「あはは」
主のいない部屋に一組の女性の笑い声が響く。
「へぇ、姉さんって大学だとそんな風なんですか」
姉の友だちということを気にすることもなく自分の友だちと過ごすかのように美愛に接する佳奈。
「そうなの。愛歌ってばね……」
一方、美愛も初対面の人間と話す、というよりは以前から見知っていたかのように話していた。愛歌の面影を感じさせる、愛歌の妹と。
お互い終始笑顔で、特に美愛は久しぶりの、本当に久しぶりの安堵を感じていた。
もう愛歌といるときには感じることのできないことをこの子は感じさせてくれる。とにかく、楽だった。大学では友だちと話していようがそれを愛歌に見られたらという心配はあったし、例え愛歌がいない日だとしても話したという事実が愛歌に伝わるかもということにすらおびえてしまっていたから。
しかし、愛歌に見られてしまうということはここでも変わりはない。それを失念していたわけではない。ただ、愛歌の身内なんだというのがそれをあまり感じさせず無防備に佳奈との会話を続けさせた。
「ただいまー」
一階から、愛歌の声が聞こえた。
「!!?」
美愛は反射的に体を震わせ、
「??」
佳奈はそんな美愛を不思議そうに見つめた。
(……だ、大丈夫、よね? 佳奈ちゃんは妹なんだから。変な風に勘ぐられたりはさすがに)
パタパタと少し急くような足音が聞こえてきて、それが近づくたびに美愛の鼓動は高鳴りを増す。
「…………??」
急に身を縮こませる美愛に佳奈はとにかく首をかしげる。
「ごめんね、美愛ちゃん。またせちゃ……」
待ちきれないといった様子で扉を開けてきた愛歌は部屋を一瞥して言葉を止める。
「…………」
「姉さん、おかえり」
「……佳奈、何してるの?」
「うん、ちょっと美愛さんとお話させてもらってた」
「そう……」
「あ、愛歌。あの、佳奈ちゃんは私に付き合ってもらっただけで……」
愛歌が例の、黒い感情を渦巻いてそうな雰囲気を察知した美愛は、佳奈がここにいるのは自分のせいで佳奈に責任はないと訴えようとした。
「そうなんだ。ありがとね、佳奈」
「ん、私も楽しかったから。じゃ、姉さんが来たし私はお暇するかな。それじゃ、美愛さん、楽しかったです」
「あ、こ、こっちこそ。ありがとう」
「はい! では」
部屋に流れた微妙な空気を読んだのか佳奈はさっさと部屋を出ていって、美愛と愛歌。二人だけが部屋に取り残される。
愛歌は無言で部屋の中に入ってきて、コンビニで買ってきたと思われる袋を机の上においた。
「ねぇ……」
来る。まずはこれ。「ねぇ」と甘くにごった声で囁いてくる。そして、どうして二人でいたの? とか何を話してたの? 呪詛のように聞いてくる。
その度に体が震え、心に巻きついた【愛】という名の鎖が美愛を締め付けていった。
「急いで帰ってきたから、喉渇いちゃった」
予想に反して、愛華は明るくそういった。とくに佳奈と話していたことも、二人で部屋にいたことも咎める様子はない。
(そう、よね)
佳奈ちゃんは妹。いくらなんでも妹にまであらぬ疑いをかけて、わざわざ険悪な気持ちを育てる必要はない。
「あ、じゃ、じゃあ私なにか、買ってこようか?」
冷静になればここは愛歌の家なのだから飲み物などあるに決まってるが、愛歌のために動く自分というのを演じるのが当たり前になっていた美愛は自然とそういってしまう。
「ううん、飲み物は買ってきたの」
「そ、そう」
「だから、飲ませて欲しいな」
「え……? のま、せる」
愛歌はコンビニの袋から紅茶と思しきペットボトルを取り出して美愛にポンと渡した。薄赤い液体がなみなみと満たされている。これをどうするか。意味は理解している。
飲ませる。
口移しをしろ、といっているのだ。
「…………うん。わかった」
もしかしたら、佳奈に見られるかもしれないとは頭によぎりはしたが、選択肢など始めからなかった。
