家に帰っていつも通り、家事とか諸々のことを片付ける。
以前はそれだけで、少しするとご飯の用意をしなくちゃいけない時間になっちゃってたけど、今は朝霞が手伝ってくれるおかげでそれなりの時間の空きができる。
やることは色々。適当にイチャイチャしたり、無言で漫画読みあったり、ちょっとした料理とかお菓子を一緒にしたり、
「ねー、朝霞、ここ教えてー」
こんな風に一緒に勉強したり。
……もちろんそんなものやりたくないけど、課題が出ちゃったから今日はしょうがない。
あー、めんどくさい。でも、言われたことくらいはちゃんとやるつもり。せっかく学校に行く理由があるんだから勉強だってつまらなくてもやんなきゃいけないことくらいはやんなきゃ。
「これは……えと……」
私が問題集を差し出すと朝霞は頭を抱えながらそれを向きあう。
私の部屋のテーブルで向かいあってしてるから問題集を渡してると反対向きになってやることがない。ほんとは隣あってやりたかったけど、さすがにそれだとけっこうきついから今のやり方でしてる。
隣にいると色々悶々ってしちゃうし。
それに、正面から朝霞のこと見れるのは嬉しい。
「うーんと……ここが、こうだから」
朝霞はまだ頭を悩ませている。
私も朝霞も特別勉強ができるわけじゃない。私は丁度真ん中くらいで朝霞は中の上か上の最下層あたり。だから、私よりはできると思って結構聞いたりするんだけど……
「あれ? 違う……かしら?」
こうやってわかんなかったりもする。
でも、こうやって悩んでる顔って新鮮だし、私のために悩んでくれてるっていうのは嬉しいものだよね。
「ごめん、菜柚。ちょっとわからない」
「ううん、気にしないで」
勉強してるときはこんな風に勉強のこと以外じゃあんまり話をしない。
部屋の中にカリカリとシャーペンを走らせる音だけが響いていく……けど、その集中が持つかどうかは別問題。
『あ……』
消しゴムを取ろうとした手が朝霞の手とぶつかる。
「朝霞」
「菜柚」
そして、そのまま自然と目を合わせちゃうともう勉強なんてする気分じゃなくなっちゃう。
私は朝霞の手をぎゅって握った。
朝霞の手って暖かいよね。なにせ、私の心の氷まで溶かしちゃうくらいだもんね。……うん、別に誰もうまいこと言えなんていってないね。っていうか、うまいことでもないし。
私は向かいあってたところからずれて朝霞の横にいった。朝霞は顔をほんのり紅潮させて私の手を握り返してくれてる。
「もう、課題いいの?」
「よくはないんだろうけど、もう気分じゃないでしょ?」
「……そうね。でも、今日は親が早く帰ってくるっていってなかった?」
「まだ大丈夫だよ。きっと」
私は一番初期の朝霞との関係のときのようないたづらっぽい笑みを浮かべた。
「キスだけでいいから。ねっ?」
じりじりと体を寄せて朝霞をベッドに追い詰める。
想いを通じ合わせても、やっぱり誰かに気づかれたらっていうシチュエーションは朝霞にはドッキドキみたいでちょっと戸惑ってるみたい。
私は一方的に握っていた手を指と指を絡ませるようにして重ね合わせた。
「ねっ?」
そして、とどめの一撃。会心の笑顔。
「う、……うん」
はっきりと頬を赤らめて頷いてくれた。
付き合い始めるきっかけになったときは朝霞に攻められっぱなしだったけど、私はやっぱり攻めるほうが好き、というよりも朝霞の攻められるときの恥ずかしそうながらも嬉しそうにするところとか、とにかく攻められるときの朝霞の顔が好き。
「わーひ。じゃあ、しちゃお」
私は自分の顔を朝霞の顔に持っていくと、
「はむ」
「んっ! ちょ、ちょっと菜柚!」
朝霞の耳たぶを唇と唇ではさんでいた。
ぷにぷにーでほっぺの感触と似てるけど、それよりも柔らかくて独特の感触が楽しい。
