見られた。
夜になり、美愛は部屋に帰りつくと電気もつけずにベッドに倒れこんだ。
初めて、見られた。愛歌と、するところを。
しかも、愛歌の妹に。現実のものじゃないみたいな目で見られた。いきなり姉のあんな姿を見れば当然かもしれないが、嫌な思いをさせてしまった。
佳奈に、昔の愛歌の面影を見たからって、もっとそれを感じていたかったからって初めから話すべきじゃなかった。愛歌がくるまでなんて引き止めるべきじゃなかった。庇おうとしてくれたのはどうにか止めたけど愛歌の狂気が佳奈に向かわないかどうかはわからない。祈るしかない。愛歌がそれを気にしないことを。佳奈がアレ以上首をつっこまないことを。
そんなことになれば、愛歌は佳奈のことを敵と思うだろう。紛れもない敵。憎むべき相手と。大学で友だちと話しているだけでそう見るのだから。
穢したくない佳奈を。自分のせいで。
(……愛歌)
外でも、見られてしまうかもしれないところでする理由。
つまり愛歌は想いを感じたかった。見られるかもしれなくても、恥ずかしくても、自らを受け入れてくれるということで、強い想いを感じたかった。大好きという気持ちを確認したかった。
その方法は尋常じゃないかもしれなくとも、それでも愛歌の心が少しわかった気がする。
結局は不安だった。不安だから、例えどんなやり方でもいいから想った人の中に少しでも自分を入り込ませたかった。その人の中の自分を大きくさせたかった。
(……変わって、ない、の?)
本質は。
おかしくなったと思ったけど、一番したにある根っこの部分は変わってなかったのかもしれない。少女のように可憐で、一途に人を想う愛歌というのはその表現の仕方が変わってしまっただけで、きっと変わってない。
美愛が好きになった愛歌の本質はきっと見えなくなっただけでなくなったわけじゃなかったのだ。
初めて人に見られ、もう嫌だとも思った。いや、と思っていた。でも、受け入れてきたのは……愛歌に半ば脅されるような形になったから、もし断ったら愛歌がどうなってしまうのかわからなかったから、何をしてくるかわからなかったから。
どれも頷く。でも、まだ理由はあった。
(……愛歌の言うとおり……)
好き、だから。断りたかった理由はいくらでもあった。皆にばれたらどんな目をされるか。愛歌に何をされるか。愛歌がどうなってしまうか。でも、最後に受け入れたのは……好きだから、だ。
それが、一番の理由。
「やっぱり……私は愛歌が好き、なのよね」
自然と口からこぼれて、言葉にして耳に入れるとそれが体全体に染み渡って暖かな気持ちになった。
それが、真実。
だから、
「このままじゃ、いけない……か」
愛歌のその言葉は弱々しいが気持ちのこもった言葉だった。
このままじゃいけない。
それは自らのためであり、なにより愛歌のため。だから、今の関係をどうにかしなくてはならない。
美愛がそれを決心してからすでに三日がたった。
偶然にも、愛歌と二人きりになる機会はあまりなく愛歌が美愛の部屋を訪れることもなかった。
まだ、伝えられていない。
しかし、機会がなかったわけではない。二人きりの時間は存在したし、そもそも美愛が二人きりになろうと誘えばそれを断るはずはないのだから。
迷いや、恐れがまったくないわけではない。だが、言わなければ。
「今日こそ、言わなきゃ」
今日、これからは愛歌と二人きりの授業だ。二人ともその後の授業もなく、愛歌との関係ができてからはほとんど美愛の部屋を訪れていた。
絶好の機会。いわなければ。
「あ、美愛ちゃん。おはよー」
大教室の前方の端、意外にも目立たないその場所陣取っていた美愛に愛歌が小さく手を振って笑顔で近づいてきた。
「愛歌。え、えぇ、おはよう」
隣あって座り、適当な会話をしながら授業の開始を待った。授業のとき、わざわざ一目につきづらい場所を選んではいるがやはり何かしてくることは少ない。
しかし。
「じゃあ、今日はこれからビデオを見ます」
教員がそういって教室の前方に巨大なスクリーンを出すと、教室内の電灯を落として教室が暗くなった。
「美愛ちゃん」
ビデオが始まって少し、愛歌は少し甘えたような声で美愛を呼びもたれかかった。
今の二人を象徴するかのような姿。愛歌は美愛に体だけでなく心までも預けてしまっているかのような安心しきった表情。
そんな愛歌を撫でたくなる衝動に駆られたが、美愛はそれを抑えて内容のまったく入らないビデオに集中する素振りを見せた。
(言わなきゃ。こんなことは、だめだって)
