「じゃあ、はるかさん。服を脱いでください」
クリスマスイブ。 先輩の家に御呼ばれした私は、夕方時間通り先輩の家にたどり着いた。 先輩は門のところから出迎えてくれた先輩はすごいニコニコしてて、それはもちろん私も同じだった。 だって、先輩と付き合ってから初めてのクリスマス。 もう十二月に入る前からずっと楽しみにしてたし、クリスマスに間に合うようにって作った手編みのマフラーも完成済み。 先輩のほうからクリスマスに家に来てくださいって言われた時は、もうそれだけで嬉しくてドキドキで、先輩がクリスマスにまで何かを企んでいるなんて考えもしなかった。 門のところから、家のほうに歩いていくときもずっと先輩は笑顔というか、思い返せばニコニコというよりはにやにやな笑いだったような気がするけど、それも私は私で浮かれてたこともあって気が付かなかった。 いつもの先輩の遊び部屋のほうに通されるのかと思ったら、先輩はその手前の寝室のほうに私を案内して。 「じゃあ、はるかさん。服を脱いでください」 と、耳を疑うようなことを言ってきた。 「は、はい……?」 「あれ? 聞こえませんでしたか? 服を脱いでくださいといったのですが」 「い、いえ! そういうわけじゃ……」 聞こえてた。何を言われたのか、意味も理解した。 だからこそ、聞き返さずにはいられなかったんだから。 「ほらほら、早く早く」 と、先輩は私の問いには答えずにいきなり私の服を掴むとそれをめくり上げようとしてきた。 「ちょ、ちょちょ! ま、待ってください!!」 ふ、服を脱げってそ、そういうことなのかな?? た、確かにクリスマスだし、それに今日は泊まる予定だし、も、もしかしたらとかは考えたし、実は……下着もかなり念入りに選んで来たりもしたけど……で、でもいきなりこんなことするなんて。 も、もっとムードとかタイミングとか……そ、それに外は寒かったらからかなり厚着してきちゃってバスでここまで来るときは結構暖房が利いてて少し汗かいちゃったし、お風呂くらい…… と、というかどうしよう。 も、もちろん、先輩となら嫌じゃないけど……で、でも……だ、だいたい今日はごはんは優衣さんが作ってくれるって言ってたから優衣さんは家にいるってことだし……そろそろご飯の時間だし、もしかしたら呼びに来たりするかもしれないし…… あ、も、もしかしてはるかさんを食べちゃいたいとかそういうことなのかな? せ、先輩ならそういうこと言ってきてもおかしくないし…… 「……るか、さん」 あぁあ、ど、どうしよう。今のは冗談かもしれないけど、ここであんまりやだって言っちゃうと本当にやだって言ってるみたいだし……は、恥ずかしいけど嫌なわけじゃないんだから…… 「はるかさーん」 「ぴゃ!?」 私の服を掴んでいたはずの先輩はいつのまにか私のキスでもできちゃいそうなくらいに目の前に迫っていた。 「な、ななにするんですか! って、それ、は?」 「いえいえ、はるかさんがちょっとどこかにいってる間に用意したものですよ」 「? 私は、どこにも行ってませんけど……?」 先輩ってたまにこういうようなこと言うんだよね。これも何かゲームとか漫画のことなのかな? 「まぁ、それは置いておきまして。これをどうぞ」 「? これ、は?」 先輩はニコニコとしながら私に赤い何かを差し出してきた。 ぱっと見とにかく赤が目に映ったけど、よく見るとそれはこの一か月は飽きるほどに見てきたもの。 子供のころは誰もが待ち望む人が来てるもの。 正式名称とかあるのかしらないけど、とりあえず誰にでもわかる言い方をするなら。 サンタ服。 そんな風に呼ばれるもの。 「? これが、どうしたんですか?」 今渡されたものが何かっていうのはわかったけど、なんでこんなものを渡されるのかわからなくてそう問いかけた私は 「っ! き、着ろってことですか?」 先輩の言いたいことを察知っちゃった。 パチパチパチ 先輩は軽く拍手をすると、 「はい。大当たりです」 すっごくいい笑顔でそう言ってきた。 「……………」 こういうときの先輩って…… きらきらした笑顔を見せてくれる先輩。多分、もう頭の中じゃこのサンタ服を着た私がいるんだと思う。 ……こういうときの先輩って何いっても無駄なんだよね。 「……はい。わかりました」 それがわかっちゃう私は、簡単にそううなづいちゃうのだった。
