「ねっ……これは?」
夕方、蛍光灯が照らす自習室の一番隅に私たちは並んで席を取っていた。
通常の教室より広い自習室の中には受験を控えた三年生を中心にまばらに人で埋まっている。席はお店のカウンターみたいなのと、二つごとに区切りのある机が並べてあって私たちは机の一番すみにいる。
おんなじ問題集を広げて小声で会話をしながら問題を解き合ってる。仲良しの二人組みがこれまた仲良く勉強している、風に周りからすれば見えると思う。
「なによ、自分で……は、んっ!」
私は体を寄せてきた神坂さんの顔を強引に向かせるとおもむろにくちびるを奪う。
「ん…ちゅぱ…ぴちゅ…」
神坂さんの強張るくちびるをあんまり音が立たないように舐める。
「ちゅ…んっ! ぁ…は…はぁ……ハアはぁ」
時間にすれば数秒だけど、神坂さんはいつも荒々しく息を整える。その後、ビクビクしながら周りを窺って何にも変わらない様子を確認すると安堵の表情を見せる。
「大丈夫だよ、一応私も気をつけてるから。それに、ここは隣にでもいない限りはわからないよ」
「…………どうしてこんな所でするのよ? も、文句をいってるわけじゃないけど、もう少し…その、考えて……」
神坂さんはあの約束をしてからは普段はそれほどじゃないけど、二人でいるとき、特にこういうことの後は弱気なところを見せる。
この姿を見るのも今は私の楽しみの一つ。
「だって、こういう所のほうが楽しいから。心配しなくても、見られるようなときにはしないよ」
見られたりしたら台無しだもん。大丈夫って確信があるときにしかしてないつもり。
「さてと、私は帰るね」
私は自習室に勉強しに来てたわけじゃない。ただ、神坂さんが来るのを見かけたからついてきただけ。
『お願い』聞いてくれるっていっても私の奴隷になるわけじゃないんだから、いつも一緒にいるわけじゃない。ただ、放課後に『お願い』をすることが多かったから、ここには私には見つからないように逃げてたってことかもしれない。
(私を見たときは驚いてたしね)
することが終ればここにいる用なんてない。かといって、ここに来てすぐしたんじゃ、神坂さんがいつされるかっておどおどするのが見れなくてつまらない。
こういうときの神坂さんは人が変わったようになって面白いから、大体何か『趣向』を凝らすことが多い。
どうせ私にはほかにやることがないんだから。
「じゃあ、また明日ね」
私は表面だけの笑顔でそう言うと自習室を、学校を出た。
暗くなり始めた帰り道をいきながら、邪な思考をめぐらす。
なんか、人にみられるかもってシチュエーションはマンネリって感じかなぁ? 今日のはあんまり面白くなかったもんね。カモフラージュに勉強なんかしちゃってたし。
それにもし見られたらせっかくの楽しみがなくなっちゃうっていうのは事実だし。神坂さんにはもっと楽しませてもらわなきゃ。
次は、どうしようかなぁ。
学校に入ったころは毎日来るのが嬉しくて、お姉ちゃんのことがあってからは陰鬱でたまらなかった。
やめたくもなったけど、少し前からまた学校にくるのが楽しくなってきた。
「おはよう、神坂さん」
もっとも、楽しさの質は全然違うけど。
「っ………何か、用?」
教室に向かう廊下で不意に名前を呼ばれた神坂さんは体をビクつかせると挨拶を返してくれることもなく敵意と、困惑を込めた瞳を向けてきた。
「クラスメイトに挨拶しちゃいけないの。返してもくれないなんて、私悲しくなっちゃうなぁ」
挑発的にうそぶいて横に並ぶと控えめに「……おはよう」といってくれた。
その後はほとんど無言で教室についたけど、私の一挙一投足を気にしながら歩く神坂さんは見てて退屈しない。
ここまでになるなんてね。もっと色々したくなっちゃう。
「ねぇ、私これからお手洗いにいくんだけど一緒にいかない?」
「ど、どうして私があなたなんかと一緒にいかなきゃいけないのよ」
「あれ? 聞こえなかった? 一緒に行こうって言ったつもりだったんだけど」
断る雰囲気の神坂さんに私は力のこもった視線で射抜く。
もうこれはある意味合図になってる。
「……わ、わかったわよ」
「ありがと、じゃあ荷物置いてくるね」
諦め顔の神坂さんとは対照的な笑みをして私はこう思うのだった。
ほんと、かぁわい。
「な、なんで二人で入るのよ……」
私たちがいるのはトイレの個室の中。狭い個室のドアの前で体をぴったり密着させている。
女子トイレって言えば昔から秘密の宝庫。先生や友達に聞かれたくないような話をしたり、人の悪口をいったり、へんてこな噂を流したり、恋人とどんなことしたとか、ちょっとエッチな話をしたりと、女の子にとっては色々なことが出来る場所。
当然、私だって目的があって今ここにいる。
「あれ? わかってたんじゃないの? こういうこと、されるって」
私はくっついていた体をさらに寄せて徐々に顔を近づけていく。神坂さんは体を引いてせめてもの抵抗をするけど、すでに端っこにいるし、本気で逃げようとはしていないからすぐに口がふれあう。
「んむ…、くちゅ……ちゅぱ、ぅん……」
いつものようにくちびるに軽くキスしてから、軽く舌を進入させる。でも、神坂さんの歯を閉じて頑なに侵入を阻止するから歯とくちびるの間、それと歯茎くらいしか攻められるところがない。
ちょっと甘い味がするなぁ。卵っぽい風味もするし、朝は卵焼でも食べてきたのかな。……お母さん手作りとかの。
「はぁ……ちゅ、はむ…じゅ…くぅ、ん…チゅ」
一度口を離すと、間髪いれずに今度は下唇を甘噛みしながらゆっくりと神坂さんの外と中の感触を味わう。
ふーん、こんな感じなんだ。プルプルでゼリーみたいな感触。こんなの今まで感じたことなくて面白い。当たり前だけど中と外じゃやわらかさが全然違うし、中は弾力があって暖かい。それと、下のほうに唾液が溜まってて口の中とは違う変な味がする。
「んっ! んん〜っ」
いった!
