最近、視線を感じる。
半分聞き流している授業の中、無意識にペン回しなんてしてるといつのも、鋭くそれでいて粘着質のある視線を感じた。
特にこんな風に授業中とか、一箇所にいるときにそれを感じることが多い。
「ん?」
サッ。
でも、私がそれに気づいて振り返っても私を見る人物、神坂さんは必ず目を背ける。
私は回してたペンを止めて板書をノートに写し出した。
なんなんだろ? 言いたいことがあるならちゃんと言ってくれてればいいのに。話くらいはいくらでも聞くよ? 言うことを聞くかは別だけど。
それともなにか他のことなのかな。例えば、私にされてるのに耐えられなくなっちゃって私のこと刺そうとでも思ってるとか?
……それはさすがにやだな。別に、無理に生きてたいなんて思わないけど、刺されるのってやっぱり痛いもん。
その後も何回か神坂さんの視線を感じたけどお昼休みになったので、教室を出て行った。パンを買いにいくために別棟への渡り廊下歩いていると……
(あ…………)
この世で一番みたくないものが偶然向けた中庭に見えた。
「おねぇ……ちゃん」
お姉ちゃんと……結花、さん。
中庭を通って、人気のない校舎裏にむかってる。
(あ……ぁ…あ…)
やだ、やだのに……足が……
いつの間にか私も外に出てお姉ちゃんたちのことを追いかけていた。
中庭は緑やベンチもあってお昼休みにもなればお昼を食べたり、遊んだりする人でそれなりに溢れかえる。けど、その奥、校舎裏へ行くと閑散としていて、木がポツン、ポツンとあるだけ。校舎のせいで日もあたらないくて人もほとんどいない。
「なんで……追いかけたりしてるんだろ?」
お姉ちゃんと結花さんのことを学校で見かけるのは初めてじゃない。でも、食堂だったり図書館だったり他にも人がいっぱいいるところ。こんな人気のない場所じゃ初めて。
ほんとにやだのに、自分でもどうしてかわからない。けど、来ちゃった。見ないのも、見るのもどっちも怖くてやだから。渡り廊下で見たときに見なかった振りをすればよかったのに。
考え事をしながら、お姉ちゃんたちに見つからないように気をつけて二人を探していく。すると駐輪場の近くから声が聞こえてきた。
「ちょっとやめてよ!」
(!! おねえちゃんの、こえ……)
怒ったようなその声を頼りに足を向けるとすぐに二人が見つかった。私はお姉ちゃんたちから見えないように駐輪場の陰に姿を隠しながら顔だけを出す。
「用があるってしつこく言うから何かと思えば……学校じゃこういうことしないでって何度も言ってるでしょ!」
「な、なによぉ。そんなに怒らなくてもいいのに。いいじゃない、たまにはしてくれたってぇ。最近なかなか時間合わないんだから……」
「いくら結花でもれだけは絶対に譲れない。……絶対」
どうしてお姉ちゃんがこんあに怒ってるのかわからない。……世界で一番好きな人とこんな人気のないところにいるんだから勝手にキスでもなんでもすれば……いい、のに。
「…………もしかして」
結花さんが何か思い当たることでもあったらしく、まさかという顔をした。
「……そう」
お姉ちゃんはその顔だけで結花さんが何を言いたかったのかわかってみたいに頷いた。
(………………)
「そっか。ごめん」
「わかったでしょ。これからはやめてね」
「うん、でも、じゃあ今度の休みはデートしてね。それならいいよね?」
「それは、もちろん、ね」
「……っ」
お姉ちゃんたちの話を最後まで聞いてられなかった。あのまるで心が通じ合ってるみたいにお互いの少しの表情だけで気持ちまで汲み取れてしまう様は、見ててつらすぎた。
私はお姉ちゃんが何を言いたかったのかわかんない。なのに結花さんは簡単にわかっちゃった。
……当たり前なのかな? お姉ちゃんが一番好きなのは結花さんで結花さんの一番好きなのはお姉ちゃんなんだからお互いのことなんて何でもわかっちゃうのかな?
私にはわからないことまで、全部……
早足にそこから立ち去って校舎の中に逃げ込んだ。
こんな気持ちになるってわかってた…のにやっぱり追いかけたりなんてしなきゃよかった。
「……グスッ」
目を掻いてみるとぬるい雫が少し指についた。
やっ…だ……泣き、そう……
駄目。今泣いたりなんてしたら止まらなくなっちゃう。
何とかしなきゃ、紛らわさなきゃ……
ほとんど息もしないで半ば駆けるように教室へ向かっていく。すでに開けはなれているドアを通るとまっすぐに友達とお弁当を食べている神坂さんの目の前に来た。
神坂さんの友達が私を怪訝な目で見るなか、神坂さんだけが何されるかわかってるように目を伏せた。
「来て」
それだけいうとお弁当を片付けさせることさえさせないで私は手を取って神坂さんを教室から連れ出した。
少し痛いかもしれないくらいに神坂さんの腕を握ってツカツカと早足で校舎の階段を登っていく。
人の来ない場所と考えて、一番初めに思いついたのはここだった。
前に神坂さんをリボンで縛った、屋上手前の踊り場。相変わらず埃っぽいけど、当然のように誰もいなかった。
あんなお昼中、しかも友達と一緒にいるところを無理に連れてきたのに神坂さんは何も言わない。他の人にばれたくないって思ってるなら何かいってきてもよさそうなのに。
でも、今はそんなことどうでもいい。
「?!」
私は神坂さんのことをグイって引き寄せると、そのままおもむろに唇を奪った。
いつものように、神坂さんをいじめながらとか、私が楽しめるようになにか趣向を凝らすとか何にも考えないで強引にキスを交わす。
心に渦巻いてる感情を少しでも雲散させるために。
「ちゅ、チュル…はぁっ……あむ、……じゅ! くちゅ、ちゃ……っはぁ」
柔らくて暖かな唇、弾力のある感触、お弁当の風味がする神坂さんの口腔。
どれを感じても何も変わらない気がした。
「っふぅ…はぁはあ……」
息を整える神坂さんの唇をもう一度見据える。
もっとしたら、何かいつもと違うのが感じられるのかな?
