神坂さんは朝のHRがそろそろ終るかという所で戻ってきた。私が敵意とも取れる視線を送ると、目を合わせてくれなくてそそくさと自分の席に戻っていった。
お姉ちゃんと何はなしてきたんだろう。
気になる。神坂さんのことなんてどうでもいいけど、お姉ちゃんが絡んでいるのなら話は別。いったいどんなことを話したんだろう。
接点なんてまったく思いつけないし、思い返してみてもやっぱり初対面だったんだと思う。なら、なんで急にお姉ちゃんと話すことなんてあったの?
気になる。けど、神坂さんにわざわざ聞くのは何かやだ。
「……………」
朝は無視されたけど、授業中とかはちゃんと視線を感じた。じゃあ、朝はお姉ちゃんに会いに行くので頭がいっぱいだったとでもいうの? そんな風になるほどお姉ちゃんに会わなきゃいけない用事があったの? あったっていうなら、何のことなの?
どれを考えてもほとんどが想像すらできない。
いつも以上に授業が上の空になった。神坂さんとお姉ちゃんのことしか考えられなくて、でも考えても答えなんて出なくて。悶々と無為な時間を過ごした。
休み時間や昼休みに話を聞けばよかったのに、私から神坂さんに話しかけたくないのとお姉ちゃんのことを知りたいと思うのとそれを怖いって思う心が反発し合って聞くこともできなかった。
でも…………
「神坂さん、少し、いい? 話があるの」
放課後、授業が終ってクラスから人が去っていく中、私は神坂さんの前にまできた。
近づくなって言ったのに私から話なんてなんだか負けたような気分だけど、やっぱりどうしても気になった。
あの信じられないような告白からずっと私を見る神坂さんにはどこか思いつめた様子があったけど今はそれがさらに強くなっている気がした。
目を細めて瞳に力がこもり、手足が緊張のせいか動きが固い。でも私のことを真っ直ぐに見つめてくるのはずっと変わっていない。
朝のことさえなければ本当に話かけるどころか、神坂さんが何してこようとないものとして扱おうとしていた。でも話しかけている。
神坂さんのことがどうしようもなく気になってしまうから。
「……えぇ」
私の請願に神坂さんは小さく頷いた。
人目につかない場所っていってまたここに来るのはワンパターンだなって自分でも思う。当然のように誰もいなくて埃っぽいのも変わらない。そもそもこんなところに来るのは私たちだけなのかも。
今までと同じように逃げ場のないほうに神坂さんを追い詰めてる。神坂さんは顔を伏せがちだけど、物怖じしてるわけじゃないみたい。
「ねぇ、朝、お姉ちゃんとなに話してたの?」
これ以外に神坂さんに用事なんてないから単刀直入に話だした。
「え?」
「朝、二年生の教室に行ってたよね?」
「え、えぇ、どうして菜柚が知ってるの?」
朝すれ違ったことにも気づいてないんだ、やっぱり。
「そんなのどうだっていいから、答えて」
にらむように瞳に力を込めた。
「………………」
戸惑っているみたい。おろおろと視線をさまよわせてる。
「答えて」
「………………菜柚のこと聞いていたの」
目の前が真っ白、ううん、真っ赤になった。朝に活火山になっていた私の頭が大噴火をおこす。
「っ!」
ドンッ。
私は神坂さんの手首を取ってそのまま壁に押し付けていった。私のほうが華奢で、体力も向こうのほうがあるだろうけど自分でも信じられないくらいの力が出た。
「どうして、そんなこと聞くの?」
「っ! そ、そんなのは私の勝手じゃない……聞きたかったのよ。どうして菜柚と一緒にいなくなったのかって……ぃっ!!」
今までに出したことのない力を込めた。握り潰すつもりだっていってもおかしくはない。神坂さんは苦痛に顔は歪めても一言も文句を言おうとはしない。
私にされるがまま。
「それ…が、なんなの? そんなこと聞いてどうするつもりよ!」
体は言葉にできない怒りのようなものに支配されているけど、心では別のこと考えていた。
(話したの? お姉ちゃんが私のこと、神坂さんに言ったの?)
「だ、って。知りたかったの、菜柚が悲しんでる理由がどうしても知りたかったのよ!」
「いつ私が悲しいなんていったのよっ!!」
「口にはしなくても、菜柚たまにすごく悲しそうな目してたじゃない! 私にしてくれるときだって! 私をみてないときだってあった!」
「そ、んなの、あんたが勝手に思ってるだけでしょ! 遊んで、からかうのにどうして悲しまなきゃいけないのよ!」
「じゃあ、どうして神尾先輩が菜柚の側通ったとき、あんなに怯えるようにしたの?」
「……っ」
嵐のように怒号が飛び交っていたのがその一言でぱったりとやんだ。力が抜けて、思わず神坂さんの手首を離す。
「…………そんなの、気のせいでしょ」
一パーセントも説得力がないような弱々しい声。
神坂さんはそんな私を、憐れむような視線をよこして切り出し始めた。
「菜柚は、神尾先輩のこと……好きだったのよね」
「……うるさい」
「詳しくは話してくれなかったけど先輩も菜柚のこと好きって言ってたわ」
「…………うるさい」
「でも、先輩にはもっと好きな人がいたのよね」
「………………うるさい」
「だから、菜柚に……」
「うるさいっ!!」
バンッ!