「んむ、ぴちゅ……あむ、ペロ」
「〜〜っ。な、菜柚」
はさんだ耳たぶを舌の上で弄んだり、ちょっと場所を変えて何度も口に挟み直したりすると朝霞はそこから来る細波に耐えるように背筋をピンと伸ばす。
また? って言われるかもしれないけど、こういう姿もほんと可愛い。
指を絡ませていた手を片方離して背中に回すと愛撫がしやすいようにこっちに引き寄せると朝霞も私のことを抱いてくれる。
レロ、くちゅ。
「な、菜柚〜、いい加減にして……あっ!」
私は耳たぶから耳のうらに舌を這わせた。
ゆっくりと、まるで朝霞の味でも確かめるみたいに。
「んふふ、そんなこといって〜、ほんとはそんなに嫌じゃないんでしょ? 朝霞、ここ弱いもんね。れろ……」
「くっ……ぅん。そっちがそのつもり、なら……」
「ん……? きゃう! ッ!? あ、朝霞〜」
体に走ったもどかしい感触にびっくりして耳を攻めるのをやめて逃げようとしたけど、指は絡ませてるし、私が逃げるってわかってたのか私に刺激を与えたもう一本の腕はしっかりと再び背中に回されてて逃げるなんてできない。
「私が、耳弱いの否定しないけど、菜柚なんてそれ以上に、ここ……弱いものね〜」
「ひあっ、あふ、ふは、はは」
朝霞の手が私の「そこ」に回されて、しなやかな指がそこを攻め立てると、私は情けない声とどうしても出ちゃう笑い声を上げて朝霞から逃れるように体をひねった。
「こ、ここは、あは…誰、でもっ、ひひ、こうなる、って」
攻められてる場所っていうのは、わき腹。
ここをちょっとでもくすぐられると、体に甘美な刺激とくすぐったい感覚が走ってどうしても笑いが止められなくなっちゃう。
「ひゃは……は、あはは、あさ、か! ふぁ、や、やめてよ。もうっ……ふぁ!」
特に肋骨の間に指を入れられるようなみたいなことされるとほんとうに、どうしようもなくなっちゃう。体がへたってなってふにーと朝霞に全部を預けたくなるけどそんなことしたら朝霞の思う壺。
「くすぐったいのは誰でもかもしれないけど、菜柚はそれだけじゃなでしょう?」
「ふぁ……ふひ、ふは、や、やめてよー。きゅぅ、あんっ」
強くされると痛いだけだけどそこは相手が朝霞だもん。痛みに変わるちょっと手前の、食べ物は腐りかけがおいしいレベルの絶妙な力加減で容赦なく攻めてくる。
快感はあることにはあるんだけど、やっぱりくすぐったいっていうのに打ち消されて、ふわふわな雲に乗った気分ってわけにはならない。
んー。だから、私は朝霞にされるのだって好きだけど、朝霞にしたいの。
「もー、ま、けないん、だから」
「んぁ! 菜柚……」
朝霞から伝わってくる甘い感覚と耐えるのも難しいくすぐったいのに耐えながらまた朝霞の耳を甘噛して、耳の裏を舐める。
「はぁ、んっ! わ、私だって……」
「ふひゃ…ふぁ……ひぅ、わ、私がするのー」
まるで子猫か子犬がじゃれあうみたいに結構激しく、お互いのことを攻めあった。
そして、気づけば朝霞が帰る時間になってしまった。
結局課題も出来てないし、一見バカみたいなことやっちゃったけど、これだってお互いに大好きっていう想いを伝える行為の一つ。
だから、こんなことでもいちいち嬉しくなれる私がいた。
陽が落ちてすっかり暗くなった外は当然冷えていてぬくもりが恋しくなる。
「はぁー、さむー」
私は朝霞と一緒に歩きながらはぁーと息を吐いて両手を暖める。
朝霞が帰るときにはこうやって途中までだけど送っていく。玄関までだなんてお別れ早すぎるもん。
うー、寒い寒い。格好は普通だけど、手を出してるとやっぱりそこから冷えてくる。家に帰るときには手を繋いだけど、朝霞を見送るときは途中までだし、どっちもすぐ一人になっちゃうからあんまり手を繋いだりしない。
