおかしいの。好きな人とキスしたいって思うのは普通のことでしょ」

「だ、だってゆめは私とキスしたくないんじゃって思ってたから」

「え?」

 ローラから飛び出てきた理由に私は調子の外れた声をあげちゃう。

「なんでそうなるの? 意味わかんない」

「だってこの前誘った時、はぐらかしてきたじゃない。だから我慢しなくちゃって」

「あれはただ恥ずかしかったから。っていうか私はしたいって思ってたのにローラがどうしたいかわかんないから我慢しただけだよ」

「え?」

「え?」

 なんだかうまく話がかみ合ってないような?

 まず私はローラがあの時キスにあんまり乗り気じゃないような気がしたからあの時にはしなくて、それから私だけがしたいって思い込んでたからローラとうまく話せなくなっちゃってて。

 ローラは私を誘ったのに(私は気づかなかったけど)しなかったから、避けられたと思っていて落ち込んでて……?

 つまり

「お互いに自分だけがしたいって思ってたってこと?」

「そうなる、わね」

 なんだか現実感がなくて乾いた声で現状を確認すると

『っぷ、あはははは』

 二人で顔を見合わせてからそんな風に笑いあった。

 久しぶりに二人で笑いあう幸せな瞬間。

「何よ、ゆめってば私としたいならはっきりそう言えばよかったじゃない」

「ローラこそ、あの時ちゃんと言ってくれたらこんなに悩むことだってなかったのに」

「最近、ゆめとあんまり話せなくて寂しかったんだから」

「私だってローラと一緒にいたいのにあんまりいられなくて悲しかったんだよ」

「責任、取りなさいよ」

「責任、取ってよ」

 言葉は強いけど悪意のないやり取りに私たちはお互いへの気持ちを高めていく。

 少しだけ離れていた距離はいつの間にか縮まっていて、どちらともなく手を伸ばして指を絡める。

(……ローラの熱)

 繋いだ手から感じる好きな人のぬくもり。

 あの島で仲直りをした時のように体だけじゃなくて心までつながっているような充足感。

 私を見つめるローラの瞳は喜びに潤んでいて澄んだ瞳は吸い込まれてしまいそうなほど綺麗だった。

「ねぇ、ゆめ」

 この前から私を誘惑し続けてきた唇が私の名前を呼ぶ。

「うん。ローラ」

 私もローラを魅了した唇で好きな人の名前を紡いだ。

「私、ゆめが好き」

「私も、ローラが大好き」

「だから……ゆめとしたい」

「……私もだよ。ローラ」

 互いの気持ちを確認すると私たちはどちらともなく唇を近づけていく。

(ローラ)

 繋いだ手が愛おしい。

(……ローラ)

 閉じた瞼の裏にも大好きな笑顔が思い浮かぶ。

(………ローラ!)

 心の中で強く大好きな名前を何度も呼びながら、私達は一つになろうとする。

 そして、

 ゆめ!

 声は聞こえないけれど確かに心に響いたローラの声を感じて私達は

「んっ………」

 初めてのキスを交わした。

「っ……んっ…ん」

 重ね合う唇の暖かく優しい感触。ほのかに感じるローラの息遣い。白桃みたいな甘い香り。

(……ずっとこうしてたい)

 つながった唇からまるで心も体もローラと溶け合うみたいなふわふわとした感覚に満たされていく。こうしていることの方が自然に思えるくらいローラと重なる今が心地いい。

「……ん……んぁ……んっ」

 息をするのも忘れたまま、ようやく唇を離す。

「っ……はぁ」

 でも、名残を惜しむように体は離せなくておでこをこつんってした。

「キスって……すごい、わね」

 呆けたようなローラの言葉に私も頷く。

「うん……うまく言えないけど、本当にローラと一つになったみたいでずっとこうしてたいって思っちゃった」

「私も」

「おそろいだね」

「私たちはいつだってそうじゃない」

「うん」

 同じ歌組で、ひめ先輩に憧れていて、S4を目指して、お互いのことが大好きで。

(本当に大切で、大好きな……私のローラ)

 そのことを強く思いながらもう一度私はローラとつなぐ手をぎゅってした。

「私、今すごく幸せだよローラ」

「知ってる。私だっておんなじなんだから」

「ほんとにお揃いだ」

「さっきからそう言ってるじゃない」

 そうだねって笑いあった後、私はなら、って少し悪戯っぽく笑う。

「今考えてることもお揃いなのかな」

「そんなの当たり前でしょ」

「じゃあ、当てて欲しいな」

 熱く潤んだ瞳でそれを訴えるとローラは「面白いじゃない」って勝気に笑って、私へと体重をかけてきた。

 ボフ、っと背中がベッドについてローラが私に覆いかぶさる。

 そして

「もっと私とキスがしたい、でしょ」

「……うん」

 私たちは再び溶け合っていった。

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