今日も……朝が来る。

 私はカーテンを開けると部屋を朝の光で燦々と満たしてくれる太陽を充実した気分で見つめる。

「今日も、ご苦労さま」

 一日の始まりを告げてくれる太陽にお礼を言うと、まず洗面所で寝癖を直して、そのあとすぐに身支度を整える。

 スクールバックを持つと、ダイニングキッチンにでる。

 そこには相変わらず、無機質なテーブルにコンビニ弁当とお昼代。

「……寂しいのは変わらないよね」

 でも、それはもうほとんど気にならなくなった。

 ある人のおかげで。

不幸や幸せはその人の心持ち次第。一般的にいって朝、親の手作りのご飯もなくお昼もお金が置かれているだけ。家の家事はまかされっぱなしで、学校終ったらすぐ帰らなきゃいけないし、休みだってあんまり出かけられないのなんて不幸とまでは言わなくても、やっぱり客観的に見たら少なくても幸せだなんていえないと思う。

でも、私は不幸でもないし、今の自分のこと幸せだって思えてる。

家事は面倒なのは変わらなくても、いつも一人ってわけでもなくなったし。

「あ、学校いこ」

 もそもそと朝ごはんを食べていてそれもそこそこに軽く片付けをして家を出て行った。

 時間はまだまだ早くて電車を使っての通学があまりないこの学校じゃほとんど同じ制服を見かけない。。

 当たり前といえば当たり前。このペースでいったら朝のHRの二十分前には学校に着いちゃう。小学生程度ならいざ知らず、中学生以降なら学校に人が集まるのはHRの五分前くらいが基本。

 人がいないと、朝の眩しい光に照らされた登校路は並木が美しくて静かだとなおさらそれが感じられる気がする。

「……んー。ふふー」

 周りに人がいないことをいいのに私は鼻歌まで歌いだしてしまった。学校が近くになってくると思うとそれだけで胸がわくわくして自然で出ちゃう。

 校門をくぐって、下駄箱で靴を履き替えて、階段を上って、廊下を歩いて、教室に入っていく。

「おはよー。浅倉さん、美菜」

「おはよー」

 入り口のところ、背部ロッカーの前で話しこんでいたクラスメイト……友達に挨拶をする。

「二人っていつも早いよね」

 このところ学校に来るのが楽しみでどんどん来るのが早くなってきているけどこの二人は必ず先に来てる気がする。

「そっちこそ、最近早いじゃない」

「んー、まぁ、ちょっとね」

 私は嬉しそうにへへっと笑って、適当に昨日のテレビのこととか今日の授業のことを楽しく話し合って少しすると机の間を通って自分の席に荷物を置く。

 私の席……

 つつーと指先で嬉しそうになでてから腰を下ろした。

 私の席……私の居場所。

 以前まではここは私の席なだけだった。学校で割り振られたただそれだけの場所。無為に時間を過ごすためだけだった場所。

 でも、今ここは、学校は私の場所だって言える。学校に来るのは嬉しくて、楽しい。心の持ちよう一つで世界が変わるなんて御伽ばなしに思っていた。けど、友達がいて、好きな人がいる。想いを通じ合わせる人がいるだけでそれだけで……ううん【それだけ】だなんていえない。

 私の全部を変えてくれたのをそれだけだなんて一言なんかじゃ済ませられない。

(……まだ、こないな?)

 こうやって早く学校にくるのだって好きな人に早く会いたいから。家が別方向だから一緒に登校できないのは残念。帰るのは大体一緒にしてるけど。

 でも、待ってる時間だってその間にだって心が弾んでくる。

「あ……」

 と、私は歓喜の声を上げた。

 窓の外へ向けていた視線が、待ち人を捉えたから。

 相変わらずの髪と、整ってる綺麗な顔。月曜日の朝だっていうのに憂鬱そうな感じはまったくとれなくて周りの生徒よりも早足で校舎に向かってきていた。

 私は待ちきれなく教室を出る。廊下で首を長くして待っていると、その人はさっき校舎に向かってくるときよりも早足になって私のところに真っ直ぐ来てくれた。

「おはよ、菜柚」

 笑顔で挨拶。

「おはよ、朝霞」

 私もおんなじ笑顔で応える。

「ねね、朝霞。昨日さー……」

「ふふ、相変わらずね、菜柚」

 好きな人に出会えた私たちは並んで教室に入っていって、HRが始まるまでずっと話し込むのだった。

 