少し固いペットボトルのキャップをあけて、甘さと苦味が混在する液体を口の中に含む。
「美愛ちゃん」
そして、目の前に立ち目をつぶりながら魅惑的な唇を差し出す愛歌に迷わず口づけた。
やわらかな唇がふれあい、口内でぬるくなった紅茶をゆっくり愛歌の中に流しこむ。
「…んっく…んく…」
わざと音を立てているのか、それとも触れ合っているせいで直に響いてくるからなのかやけに喉を鳴らす音が大きく聞こえてくる。
「ん……っ、んっ…」
それに羞恥を感じつつも美愛は耳まで赤くしながら口の中に含んだものを一滴も残すことなく愛歌に注ぎ込んでいった。
「んく…、んく……」
お互いにこぼす気などなかったが、唇同士で完全に栓ができるわけもなく下になっている愛歌の口の端から少しずつ赤い液体が垂れていき肌と服を汚していく。
「ん…く、んぷ…あ…っぷはぁ。はぁ、おいしかった。ふふ」
「ハァハァ。よ、よかった……」
「でも、ちょっと垂れちゃったね」
「ご、ごめん」
「ううん、いいよ。だって美愛ちゃんが綺麗にしてくれるんだよね」
「え……?」
綺麗にしてくれる? その意味を理解しかねうろたえる美愛だったが愛歌はそんなことを許さない。
「ほら、舐めて?」
愛歌はそういって紅茶の入り込んだ服をずりさげた。
まったく日焼けをしていない肌に、若干色のついた透明質の液体が点在しなんとも妖しく光っていた。
美愛はまるで誘蛾灯に惹かれるかのようにおぼつかない様子でそこに唇を近づけていった。
(愛歌の、肌……綺麗)
柔らかくて、はむっと吸い付くと気のせいなのかもしれないけど甘くて、とろんとした香りがしてきて頭が愛歌で埋め尽くされていく。
なってしまう。そう、なってしまう。決して、愛歌が怖いだけじゃないということが体でわからされてしまう。
でも……言い訳できる。愛歌のいうことを聞かなきゃいけないから、と
「ん、はむ……」
ペロ、ちゅぅぅ、れろ。
軽く吸い付き、舌を押し付けるようにして水滴を舐め取る。一箇所一箇所、丁寧に。
「んっはぁ…あは、くすぐったいよ。美愛ちゃん」
「ふぅ…ん、愛歌、んっ……ちゅる。っんはぁ」
丁寧に愛歌に飲ませたので実際にはそれほどたれていなく、一縷の物足りなさを感じながらも美愛は愛歌から唇を離した。
どうせ、この後はわかっている。何をするか、愛歌が何をしてくるかわかっているから美愛は名残惜しさを感じつつも体を離せる。
「んふふ」
愛歌は楽しそうに美愛が口付けた部分に指を這わせて一通り終えるとそれをくちに含んで無意識に笑いをこぼす。
そして、
「じゃあ、次は私の番だね」
と、美愛が机に置いていたペットボトルをとってそれを口に含みだした。
いつもこうだ。何かを美愛にやらせたと思えば、同じ行為をしてくる。それも……自分がされるときよりも過激に。
コクコク。
愛歌が見せ付けるようにしてふっくらとした唇に紅茶を含んでいく。それが終ると、熱のこもった視線を向け、美愛に迫ってきた。
美愛は愛歌がキスしやすいように体を窮屈に折り曲げ愛歌のキスを待つ。
「ん〜、ちゅぷ…」
「んっく…んぐ……ゴク、んっ!」
最初は軽く流し込まれるだけだったが、愛歌はしながら舌を美愛の中へと突き入れていく。
じゅぷ、ちゅぐ、くちゃ、こぷ。
にゅるっと愛歌の舌先が自分の舌にからみ付いていき、紅茶を流し込まれながらも強引なキスをさせられる。
ぽた、ぽた……ごぷっ
キスをする分隙が出来て、二人の口と口の間から愛歌にしていたときとは比べ物にならないほど紅茶がこぼれていった。
(あ、服……汚れちゃう。それに、色ついたら……)
一度、口内を通したせいか冷たくはなかったが、今来ているのは白。完全に濡れているのがわかってしまうし、色が変な風に残ってしまったら嫌だ。
「ちゅぷ…はむ、んっく……はぁ…ちゅっぱ…はぁ」
