人との出会いは突然なんていうけど、まったくもってその通りだと思う。ただ何気なく道を歩いていても、出会うべくして出会っちゃう人はいるもの。
それが私にとってどんな意味をもたらすかはわからなくても、出会っちゃうものだ。
そう、例えば学校の保健室なんかでも。
ガララと、クリーム色のドアをなるべく静かに開けた。
「失礼しまーす」
あまり元気のない声でそういうと私は室内に足を進めていく。
まず感じるのは学校の他の場所ではありえない独特の薬品の匂い。めったに来ることがないこともあって、慣れることはない。
実は私はこの独特の匂いが少し好きだったりするのだけど、もちろんそんなことのために保健室に来たわけじゃない。
保健室に来る理由。
「ゴホ……えふ…はぁ」
それは、具合が悪い時だ。
「んー、お客さんですか?」
(??)
奥、具合の悪い人が寝るためのカーテンのあるベッドから聞こえてきた透明感のあるその声を不思議に思う。
この、声……ベッドのところから聞こえてきたのも少し変だけど、なにより若い女の子の声。
健康診断のときに来たくらいでよくは覚えていないが保健室の先生はこんな声ではなかったはず。
ベッドのところにいた人はカーテンを開けるとベッドから降りて……
「おや、これは可愛いお客さんですね」
私と同じ朱色のワンピース型の制服を着た女の子。
それは、まぁ、いい。
女の子が憧れる小顔に、まるで小学生のような大きなキラキラした瞳。やっぱり憧れるスレンダーな体形。……それに手には何故か携帯用のゲーム機。そこからイヤホンが女の子の耳につながっている。
ゲーム? この人、寝てたんじゃないの?
不思議に思うことはあったけど、そんなことよりも気になることがあった。
「えっと、あの……先生は?」
「ん、あぁ、さっきどこかいくって言ってました。それで、あなたはどうしたんですか?」
「あ、私は……ちょっと調子悪くて」
「ふむ、それは大変ですね。そこ、座っておいてください」
女の子は持っていたゲーム機の電源を切るとベッドに置いて、ツカツカとまるで自分の部屋を歩くみたいに保険の先生の机によっていってガサゴソとなにかを漁り始めた。
「じゃあ、とりあえず熱でも測ってみますか? どうぞ」
「あ、ありがとう、ございま、す!?」
頭にハテナを浮かべたままの私は言われるままに体温計を受け取ると、目の前の女の子はいきなり私のおでこに自分のおでこを当ててきた。
(ち、ちか……い)
目の前に澄んだ瞳、手触りの良さそうなほっぺ、思わず目を奪われるふっくらとした魅惑的な唇。
な、なに、この人……こんな、こと
突然のことでドギマギする私とは対照的に、
「うん、結構ありそうですね。三時間くらい続けたやったときの私のゲーム機くらい熱いです。それに顔も赤いですし」
謎の少女は冷静にそう述べた。
「は、はぁ………」
「おっと、失礼。遠慮せずに体温計使ってください」
「は、はい……っ」
どうすればいいのかわからないまま、言われたとおり机の前の丸いイスに座って、体温計を脇に入れて体温を測りだした。
「あ、そうだ。一応名前聞かせてもらえますか? 先生に言いつけられてるので」
……保険委員の人? でも、今授業中なのに。それに、この人、ゲームやってたみたいだし……
「…………」
なんだか急に目の前にいる人が怪しく思えてきた。見た目は普通に可愛い女の子だけど、授業中に誰もいない保健室でゲームやってるなんてどう考えてもおかしい。
「ん? どうかしましたか? お名前をどうぞ」
私の不審な目つきに気づいたのかまるで保険の先生の変わりをしている人は首をかしげた。
「……遠野、はるか、ですけど」
「ふむふむ、遠野さんですか。その上履きの色だと、一年生ですね。後輩ちゃんですか。あ、一応私も自己紹介しておきますね。私は、二年の藤宮 麻理子です。よろしくお願いします」
藤宮と名乗った先輩は楽しそうに笑いかけてきた。私は何を言っていいのかわからずはぁと曖昧な返事をする。
「…………」
授業中の保健室に謎の先輩と二人きり。妙な状況に私はただ沈黙して、調子わるそうでもないのに授業中になぜこんな所にいたの? という視線を先輩に送っている。
「ふふ、そんなに見つめられると照れちゃいますね。そんなに私のこと気になりますか?」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
「私の可憐な姿に一目ぼれでもしちゃいましたか? いいですよ、あなた可愛いですし。お付き合いしてあげても」
「な、ち、違います!」