といっても、その時の気分って感じだけど。
「菜柚、手袋は?」
「ん、忘れてきちゃった。あー、寒い。誰かさんが暖めてくれると嬉しいんだけどねー」
その言葉を口にした直後朝霞は自分の手袋を取って私の右手を取ってくれた。
ぬくぬくというほどじゃないけど、なんていうか体じゃなくて心があったまるよね。
「手を繋ぎたいのならはじめからそういえばいいじゃない」
「もう、朝霞が気づいてくれるっていうのが大切なんだよ」
「っていうか、どうせわざと忘れてきたんでしょ。手口が変わらないわよ。それに、帰るときは一人なるんだからどうせ寒いじゃない」
「大丈夫、ほんとはちゃんと持ってるから」
「……あっそ」
あ、ちょっと呆れられたっぽい。ツンとそっぽむかれちゃった。
そのせいかいつもよりちょっと口数は少なくなっちゃったけど、それでも星も出てきた寒空の下を朝霞のぬくもりを感じながら歩けるのは嬉しい。
嬉しいとか、楽しいとかそんなこと一日中言いっぱなしな気もするけど、しょうがないよね。本当にいちいちそう思っちゃうんだから。
でも、そんな嬉しい時間はそんなに長くは続かない。あんまり遠くまで送ろうとしても朝霞も遠慮しちゃうし。
本当は嬉しいくせにね。
「じゃ、この辺でいいわ」
「うん」
「……って放しなさいよ」
「んー、もうちょっとだけ、いいでしょ?」
「っもう! 少しだけよ」
三叉路の分かれ道で立ち止まって手を繋いでいるだけっていう光景は違和感のあるものかもしれないけど、もう今日は会えなくなっちゃうんだからあと少しくらい朝霞を感じてたい。
「あ、そうだ」
唐突に私は何かを思いついたようにして、周りを確認すると
ちゅ。
朝霞の唇を奪った。
「い、いきなりなにするの!」
朝霞は顔を真っ赤にして反論してくるけど、顔には喜色が混じってて嫌じゃなかったのは一目瞭然。
「ほら、結局キスしてなかったから。やっぱりしておきたいもん……ってあれ?」
なんか、思ったよりも朝霞が怒ったような顔してるような……?
体をわなわなと震わせて少し怖い顔をしてる。
「きゃぅ!」
脆いわき腹をつかれるとは。
「私だって、菜柚のこときちんと感じたいんだからあんまり一方的にキスしないで、っていつもいってるでしょ」
「そ、そんなことで、ひは…おこんない…ひゃ、でよ、ぁんっ」
人に見られたりするの恥ずかしがるくせに、こんな道端である意味キスよりも変なことしないでよ。
「ふふふ、たまには菜柚が恥ずかしい思いしてよね」
「やん、ふひゃ…」
んっ! あ、ちょ、ちょっといたっ。立っているせいで力加減がうまくいってないのか、もしかしたらわざとなのかもしれないけどちょっと乱暴で痛いほうがつよい。
「も、もう、わ、私だって……ひぅッ!」
「だめよ、私がいつもどんな気持ちだったか味わってよね」
ひ、ひどいー。
抵抗しようとしてもそのそぶりを見せると強めにわき腹をやられるから動くに動けない。しばらくそのまま朝霞に翻弄されたけど朝霞もさすがに道端であんまり長くやってられないって思ったのか思ったよりは早く解放してくれた。
「あ……」
「…んむ、ちゅ」
そして、最後に今度は一方的に朝霞にキスされるとするりと朝霞は私から離れた。
「ふふ、少し気が晴れた。じゃあ、そろそろいくわね」
「うー、もう。今度覚えててよね」
「私だって、負けないわよ。じゃあ、また明日」
「うん、またね」
朝霞はあっさりと背中を向けて去っていく。私もそんなにそれを目で追ったりしないでにやけ顔のまま家に向かっていった。
また明日……
明日を楽しみに待てる。
その嬉しさを胸に噛み締めながら、私は歩きだす。
明日も、明後日も、その次の日も、またその次も、ずっとずっと、この幸せがいつまでも続くことを願って。