キスをしていたのか、口移しをしていたのかわからなかったが愛歌は美愛を解放する。しかし、これで終るとは双方とも思ってなどいなかった。
美愛は濡れてしまった肌が服を気にするように確認するが、自分でふき取ることはしない。
愛歌が……して、くれるはずだから。
「んふふふ、綺麗にしてあげるね」
「……うん」
当然のように愛歌は一歩離れて息を整えていた美愛の前で膝立ちとなり、迷わずまずは鎖骨に吸い付いた。
(ふ、ふふ、美愛ちゃん、おいしい……)
瞳を曇らせながら、愛歌は盲目的にまずは肌についた液体をわざと舌全体を押し付けるようにして舐めとっていく。
「んぅ、は、ぁ……」
美愛は愛歌の暖かでざらっとした感触が肌を伝うたびにまるでネコにでも舐められているようになって甘い息を漏らしながら体を震わせた。
なんともいえない快感。舐められているからだけじゃなくて、愛歌がしてくれているということが気分を高まらせていた。
「ん、ふふ、こっち、も。ちゃんとしてあげるからね。ちゅうぅぅ」
「っ〜〜。あ、愛歌、ちょっといた……んっ!」
一通り肌を終えた愛歌は、今度は服に染み付いてしまった水滴を少し強く噛み付きながら肌ごと布を思いっきり吸っていく。
(ちょっ、と! やだ、ドアちょっと空い、てる)
愛歌からもたらせる感覚に揺らされていた美愛だったが、ふとドアのほうに目を向けたら扉が半開きになってしまっているのに気がついた。さっきまで二人だけの空間だと思っていたのに途端に、見られてしまうかもという恐怖にも似た気持ちが入り込んできて、でも愛歌を拒絶することなんて出来るわけもなくそのまま扉を気にしながらも愛歌になすがままにされる。
ちゅうう、ちゅぱ、
布を介しているせいで決して大きな音じゃないがそれでも、隙間から音は漏れ、不自然な水音は外に漏れているかもしれない。いや、そもそもあの角度ならこっちが外からみえてしま……
「ん、ちゅっぱ」
びくびくとおびえながらただ愛歌がやめるのを待っていた美愛だったが意外にもそれは早く訪れた。
「あ……?」
拍子抜けした様子で愛歌を見つめる美愛だったが愛歌のすることがこの程度で終るはずはなかった。
「じゃあ、美愛ちゃん服脱いで」
「え? な、なんで」
「だって、胸のところにも入っちゃってるよね。ちゃんと、綺麗にしてあげるから。ほら」
「ちょ、ちょっとまって。そ、それは……」
せ、せめてドアをちゃんと閉めておかないと、いつ佳奈ちゃんが不自然な音や声を聞いて様子をみに来るかわかったものじゃない。
「ほら、美愛ちゃん」
愛歌が強引に服をめくり上げようとしてくる。
(だ、だめ……)
抵抗、したら……
無意識に体が震える。
「わ、わかった。で、でもど、ドア閉めて。佳奈ちゃんに、見られたら………」
「だいじょうぶ、だよ。そんなの気にしなくても」
「…………うん」
わかっていた。愛歌がそんなこと聞いてくれるわけないって。愛歌はこういうのが好きだ。見られてしまうかも、気付かれてしまうかもしれないというのが、わざわざそういうシチュエーションを作るのが。ドアも、気付いててやっているのかもしれない。
美愛は観念して自らの服に手をかけるとゆっくりとそれを上に持ち上げていった。
「みーあちゃん」
濡れた胸の辺りまで上げると、甘ったるい愛歌の声がして待ちきれないといわんばかりに胸と胸の間に吸い付かれた。
ちゅぷ、ちゅぱ、ちゅぱ……
(音が、おとが……)
佳奈ちゃんがどこにいるのかわからない。でも、例えば何かの用事で廊下の前を通ったりなんかしたら……聞こえる。聞こえちゃう。
コンコン。
(っ!!)
悪い予感ほど実現してしまうもので、扉を開くだけのノックがして
「あのー、さっき私のこと何かいってました……か………?」
差し入れと思しきお菓子を持った佳奈が入ってきて
「あ、の……な、に…してるの……?」