また手首をとって壁に押し付けた。埃がぶわーっと舞う。
初めて神坂さんとしたのも似たようなやり取りがあった。あの時のあれがこんなことになるなんて……同じ傷を抉られることになるなんておもいもしなかった。
「……っ」
神坂さんは一瞬痛みに顔を歪ませたけど、すぐに強い目と表情で私を見てきた。
……真っ直ぐで、心の奥まで貫かれるような想いのこもった瞳。
そ、んな目で私を……見てこないで。
「私は、菜柚のことが好き。一番好き。先輩みたいに菜柚のこと悲しませたりしない」
どうして神坂さんは私と同じようなことばっかり言うの?
「あ、はは……何? 頭の悪い告白してきたと思ったら、今度は同情?」
「ちがうわ、そんなつもりじゃ……」
「やめてよ……そんなの。大体、どうせ……どうせ私のことなんてすぐ好きじゃなくなるんでしょ? 一番じゃなくなるんでしょ! 私のことなんてどうでもよくなるんでしょ? だったら同情で、好きだなんて軽々しく言わないで!」
何も考えられなくて湧き出てくる気持ちを全部言葉にした。
「………っ!!」
パァン!
高く鋭い音がして視線があらぬ方向にとんだ。
「甘えてるんじゃないわよ!! 好き嫌いが変わるなんて当たり前じゃない。自分だけがずっと特別でいられるわけないじゃないの! バカなんじゃないの!」
まるで私にされる前に戻ったような強気な口調で頬を叩かれた。
「っ! うるさい、うるさい、うるさい!!」
また心が抉られた。ずんと重くのしかかってくる。
「どうでもよくなる? 菜柚は先輩が菜柚のこと好きじゃなくなったから、どうでもよくなったから菜柚から離れたって思うのッ!? 先輩、私の前で泣いたのよ。自分のせいで、自分勝手な想いで菜柚のこと傷つけちゃったって。ものすごく泣いてたのよ!?」
うるさい、うるさい、うるさい
「それに軽々しいだなんて思うの? 軽い気持ちで私が菜柚のこと好きだって言ってると思うの? 菜柚にはそう聞こえるの?」
「…………そ、んな、こ…と」
……言わないで、そんなこと……言わないでよ……
「黙って、だまってよぉ……ッ??!!」
取り乱して頭を振る私の唇にいきなり暖かな感触が押し当てられた。
「ん……菜柚……」
ふわふわで、甘くて、何度も感じたことのある感触。
キス…されてる?
神坂さんから、私、に?
あまりに突然すぎて、何にも出来ない。
「…ふぅ…ん…は」
神坂さんはなかなか離してくれない。一ミリも動くこともなく、ただ触れ合わせているだけ。このままでいるとそのまま口から想いが入り込んできそうな錯覚を受ける。
錯覚なはずなのに、そこにある温もりと感触は私からしたときとは比べ物にもならなくて、なんだか頭がクラクラしてきた。
制服を軽く掴まれてる程度で、抱きしめられてるわけでもないんだから離れようと思えばいつでもできるはずなのに……
触れあってる感触に……伝わってくる想いに…拒絶を示すことができなくて……
嫌、じゃない、どころか……
「っは、あ……」
ようやく解放されて、神坂さんの熱い吐息が頬をくすぐる。私はそれでやっと我に返ってふらふらってよろめきながら後ろにさがった。
「な、なに…す……! 」
「例え変わっちゃうかもしれなくても……私は菜柚が好きよ。一番好き。菜柚が同情だって思うんならそれでもかまわないわ。でも、私は菜柚がどう思うおうと菜柚のことが大好き。今私は菜柚が世界で一番好きなの」
抗議するよりも早く、神坂さんの聞いていて恥ずかしくなるような告白が来た。
すき?
大好き?
世界で一番、スキ……?
「あ、ぁ……ぅ……」
いや、そんな、こと言わないで、わたし、私は神坂さんにそんなこと言われる、言って貰える資格なんて……
「くっ……」
胸の内から得体の知れない感情が沸き起こる、体中が熱くなって神坂さんのことがまともに見ていられなくなった。
やだ、やだ、やだ。お願い。そんな想いを私に向けないで。好きだなんて言わないで。そんな好きだっていう気持ちのいっぱいこもった目で、私を見ないで……
(ワタシ、私は……っ!)
私は神坂さんに向き合うことができなくなって
「っ。菜柚!!」
逃げ出した。
胸に湧いた感情を否定するために、一瞬緩んだ心の鍵を閉めるために、逃げるしか出来なかった。
やめて、やめて……やめて……
全力で神坂さんから離れていく間にも心の中で神坂さんの告白を打ち消そうとしていく。
私は私のこと好きだなんていう人、いらないんだから……そんな人いるわけないんだから……どんなに好きって言ってくれても……
私は……そんなの……いらないん……だか、ら……