(な、なんなのこの人? わけわからない)
「あなた、保健室に来る初めてですか?」
「健康診断以外じゃ、そう、ですけど」
「やっぱり、私のこと知らなさそうですしね」
「はぁ?」
よくわからない口ぶり。まるで、いつでも保健室にいるような言い方だ。
藤宮先輩は口元に手を当てると何故か、ふむと一人で頷いた。
「実は、私いわゆる保健室登校なんですよ」
「保健室、登校……」
って、ドラマとかでたまに見る、不登校とかの人がするやつよね? でも……
私は今度は改めて目の前の先輩見てみた。
見た目はもちろんのこと、こうして話し方とかを考えてもそんなことする人には見えない。不真面目そうではあるけど、問題児という感じでもないし、いじめとかされてるとも思えない。
「……でも、ゲームなんてやってていいんですか?」
「まぁ、ヒマですし」
「なら、授業でたって」
「遠野さんは真面目ですねー。好感が持てますよ。真面目な人は好きですから」
……さっきから軽口ばっかり。
「ま、気が向いたときは出ますよ。でも、基本的には……」
ピピピピ。
まだ先輩は何か続けようとしていたけど、丁度体温計が止まった。
「おや、止まりましたね。見せてください」
冷静になれば、この人は保険の先生でも、保険委員でもないのだからそんなことする必要はないはずだけど先輩があまりにもなれている様子なので思わず手渡してしまった。
「三十八度五分ですか、かなりありますね。無理せず帰って休んだほうがいいと思いますよ」
「あ、今日放課後用があって、出来れば寝させてもらいたいって思ってたんですけど……」
「あんまりお勧めしませんけどね。まぁ、そういうことならベッドはまだ空いてるんでどうぞ。先生が来たら説明しておきますよ」
「はぁ、ありがとう、ございます……」
「いえ、私も人が来てくれたほうが楽しいですから。では、こっちです」
先輩は体温計をしまうと少しぼうっとしてしまっている私の手を引いて、立ち上がらせた。
(手、冷たくて気持ちいい……)
熱くなってる私には心地いい温度。ぽーっとしたままベッドの前に連れて行かれた。
白くて清潔そうなベッドに私が体を横にすると、先輩は掛け布団をしてくれる。
「どうも……」
「いえ」
と、だけ先輩は答えて自分も最初にいたベッドに戻っていった。
(……なんだか、変な人みたいだけど、悪い人じゃないみたい)
ここまでの先輩の印象を総括すると私はゆっくりと目を閉じた。
それほど眠気があったわけじゃないけど、体を横にしてとにかく目を閉じた。そうするだけでも多少頭の重みが取れるような気がする。
しばらくしてこのまま眠りに落ちれるかなと思った瞬間。
さわさわ。
誰かが髪に触れるような感触。誰か、というよりもこの部屋には先輩以外には誰もいない。
「あの、何、してるんですか?」
「ん? あぁ、すみません。起こしてしまいましたか?」
「まだ、寝てはなかったですけど……」
半分閉じそうになるぼやけて目で先輩を見てみると先輩はゲーム機を片手に私の髪へと手を伸ばしていた。
「……美しい髪ですね。まるで小川の清流のような手触りに月も恥ずかしがってしまうような洗練された漆黒の輝き。まるで極上の絹のような滑らかなさ」
「は、はあ?」
また、いきなりこの人は何を言っているんだろう。
「ん、感触の感想を二度言ってしまってますね」
「あの、何を……?」
「いえ、前やったゲームでこんなセリフがあったので実際に言ってみたら普通の女の子はどう反応してくれるのかなと思いまして。ふむ、でも駄目ですね。まず褒め言葉としてすら受け取ってもらえないとは、やはり初対面の人にいうことではありませんか。もっと、ムードを重要視するべきですね。難しいものです」
また先輩はふむと口元に手を当てて頷く。この短時間で二回もするっていうことはくせのようなものかもしれない。
「おっと、すみません。調子悪いのに、私の好奇心で寝るのを邪魔するわけにはいきませんね。今度こそゆっくり休んでください。私はおとなしく隣でゲームしてますので。あ、何か用があれば遠慮なくどうぞ。もっとも、うるさいから出て行けなど言われても、静かにするから我慢してくださいくらいしかいえませんが」
「…………じゃあ、静かにしててください」
なんだかまともに相手にするとこっちの方が疲れてしまいそうなので、最低限の要求だけをして返事を待たずに私は目を閉じた。
「はい。では、ゆっくりお休みください」
先輩の返事を聞きながら、ベッドに入ったときは変だけどいい人そうから、ただの変な人に評価を変えて今度こそ意識を夢へと落としていった。