(う、うぅ………) 困ってる。 安易にうなづいちゃった自分に困ってる。 先輩から手渡されたサンタ服に困ってる。 別に着物とか特殊な服じゃないんだから着方がわからないとかじゃない。というよりもすでに着てはいるの。 困ってるのは……鏡に写った自分の姿を見てるから。 「こ、こんなの……」 恥ずかしい。 ノースリーブだし、スカートは短いし、先輩になぜか白のニーソックスも渡されて多少ましではあるけど、やっぱり全体的に心もとない感じがする。まぁ、襟元から延びる雪みたいなぽんぽんは可愛いけど。 「はるかさーん、そろそろいいですか?」 部屋の外から先輩の声がする。目の前で着替えるなんて恥ずかしすぎるから出てってもらってたけど、これを見られるのも恥ずかしい。 もう一度先輩の寝室にある新しい鏡に写る自分を見つめる。 幸いにしてちゃんと暖房が利いてるから寒いっていうことはないけど……でも…… (うぅぅぅ……) 「もう入っちゃいますよ〜」 「へっ!?」 私はまだまだ勇気がでないまま鏡の前で悶々としてたのに先輩は相変わらずに強引さで部屋に入ってきてしまった。 「っ」 思わず身をすくめながら先輩に振り向くと 「………………」 あれ? 先輩……固まって、る? なんだか私を見つめたまま動かなくなっちゃったけど。 (も、もしかして、どこか変なところがあるのかな?) こ、こんなの着るなんて初めてだし、何か全然勘違いしちゃってたりとか…… 私はあわてて自分の姿を確認し始めるけど、それが杞憂だったと次の瞬間には知る。 「か、可愛いです!」 「へ!?」 固まってたと思った先輩は急に私のそばまで来ると若干興奮気味にそういってきた。 「ノースリーブの肩も、わきも、短いスカートも、ニーソックスも、スカートとソックスの間から覗くふとももも! ぜんっぶ! さいっこうです!」 「は、はぁ……」 「っもうー、やっぱりはるかさんってば世界で一番ですよ。私だけのサンタさんです」 「あ、ありがとう、ございま、す……」 ちょっと先輩のいきおいに抑えちゃって私のほうは反応が弱いけど、でも嬉しさははっきり感じた。 好きな人に可愛いって言ってもらえる。 それって女の子にとっては無条件で幸せになれちゃう最高の言葉だもん。 (……恥ずかしいけど、先輩がこんなに喜んでくれてるんだもん。これだけでも最高のクリスマスプレゼントだな) 「っと、喜んでばかりもいられないんでした。優衣さんがごはんできたから来てほしいそうです」 「あ、はい。えっと………」 ご、ごはん食べるのにこの恰好はないよね? いくら先輩が喜んでくれてるって言っても。 「すっごく名残惜しくはありますけど、とりあえず一回着替えましょうか」 「そ、そうですね」 というか、ごはん食べるのはわかりきってたんだから着替えるのはせめてごはんの後でよかった気がするけど。 でも、先輩のことだから単純に一秒でも早く私のサンタ姿が見たかったとかそんな理由なのかも。 私は今着たばかりの服に手をかける。 「あ、そういえば、ご飯ってちゃんとした食堂とかがあるんですか?」 実は先輩の家で夕食をごちそうになるのは初めて。そんなに気になったわけじゃないけど、ドラマとかで見るような食堂があったりするのかな。 「そういうのもありますけど、今日はいつもの私の部屋でとることにしました」 「そうなんですか……」 だったら、もしかして先輩と二人きりだったりするのかな? だったら別にこのままでもいいかも。そのほうが先輩も喜んでくれるだろうし。 「えっと、お腹空いちゃってるしこのままでも大丈夫ですか?」 だから、私は安易に考えてこんなことを言っちゃった。 「え? それはもちろん……というか私としては大歓迎です、けど……」 思ったよりも反応の悪い先輩だったけど、この時は特に気にもせず 「じゃあ、行きましょうか」 と、手を差し出してくる先輩の手を取っちゃうのだった。 先輩にとっては私と過ごすだけの意味じゃないクリスマスの日に。