口を塞がれてる神坂さんは何か必死に私の制服を掴んで、何かを訴えてきた。
もう、せっかく楽しんでるのにぃ。 いつもはしてる最中はこんなことしないのにな。
頭で少し考えてる間にも神坂さんの力はどんどんと強くなって、さっき反射で痛いって思ったのとは別に本気で痛く感じてきた。
仕方ないなぁ。このままだと制服を破られちゃうよ。
「っぷは!……はっ、ごほっ! かは…、はぁはぁ……」
唇を離してあげると神坂さんは苦しそうに空気を吸い込んだ。
そっか、いつもはキス一回で終わりにしてたけど今回は続けざまに二回だったし、未知の感触が楽しくて長くしてた。でも、
「そんなに音立てちゃっていいの? 外に聞こえちゃうかもしれないよ?」
「!! は、ぁ……こほっ、はぁ……だ、誰もいなかった、じゃ、ない……」
「気づいてないの? さっきドアが開いた音がしたよ」
私は小声で外に漏れないようにしてるから、さっきの咳き込むような音を聞いても個室の中に二人でとは思われないかもしれないけど、神坂さんが会話するようなことを言ってるから怪しまれるかもしれない。
「う、うそ?」
「そう思うなら、あけてみれば?」
「くっ……」
できないよね、人がいたら開けた瞬間に二人でいたっていうのがばれちゃうもん。
さっきのが嘘だとしても、こういっておけばしばらくは出ようなんていえないよね。
私は、神坂さんにだけ見せる邪まな笑顔をみせる。
それにしても、最近は諦めてるのかしてる最中の抵抗がほとんどない。それから終ったあと特有の羞恥と屈辱と怒りが混じった目と顔をすることもあんまりなくなった。
諦めちゃったのかな? あの目でにらまれるのって結構良かったのに。
「それ、拭かないの?」
神坂さんはじっと何かを考えるようなしぐさをしていて、私にキスと舐められてべとべとになった口周りをほっぽいてる。
「あ、えぇ……あ、あれ?」
ハンカチかティッシュを探してるのか制服についてるポッケをまさぐってるけど一向に出てくる様子はない。
「もう、しょうがないなぁ」
このままにしておくのも可哀想だから私のハンカチを取り出して口の周りを拭いてあげた。
「ありが、とう」
私がこんなことしてくれるなんて予想外みたいで神坂さんは呆然としながらお礼を言った。
原因を作っておいて、ありがとうだなんていわれるのは不思議な感じ。
「ちょ、っと、離してよ」
「……洗って返す、から」
「いいよ、別に。これくらい」
力を込めてハンカチを取り返そうとしても神坂さんは握りしめたままふるふると首を振る。
「はぁ、じゃあ早く返してね」
「……うん」
何か変なことするにしてもハンカチがしようがないだろうし意味のない押し問答しててもしょうがないよね。
「と・こ・ろ・で」
キスが終って離れていた体をまたくっつける。わざと二の腕のあたりを神坂さんの胸に当ててさっきのキスのときに思ったことを確かめてみた。
「神坂さんて、胸、意外とあるんだね」
「え……?」
「私って子供っぽいからうらやましいなぁ」
顔を神坂さんの耳元へ持っていって、わざと舌を出して粘着質のある音を立てた。
「触ってみても、いい?」
そして、舐めるように囁く。
「え……ぁ?」
私は神坂さんの返答を待たないで左手をお腹の辺りから少しずつ上に持っていった。
「ひっ! やっ、う、うそ……」
神坂さんは全身を固くさせて怯えた様子を見せる。
ふふ、やっぱりこういう神坂さんっていいなぁ。最近は慣れちゃったせいかあんまりこうなってくれなかったもんね。
「いいの? そんなに声出しちゃって」
「っ!!」
忠告に咄嗟に口を閉ざすけど、私はあくまでゆっくりと焦らしながら手を上に持っていく。そろそろその豊満な胸に到達するかなってところまでくると
「んっ! や、だぁ……」
少し声に泣きが混じってきた。
「いやぁっ!」
ピシって鋭い音と一緒にほっぺに熱い感触が走った。はたかれた私は一歩さがって、軽く制服をはらう。
さすがにちょっとやりすぎちゃったみたい。直に触れたってわけじゃなくても、私なんかに触られるのは嫌にきまってるもんね。このまま逃げられるのももったいないし、ここはあやまっておこうかな。
「ご、ごめんなさい!」
けど、先にそういってきたのは神坂さんのほうだった。
私も口を開く直前だったから、言いかけた言葉を飲み込み、半開きになってしまったまぬけな表情のまま次の言葉をまった。
「い、今のは違うの……さ、逆らおうとしたわけじゃないから。ごめんなさい、ごめんなさい、違うの。だ、だから言わないで誰にも。お願い」
私があやまろうとしてるなんて露知らず、神坂さんは錯乱していた。
そして、その人形のように謝罪と懇願を繰り返す姿は私の嗜虐心を刺激するには十分すぎた。
(んふふふふ)
小悪魔っぽく舌をだして、にやって大きく笑った。
「いいよ、許してあげる。そのかわり……」
私は手をまた神坂さんの体に持っていった。震える体を撫で回しながら、三度壁に追い詰めて体をくっつける。
「今日の放課後、空けておいてね」