「って……あ………」

 何も知らない、何も気づかない私がのこのこと先輩の後をついて行って、目にしたのは予想と違う光景だった。

 もしかしたら優衣さんくらいはいるかもしれないとは思ったけど、優衣さんだけじゃなかった。

「っと、なかなか流行に乗った格好してるわね」

 ちょっと驚いたようにそう言ったのは

(い、彩葉さん………)

 先輩の……親友の彩葉さんだった。

「い、いえ、あの……これは……」

 まさかこの人がここにいるなんて思わなくて私はしどろもどろになって意味のない言葉を発する。

「……まぁ、どうせ麻理子がそそのかしたんでしょうけど」

(っ……)

 だ、だから先輩の反応が鈍かったんだ。二人きりじゃないって知ってたから……

 なのに私は勝手に勘違いしちゃって、こ、こんな恰好で………

 は、恥ずかしい。彩葉さんは先輩が……って言ってるけど、勝手に勘違いしたのは……私だし……

「や〜、はるかさんが私だけのサンタさんになってくれるっていうものですから」

「ぁ……」

 でも、先輩はまるで彩葉さんの言葉を肯定するかのような言葉を発してさりげなく私の前に立ってくれた。

 彩葉さんがいるときには逃げちゃいたいくらいって思ったけど、先輩がそうしてくれるのはとても嬉しかった。このままでもいいやって思えて私は優衣さんと彩葉さんが待つテーブルに向かっていった。

(……でも………)

 先輩がかばってくれたこととはまったく別次元で先輩と、彩葉さんにあることを想いながら。

  

  

「……はぁ」

 クリスマスのパーティーが始まって二時間近く。

 優衣さんが作ってくれた豪華な料理や、ノンアルコールな割に高そうなシャンパンを肴にクリスマスらしくにぎやかな時間が過ぎて行った。

 今はちょっとお手洗いにって席を外してるけど、私も楽しかった。それは間違いない。先輩とはもちろん、彩葉さんとも話すことはたくさんあったし、先輩の昔の話とかも聞けた。優衣さんとだって今までで一番話をした。

 料理もおいしかったし、楽しくなかったわけじゃない。

「けど……はぁ」

 個人の家とは思えないほどまっすぐ長く伸びた廊下を歩きながら私はため息をつく。

 楽しかった……楽しかったけど……でも……

 なんか、先輩……彩葉さんと話してばっかりだった、な……もちろん私ともいっぱい話してくれたし、先輩が笑ってるだけで私も嬉しいのはうそじゃないけど。

 でも、初めてのクリスマスなのに……

「遠野さん」

 恋人になって初めてのクリスマスなのに……

「って、ちょっと」

「っ!?」

 私がまっすぐ先輩のところへ向かおうとしてると急に首元を掴まれた。

「目の前で話しかけたのに無視しないでよ」

「え? あれ? いつのまに後ろに……?」

 だって、私さっきからちゃんと前向いて歩いてたし、曲がり角なんてなかったしいきなり後ろに回り込まれるなんて……。

「……あなたは……まぁいいわ」

「?」

 彩葉さんは先輩がよくするような顔をしてから、軽く首を振った。

「ちょっと、いい?」

 それから私の返答も聞かずに歩き出した。

「あ………」

 答えを言う暇もなくそんなことされちゃうとついていかないわけにはいかないじゃない。

 無言のまま先輩はもちろん、私よりも背の高い彩葉さんの後ろを少し離れてついていく。どこに向かうのかなって思ったけど、意外に早く彩葉さんは足を止めた

「こっち」

 そこは、これも個人の家にあるのはふつう想像できないもの。

 バルコニーというやつ。

 彩葉さんが飾り気のあるドアを開けるとその隙間から冷気が入ってきて、ノースリーズ、ミニスカートの身にはかなりつらいけど、そのまま彩葉さんの後をついて行って、バルコニーに出た。

「……綺麗ね」

「え?」

 ぽつりとつぶやいた彩葉さんに首をかしげると彩葉さんは上を指さす。

「わぁ……」

 そこあるのは、満天の星空。

 冬の透き通った空気の中、宝石をちりばめたような空が広がってる。

「……小さいころはよくここで麻理子と一緒に星を見たのよね。クリスマスには」

「………っ」

 あまりに綺麗な夜空に思わず見とれてた私に彩葉さんの声が聞こえてくる。

 不思議な響きを持った声が。

「毎年クリスマスには麻理子の部屋でパーティーして、こうして星を眺めて、一緒にお風呂に入ったりなんかもしたっけ」

「…………」

 言葉だけなら、私にとっては自慢にも聞こえる。でも、不思議と不快にはならなかった。

 彩葉さんのこの空気は知ってるから。

 一見すると私に自慢してるような、私を不快にさせるようなことを言う。でも、こんな時の彩葉さんは必ずその最初とは違う本音を持っていたから。

「……今日、ごめんなさい」

 ほら。

 何がごめんなさいだったのか、今の時点じゃわからなくてもこっちが彩葉さんの本音だっていうのはすぐにわかった。

「今日来たいって言ったのは私なのよ。麻理子とクリスマスを一緒に過ごしたかった。だから、無理やり麻理子に頼み込んだの」

「………………」

「あ、勘違いしないでね。別にあなたたちの邪魔をしたいわけでも、麻理子のこと取っちゃうとか考えてるわけじゃないわ。ただ……今年は麻理子と一緒がよかった。麻理子は私のお願いを聞いてくれただけなのよ。だから、麻理子のことは怒らないでほしい。一発や二発くらいならビンタもらってもいいから」

「……そんなことは、しません」

 正直、彩葉さんの言ってることはわからなかった。不満はあるし、その原因を作ったのが目の前の人だというのは面白くはない。

 でも、こうして話してくれる彩葉さんはきっとそんなことはわかってて、それでも私たちのことを【邪魔】したいほどの理由があった。

「そう……ありがと」

 それは多分、聞いちゃいけない気がする。

 私にはなんとなくしか彩葉さんの言ってることは理解できない。でも、私にはそれでいいような気がする。

 達観してるような、諦観しているような彩葉さんの笑顔に私はこの数時間感じてた不安や不満が雲散していくのを感じた。

「じゃあ、そろそろお邪魔虫は退散することにするわ。麻理子は部屋で待ってるから行ってあげなさいな」

 そういって彩葉さんはバルコニーの柵に寄りかかりながら私に向かって手をひらひらとさせた。

 早くいけということなんだと思う。

 退散っていうのは多分、もう戻らないっていうことなんだなって思いながら私は少し釈然としないけど、悪くない気持ちで先輩の元へ向かっていった。

 

 

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