昼休み、お昼を終えた私は黄昏ながら机で頬杖をついていた。
今日も授業中当たり前のように神坂さんの視線を感じた。
神坂さんにもう一回言ったほうがいいかなとは思っても、今の様子から察するに私から話しかけること事態逆効果な気もする。
と、いうか今日も学校来ちゃったな。家にいるのも、一人でサボるのもつまらないからここしか選択肢はないのかもしれないけど、神坂さんのことがある以上まっさき選択肢から消えてもいいのに。
仕方ないのかもしれないけど、何かと神坂さんのこと意識しちゃうの自分に腹が立つな。
(あー、もう!)
がたんッ。
私が勢いよく立ち上がると後ろの机にイスがぶつかった。その音に反応して一瞬、クラス中の視線が私に集まる。
恥ずかしい……どっかいってこよ。
居心地の悪さを感じた私はそのまま教室を出て行って当てもなく校舎の中を歩き出した。本当に目的も決めないでただふらふらと校舎を歩きまわる。
「あ、菜柚……」
そんな中、二階から三階につながる階段で神坂さんと出くわしてしまった。私が二階から三階に上がるところだってせいで踊り場の背後にある窓から光が差し込んできていて丁度後光が差したようになっている。
「…………」
無駄だと思うし逆効果なのかも知れないけど、このままじゃお互いにとって不毛すぎるよね。
……神坂さんのことなんてどうでもいいけど。
私は神坂さんのことを挑戦者のような目つきで見上げた。
それから、ため息ともただの息づきとも取れるような息を吐いて神坂さんの目の前に来る。
「ねぇ、私、もう近づかないでって言わなかった?」
私が話してくれるなんて思ってなかったのか、神坂さんは目に見えて嬉しそうというよりは、隠そうとしたのに抑え切れない嬉々とした顔を見せた。
うわ、絶対に勘違いされちゃってる。
本当、一回頭輪切りにしてどんな思考回路なんだか見てみたいよね。
「聞いてなかったとか言うつもりじゃないよね?」
「き、聞いてたけど……でも、私はそれでも菜柚のこと好き、だから」
「私は好きじゃない」
「………………」
神坂さんは悲しそうに顔を俯ける。
なーんだ、一応私のいうことは理解できてるんじゃない。現実が受け入れられてないってわけでもなさそうだし。
……それがつまりどういうことかってわかってるはずなのに私は無意識のそのことを無視した。
「わかったでしょ? いちいち付きまとわれると迷惑なの。だか……っ!!」
視界の端に嫌なものが映った。
手すりの左上そこに、お姉ちゃんの姿が見えた。
やっ!
学校でお姉ちゃんと顔を合わせたことはない。二年生の階にはほとんど近づかなかったし、他のところでも私がお姉ちゃんを見つければすぐに逃げていたからお姉ちゃんが私の姿を見たことだってほとんどないと思う。
ど、どうしよう。今から逃げたってもう間に合わない。後姿を見られるのだっていや。
どうしよう、どうしたら……
数秒も考える時間がなく、どうすることもできなくなった私は
「―――っ??! 」
神坂さんの体を隠れ蓑にするようにぴったりと密着させて身をかがめた。
「な、…っ!?」
ゆ。と続く前に右手で乱暴に口を塞いだ。
見てなかったせいですごく強引になった。張りのあるほっぺをむぎゅって潰す感触が手に残る。顔をみたら苦痛に歪ませてるかもしれない。
逆に目立っちゃったのかもしれないけどお姉ちゃんは私のことに気づかないでそのまま私の横を通り過ぎて行った。
足音と気配で、お姉ちゃんがいなくなったことを悟るとそろそろと振り返って改めてお姉ちゃんがいなくなったことを確認した。
「ふぅ……」
よかった。気づかれなかったみたい。
(あっ!!)
そのことに安堵したのも束の間自分がなにしたか気づいた。
「な、菜柚……?」
神坂さんはただただ、愕然とした表情をみせる。
「か、勘違いしてないで! い、今のは……その」
お姉ちゃんのことなんて言いたくない。でも、今の神坂さんにこんなこと……
「と、とにかく、もう付きまとわないで! それじゃ!」
いい訳すら満足にできないまま私は、以前にも言ったようなこと言ってその場から去っていった。
はぁ、私なにしてるの? 神坂さんにはっきり引導を渡すつもりが結果的に真逆なことになっちゃった。
もう、本当に学校いくのやめちゃおうかな……あんな勘違いな女に振り回されるなんてごめんだもん。
付きまとうってほど付きまとわれてるわけじゃなくても、人がいるいないに関わらず、私に想いを向けてくる。口に出すことはなくても、それだけは嫌になるほど伝わってきてる。
正直に言ってほんとうに迷惑なだけなの!