 

「あはは、そういえば前にそんなこといってたよねー」

「そうそうー、あ、それでさー」

 放課後、人が少なくなった教室で私は友達数人と残って話しをしていた。もちろん、朝霞も一緒。教室の真ん中あたりで机を囲んでいる。

「あ、そうだ菜柚、この前あの映画みたいとかいってなかった?」

「え? あぁ、うん言ったよ」

「私、割引券もってるから今度の日曜日皆で行く予定なんだけど、よかったら一緒にいかない?」

「今度の……えーと……」

 私はチラと朝霞の顔を見る。と、朝霞は少し不満そう。

「うん、おっけ。いこ」

「おけ、じゃあまた近くなったら話そうか」

「うん、楽しみにしてる。あ、ごめん、私そろそろ帰らないと」

 こんな風に放課後友達とおしゃべりは結構するようにもなったけど、時間がないのは変わっていない。でもまぁ、例えちょっとの時間だとしても友達とおしゃべりをするのは楽しい。

「そっか、じゃあ、お開きにしようか」

 その一言でなし崩し的にみんな部活にいったり、図書室に向かったり、私と一緒に下下駄箱に向かったり、様々に自分のすることをする。

「じゃ、また明日―」

「ばいばーい」

 そして、校門を抜けると私と朝霞二人きりになった。もちろん、朝霞は私と家が反対だから歩きだせば別にもなるんだけど。

「あさかー?」

 背の高い校門に寄りかかっている朝霞は見るからに不機嫌そう。

「やっぱり、怒ってる?」

「……当然。日曜日は二人でどっかいこうっていってたじゃないのよ」

「あ、あれは、行こうかな? 程度で決定ってわけじゃなかったでしょー」

 確かに朝霞とはそんな話をしてたけど、約束とまでのものじゃないって私は考えていた。行こうかな? どころか行けたら行こうくらいだったし。

「…………私は、菜柚とデートするつもりだったのよ」

 ……う、拗ねちゃってる。

 意外に朝霞ってすぐ拗ねたりするよね。ま、拗ねるところも可愛いといえば可愛いけど。それに、拗ねてるとはいっても本当に本気で怒ってるわけじゃない。

 だって

「……ご、ごめんね、朝霞」

「ぅ……べ、別に本気で怒ってるわけじゃ……」

 ほら、ちょっと私が申し訳なくする程度でこんな風に許してくれる。

 ふふ、朝霞を手玉に取るなんてもうわけないもんね。朝霞がどんなことに弱いかわかってるし、朝霞は私のこと大好きなんだもん。こんな顔したら許しちゃうに決まってるよね。だって私も朝霞がこんな顔してたらなんでも許せちゃいそうだもん。

「ごめんね」

 それに、全部演技ってわけじゃないしね。

「も、もういいわよ。ほら、行こう」

「うん」

 そうして、二人で私の家の方向に歩き出す。朝霞は毎日ってわけじゃないけど、一週間に半分くらいはこうやって一緒に帰ってくれる。それで、家のこと手伝ってくれたり、たまに一緒にお料理したり、やっぱり家に誰もいないって一人で居るときは寂しくても、朝霞といる分には色々都合がいい。

「にしても、菜柚が明るくなって余計に可愛くなったのは私も嬉しいけど……なんか友達が増えたのは少し複雑……」

 学校から続く並木の終わりあたりで拗ねたままの顔で朝霞がもらした。

「なに? 妬いてくれてるの?」

「そ、そうよ、悪い?」

 わっ、可愛い。ほっぺ赤くして、少し怒ったような顔になってる。まぁ、朝霞ならどんな顔してても可愛いけどね。

「ううん、嬉しい」

 そういって私は朝霞の手を取って繋ぐ。

「埋め合わせ、ちゃんとしてよね」

 朝霞もしっかりと握り返してくる。

「うん、でも心配しなくても私が一番好きなのは朝霞だから大丈夫だよ」

「……妬くけど、心配なんてしてないわよ。菜柚のこと、信じてるもの」

「んふふ、ありがと」

 他人が聞いたら恥ずかしくて耳を塞ぎたくなるようなことをいってるかもしれないけど、朝霞と話してるとお互いが好きすぎるから自然に恥ずかしくなるような会話になっちゃう。でも、こんなことを言い合えるのは本当に幸せだった。

後編

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