あ〜あ、つまんない。
私、なに、してるんだろう?
クラスメイトを脅すようなことをして、からかって。
こんなことして楽しいのって聞かれれば、一応は頷けるかもしれない。
神坂さんに色々したりするのは確かに楽しい。神坂さんの反応は思った以上に面白いし、あんなに強気だった神坂さんが弱気になったり怯えたりするところは正直言ってすごくそそられる。
でも、嬉しくはない。ただ、楽しいだけ。
楽しいけど、楽しくない。
楽しいけど、つまんない。
楽しいけど、嬉しくない。
楽しいけど、むなしい。
楽しいだけじゃ空虚なこの胸は満たされない。
神坂さんに何をしても、胸に開いた穴に乾いた風が吹きぬけるだけ。
だって、こんなことしてもなんにもならないほんとはわかってるもん。
けど、今さらやめたりなんてもできない、よね。
つまらなくても、嬉しくなくても、むなしくても、神坂さんのおかげで私はまだ「まとも」でいられるんだから。
……さ、放課後はどうしようかな。
コツコツって堅い音を立てて階段を上っていく。私が先を行って、神坂さんが少し後ろを小さくなってついてくる。
下の階にいたときは何人か人とすれ違ったけど、階が上がるごとにすれ違う人が少なくなっていく。特に学級の教室のなくなる三階より上にいくと、ほとんど人がいなくなった。
「ねぇ、どこまでいくのよ」
教室を出てから一度も口を開かなかった神坂さんが、棘のある言葉を発した。けれど、どこか弱々しくて不安が丸見え。
「二人っきりになれるところ」
それだけ素っ気なく言ってまた二人とも口を閉ざして、上がっていく。
怯えちゃって、可愛い。別に痛いことするわけじゃないのにね。
……痛い、かな? 体に痛みを感じるだけが痛いってことじゃないもんね。体が痛むより、痛いこと、辛いことなんていくらでもある。
そんなこと自分でわかってるのにな。
「着いたよ」
「? ここって……」
神坂さんを連れてきたのは屋上前の踊り場。屋上につながるドアがあるせいで他の踊り場よりも広いつくりになってるけど古くなった机が積まれていて見通しは非常に悪い。
防犯上の都合とか屋上に出ることはできないけど、逆に近づく人もいないし、机の陰に隠れれば階段の下からも私たちを見ることが出来なくなる。
唯一、光を取り込む窓からは見えるかもしれないけど、外からしか見えないから何してるかまでは見えないはず。
「さて、と」
私は、制服のリボンを外す。
「な、なにをするつもりよ?」
すると、神坂さんは体をすくめて私から一歩離れた。
リボンを外すっていう行為の意味がわからなくて必要以上に怯えちゃってる感じ。でも、その予感は正しいのかも。
「さぁ。あ、動かないでね」
「やっ、ちょ、ちょっと……」
私が後ろに回って両腕を掴むと神坂さんは身をよじって逃れようとした。
「動かないでって言わなかった?」
「っ」
一言言うだけで神坂さんはおとなしくなった。朝のことがあるせいで本気で抵抗するっていう意志が全然感じられない。
次に私の気に触れるようなことがあれば、今度こそばらされちゃうんじゃないかっていう不安が神坂さんの心を縛っている。
掴んだ両手を背中側の腰に回してぴったりとくっつける。
「痛くないようにするから、ちょっとそのままにしててね。あ、でも痛かったら遠慮なく言ってね……んしょ、っと」
「や、嘘。まさか……」
外したリボンと、今の行動がやっと結びつけられた神坂さんは咄嗟に両手を解こうとしたけどそれより一瞬早く私のリボンが両手首を包んで、そのまま神坂さんの両手を縛り上げた。
「はい、できた。ふふふ、よく似合ってるよ」
「なっ、わ、わけのわからないこと言ってないで解いてよ!」
「だーめ」
神坂さんはめずらしく二人きりのときなのに声を荒げてる。手を縛られちゃってるせいでいざという時にも何もできないっていう恐怖が心を不安定にさせているのかもしれない。
あぁ、いい顔。これで、神坂さんは私の思うがまま。なんて、ね。
「だって、また神坂さんにはたかれたりなんかしたら、私、悲しくなっちゃうもん」
心にもないことだけどこんなこと言うと雰囲気出る気がするよね。神坂さんも反応してくれるし。
神坂さんはさっきからどうにかリボンを外そうとしてるみたいだけど、結び目はどうやっても本人じゃほどけない位置にあるから指を伸ばしても無駄なだけ。でも、こういう姿を見せてくれるのは私としては大歓迎。はたかれたりするのはともかく、少しくらい抵抗の素振りがあったほうが楽しいもん。
「ね、ねぇこんなことしなくても、逃げたりなんてしないから……ほどいてよ……」
「ほんとう?」
「…………え、えぇ」
私は小さくため息をついて神坂さんの側によった。
一見すればお願いを聞いて解放してあげようとしているようにも見える。神坂さんなんて少しほっとした顔してるし。
ざんねん。
私は解いてあげるかわりに唐突に神坂さんのくちびるを奪った。
「ん…ちゅ……」
いつもみたいに長くなくて一瞬ふれあわせるだけ。
キスが終ると私は笑顔を向けた。
「―――でも、だ・め」
「っ!!」
崖っぷちから突き落とされたような表情。悲しそうで、辛そうで、今にも泣き出しちゃいそう。
十分に同情を誘う場面だけど私がもよおしたのは劣情。
ぞくぞくしちゃうよね。こんな顔見せられちゃったら。
私は神坂さんの胸に手を持っていった。制服の上から軽く形を確かめるように撫でる。
「や…ぁ……やめ、て……」
「やっぱりおっきいんだね。それに形もいいし、うらやましいなぁ」
「やめて、お、お願い……」
私はその切実な願いを無視して、空いてる手を神坂さんのお腹の辺りに持っていった。こっちは制服の上からじゃなくて直に触る。
お肌の手入れはちゃんとしてるみたいだね。すべすべでいい手触り。
「!!? だめ……やだ…んっ…や、めてよぉ……」
その泣き声にも似た声を聞くと私はぴたっと両手を止めた。
「……いいの? やめちゃって」
「っ。ど、どういう意味……?」
「あんまりやだなんて言われると、私悲しくなって口が軽くなっちゃうかもしれないよ?」
「………………………………す、好きにすればいいじゃない。言いたければ言えばいいでしょ!!」
あれ? 急にどうしたんだろ。あんまり怖くて変になっちゃった?