……でも、理由がなんであれあそこまで一途になのは少しだけ感心する。想いを向けてくれない人を想い続けるのはすごくつらいことなのに。
だけどね、神坂さん。いくら想い続けたってその人が自分のこと、振り向いてくれるとは、好きになってくれるとは限らないんだよ?
だから、もう諦めてよ。
もうそんな風に無駄で不毛で、自分勝手な想いを私に向けないで!
もう来る必要はない。来たくもない。
私の席はあっても私の居場所がないところ。それが今の私にとっての学校。それは変わっていない。多分、変わることもない。
友達はいても本当に仲のいい人はいなくて、私のことをわかってくれる人も助けてくれる人もいない。
でも今日も校門をくぐっていく。
なんか今日は早く来ちゃったな。校舎の中に入っても閑散としていて静かな様子。人がほとんどいない廊下は朝の陽が差し込んでいてどことなく幻想的で御伽はなしにでも出てきそう。
こんな大きい校舎に人がまばらにしかいないっていうのはちょっと不思議な感じ。取り残されたお城とでも言えばいいのかな。
(…………うわ)
教室に向かっていると朝っぱらから嫌な人を見かけた。
神坂さんがなにやら思い詰めた顔でまっすぐと私のほうに向かってきていた。
はぁ……また何か言われるんだろうなぁ。
いいや、言うことは言ったんだから前みたいに無視しよう。
もうこうなったら根比べ。神坂さんが諦めるまでいくらでも無視し続けてあげるよ。
意を決すると前をしっかりと見据えて歩き出した。どんどんと神坂さんとの距離が近づいていって、
(っ!!?)
完全に無視された。まるで私なんか眼中にないみたいに私の横を通り過ぎていってしまった。
「っ!!」
私は反射的にむっとして思わず振り返って小さくなっていく神坂さんの後ろ姿を見つめた。
数瞬後、何を思ったのか私は神坂さんの後を追って、ストーキングするみたいに神坂さんには気づかれないように追いかけていった。
な、なによっ! 近寄るなって言われたからって今度は素直に聞くってわけ!? 今まで私があれだけ無視し続けてもかまわずに迫ってきたくせにあんな一言で諦めちゃうの?
ふ、ふん。やっぱりその程度だったんじゃない。私のこと好きだなんて本気で本気だったわけじゃないんでしょ? まったく人騒がせな……
……別に私は騒いだわけじゃないけど。
(……どこいくのよ)
神坂さんは廊下から階段に入って上がっていく。こっちは二年生の教室がある。こんな朝早くから二年生の誰かに用なの?
私を無視していくほどの。
(……………)
どうして追いかけたりしてるわけ? 用なんてないじゃない。
気になるわけじゃなくて、気に食わない。いきなり今度は私のほうが無視されるのが寂しいわけじゃないよ。決してね!
それよりもこっちの方向って……お姉ちゃんの教室だ……
何の用だっていうのよ。お姉ちゃんの教室に。
神坂さんのなれない上級生の階で戸惑っているみたいだけど迷いはないみたいに教室の手前にいた先輩に何か話しだした。
あの先輩の用? 確か、委員会でいた気がする……なんだ、委員会関係で何かあったのかな? もしかしたらお姉ちゃんに何かあるんじゃないかとすら勘ぐったのに……
ついてきて損した。
もどろっ。
「おーい、みーきー」
「!!?」
ロッカーの隅に隠れていた私の耳に聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
神坂さんと話をしていた先輩が唐突にお姉ちゃんの名前を呼んだ。
また振り返って神坂さんの様子を窺いだした私は驚愕する。最初に神坂さんと話していた先輩がいなくなって、お姉ちゃんと神坂さんが二人でなにか話し始めた。
お姉ちゃんは神坂さんのことを知らないみたいで、戸惑っていたみたいだっけけど少し話していくうちに神坂さんと同じ真剣そのものの顔になっていく。
何はなしてるの? ここからじゃ全然聞こえないよ。でもこれ以上近寄ったら見つかっちゃうし。
「あ………」
必死に聞き耳を立てていると二人が歩き出した。
どこにいくの? なんで神坂さんとお姉ちゃんが一緒にいるの? 神坂さんは何のようなの? 私の知らないところで二人は知り合いだったの?
わからないことだらけの中、見つからないように二人のことを尾けていくと二人はトイレに入ってしまった。
そろそろと近寄っていくけど……中にはいるわけにはいかない。
…………私がトイレに入ったらどう考えても見つかっちゃう、よね? 外で漏れてくる声を聞くしかないけど、ただでさえ傍から見れば異常なのに、上級生の階でそんなことやってられない。どうせほとんど聞こえないし。
ものすごく気にはなったけどいつまでもトイレの前で聞き耳たてるなんて不審な真似できるはずもなくて、何を話してるのか聞くのもどこか怖くて、私は渋々その場を離れていった。
何回も振り返りながら私はこの階を去っていく。
………神坂さん、お姉ちゃんに何の話をしているの?