歯茎嘗め回したり、唇噛んだり、胸触ったり、手首縛って抵抗できないようにしてキスしたり。そんなことをやってきたのに一回も舌を絡め合わせるようなキスはしてなかった。
なんでかは知らない。最後に少しは残ってた良心だったのかもしれないし、お姉ちゃん以外としたくなかったのかもしれない。初めてお姉ちゃんにされたときに少しだけ怖いって思ったからかもしれない。
とにかく、してなかった。でも、ただのキスじゃ今の気持ちを紛らわせることができないのなら……
「ん……」
私は神坂さんにもう一度キスすると、今度は有無言わせず舌を神坂さんの中に突き入れた。本能的に閉じようとする歯を押し開けて神坂さんの熱い舌先が触れようと――
「んッ! っ〜〜!」
神坂さんはものすごい力で私のことを引き離して後ろにさがった。
「………………」
私はそれに怒りも哀しみもしないで、もう一度するために神坂さんと距離を縮めていく。
私が近づいても神坂さんは特に逃げようとしない。ただ、身を強張らせて私を見つめてくるだけ。そもそも逃げようとしても階段は私側にあるし、後ろはすぐ窓だからできないんだけど。
(あ…………)
神坂さんを追い詰めてしようとした私の目にあるものが飛び込んできた。窓の外、中庭の隅で一組のカップルが今の私たちと同じようにキスを交わしていた。
「!!!」
それが見えると同時にお姉ちゃんがさっき言ってた言葉の意味がわかった気がした。
『学校じゃしないで』
学校なんかでしたら、さっきのお姉ちゃんたちや今見えてる人たちみたいに、いつ誰に見られるかわかったもんじゃない。実際さっきお姉ちゃんがしてたらその現場を見るところだった。
お姉ちゃんが、【私】に気を使って結花さんとしないんだとしたら?
きっとそうだ。だから、お姉ちゃんは結花さんのお願いだっていうのに断った。
私に悪い、だなんて思ってる……から?
胸の奥から言葉にできない気持ちが湧き上がってくる。悔しくて、むなしくて、どうしたらいいかわからなくて、情けなくて……涙が、出てきて……
「な、ゆ……? どう、したの?」
突然泣き出した私を神坂さんが心配そうに呼んだ。
やめて……なんで、神坂さんにまでそんな風に思われなきゃいけないの。やだ、私をそんな目で見ないで……
神坂さんにこんな姿見られるなんて嫌なのに、私は何も言えなくて…できなくて……ただ、そこから逃げ出した。
それから一週間。あの日こそは早退したけど、次の日からはちゃんと学校に出てきていた。どこで一人になっても嫌なことしか考えられそうになかったから。
でも、学校にだって来てるだけ。
ほとんど誰とも話さないし、休み時間はどこかで一人になるか、机に突っ伏す。授業中なんて教科書すら出さないで注意されることも何回もあった。
もちろん、神坂さんとなんてまったくしてない。それどころか会話だってまともにない。
「……おはよう」
朝、鉄面皮で下駄箱で靴を履き替えてると背後から控えめな神坂さんの挨拶があった。
「………………おはよ」
聞こえない振りをしたかったけど目の前に来られたので挨拶だけは返す。
「今日委員会あるの覚えてるわよ、ね?」
「別に、言われなくなって出るよ」
私はそっぽを向いてそれだけを言うと横を通り過ぎていった。
授業があって、休み時間があって、また授業。お昼を食べて午後の授業と清掃。今日も退屈な一日を過ごす。
ううん、退屈なんじゃない。何も感じないだけ。心がなにかを考えるのを嫌がってるだけ。
委員会が終ると神坂さんと一緒に無言で廊下を歩いて教室向かっていた。当然、委員会でなにをやってたかなんて覚えてない。どうでもいい。時間が異様にかかっていたことだけは覚えてるというより、若干暗くなってきた校舎の中がわからせてくれる。
ガララ。
ドアを開けて教室に足を踏み入れると中はもう誰もいない。教室も当然暗くて、電気をつけなきゃ不自由しそうなものだけどどうせ荷物をとって出て行くんだからどうでもいっか。
私は自分の机の前にくるとおいておいたバックをとって踵を返す。
そして、ドアに手をかけようとその時――
「ぁ……ま、待って!」
私を呼び止める神坂さんの声がした。