「どうせ証拠なんてないじゃない。貴女がおかしなこと言ってるだけに思われるだけよ!」
「っ……」
ものすごい剣幕になった神坂さんに驚いて思わず体を離してしまった。
私は一瞬ひるんだけど、もしかしてって思いなおした。
「あるって、言ったら?」
「っ!!??」
どんなものかすらも言ってないのにその一言だけでさっきだめって言われたのと同じ顔になった。それを見てもしかしてを確信する。
やっぱりね。
「嘘だよ。でも、本当にみんな信じないかな? 最初の頃ならそうだったかもしれないけど。最近私たちよく一緒にいるよね? それなのに私たちがなんともないって思ってくれるかな?」
言いながら、神坂さんのほっぺに手をかけた。そのまま指をあごにもっていってくちびるをクイって上向かせる。
手を使えない神坂さんは私にされるがまま。
「んっ……っく……ふぇぇん…」
あ、泣いちゃった。思ったとおり、さっきのは強がってただけみたい。
「どうして…ぅんっ…なん…ふぇ…で、私にこんな、ことするの? ひぐ……私が何したっていうのよぉ……?」
瞳を涙で滲ませながら、何度もしゃくりあげて問いかけてきた。涙でくしゃくしゃになった神坂さんはすごい魅力的で私の心をうずかせると同時に、さすがに罪悪感をもたらした。
「うくっ……もうやめて、よぉ……じゃないと私、変に……なっちゃう……おかしくなる、の……」
心が乱れて立ってることもできなくなったのか、膝を折ってぼろぼろと涙をこぼし始めた。
後半に言ったことは意味がわからないけど、前半の質問には答えられる。
「………自分で考えたら。それに、どうせ言ったって……」
淀んだ、冷めた目で神坂さんのことを見下ろす。
お姉ちゃんのことであんな風に言われたのは私からすればまさに逆鱗に触れたようなものだけど、そんなこと神坂さんに言ったってわかってもらえるはずない。
それに、お姉ちゃんのことをわざわざ神坂さんに言うなんて嫌。
「……ん、うぁ…ぁぅ…っ…えぅ、ふぇ」
当然、神坂さんは私の言葉を理解する余裕なんかあるはずもなくてただ泣き続けるだけ。
初めてしたときは正直いってざまあみろくらいに思ったけど、今はそこまで思えない。
「神坂さん……」
私は両手で神坂さんを無理やりこっちに向かせると、私も片膝をついて嗚咽する口を塞いだ。
「ちゅ…ふぅ、ん……ちゅぷ…く…ちゃ」
いつもの攻撃的なキスでも、からかうようなキスでもなくて、少しだけほんの少しだけだけどどこか慈しむようにキスをした。さっきまでの様子から抵抗してくると思ったけど思考が止まっちゃってるのかされるがままに私を受け入れた。
「ちゅっ、ぱ……」
口づけが終っても神坂さんは呆けてる。
あーあ、なんか気分じゃなくなっちゃった。
あそこまで泣かれて、そのままできるほどはひどい人じゃないよ私。……今さらなのはわかってるけど。
スルっ。
私は神坂さんを拘束してるリボンを解くと、埃を軽くはらってあげた。
「今日はもう帰るけど、少しは私の気持ちも考えてほしいな。無理にとはいわないけどね……それじゃ、バイバイ」
それだけ言うと私はまだ立ち上がれもしない神坂さんを残してその場を去っていった。
なんか、余計なことまで言っちゃったかも。
別に私の気持ちなんてわかってもらわなくてもいいくせに。
それと、やりすぎちゃったみたい。
……非情になりきれないくらいなら最初からからしなければいいのにね。
いじめに罪悪感を持ち込むほど馬鹿なことないもん。
でも、やめようなんて思えない。
お姉ちゃんといたあの満足感も充足感もないけど、楽しいことだけは事実だもん。
いくらむなしくても…ね。
だから多分私は。