もう終わりにしなきゃいけない、と。
そんなことばかりを考えると気付けばビデオも終わり、授業も早々と終了してしまった。
(……どうせ、学校でなんかいえない)
腰を落ち着け、しっかりと話をしなきゃいけないのだ。こんなところではやりづらいし、もし話すら聞いてくれないで取り乱されたりしたら、と考えればこのあといく自分の部屋でするのが最適だ。
「愛歌、今日来る?」
【当たり前】の問い掛け。
「うん」
それに最早言葉にする必要すらない言葉を愛歌は【愛】を込めて応えた。
食事は帰り道ですませ、すっかり暗くなってから二人は美愛の部屋にたどり着いた。
鍵を使って美愛がドアを開けると先に愛華が入っていって、美愛はそれに続き部屋に入ると同時に鍵を閉める。
いつもならそのまま真っ直ぐと自分のスペースに向かうところだが美愛はそのままドアにもたれかかった。
(……言わなきゃ、愛歌に)
このままいつものように二人の時間を過ごしてしまえば、決心が揺らぐかもしれない。そうなる前に早く。
「美愛ちゃん?」
後ろから続いてこない美愛をおかしく思った愛歌は首をかしげながら美愛に迫ってきた。
美愛は少しの間目を閉じると、小さく頷いてから愛歌を見つめた。その視線には力がこもっている。
「愛歌、落ち着いて、聞いてね?」
「うん? なに、美愛ちゃん」
不安も恐れもまったくない愛歌。無垢な顔で愛する人からの言葉を待つ。
「もう、こんなこと終わりに、しよう?」
震えた、いや、怯えた声。
「え?」
対照的に愛歌はただ首をかしげるだけ。何を言われたのか理解できていない。おそらくまったく予期できていない言葉を受け入れる準備が出来ていないのだろう。
「私、愛歌が好きよ。大好き、あい、してるわ。……でも、こんなのは、違うって思う」
「??」
「だから、一回、終わりにしよう、それから、まっ!!?」
まだ言葉の途中だったが、美愛は続けることができなかった。
「……美愛、ちゃん?」
愛歌が信じられない力で美愛の腕を掴んできたから。信じられない力。この華奢な愛歌のどこにこんな力があるのか疑問に思ってしまうほどで美愛は苦痛に顔を歪ませた。
「うそ、だよね? 美愛ちゃんは私のこと、大好きなんだもん。愛してくれてるんだもん。だから、嘘だよね?」
目を見開き、狂気を体中から発しながら美愛を求める手にさらに力を込めていく。
ギシっと骨が軋む音が聞こえてくるようだった。
「っ!!」
痛い、痛い痛い。なにより、怖い。
言ってしまいたい。嘘だって。だから、やめてと。
このままじゃ骨までも握り潰してしまいそうな愛歌の力に心までも折られてしまいそう。
(だ、駄目ッ! そんなの、愛歌のためじゃない。愛歌が、好き、ならひいちゃ、だめ)
「嘘じゃ、ない……ッ! 話を、きいて、おね、がっ、い?」
どんどん強まる痛みに途切れ途切れになりながらも言葉を続けた美愛だったが、急にその力が弱まった。
疑問を感じ、愛歌を見ると。
(あい、か)
泣いていた。際限なく涙を溢れさせながら美愛にすがりつく。
「ねぇ、どうして? わたしのこと嫌いになっちゃったの? 飽きちゃったの? ね、ねぇどうして? わたし、わたし……美愛ちゃんの…こと、こんなに好き、なのに……」
「愛歌……」
「私が下手だから? それとも別のこと? お願い! 私に駄目なところがあったら直すから、全部直すから! 美愛ちゃんのいうことも何でも聞く、聞くよ!? だから、私のこと嫌いにならないで! お願い、おね、がい、私のこと……見捨て、ないで……みあ、ちゃ、ん……おねが、い」
すがりつき、涙を流し、必死に心を吐き出していく愛歌。
「あいか……」
美愛は赤ん坊が母親にしがみつくようにする愛歌の後ろに手を廻しかけて、愛歌の背中に触れる寸前で止めた。
(だめ、だめよ。ここで、ここで愛歌を抱きしめてしまったら……また、同じ…)
「みあちゃん、みあちゃん……みあちゃん、みあちゃん……ひぐ、みあちゃん……やだ、一人に、しな、いで……やだ…みあちゃん」
(だめ、抱いちゃ、意味が、ない。意味、が……)
「みあちゃん、みあちゃん……おねがい、みあ、ちゃん」
(だ、め……)
「ッ?! みあ、ちゃん」
愛歌の歓喜の声。
美愛は愛歌を抱きしめてしまっていた。体が自然に動いてしまった。
「ふふ、ごめんね。ちょっと、イジワルしたくなっちゃっただけ。愛歌があんまり可愛いから」
「あ、……うん、そうだよね。……うん」
「そうよ。当たり前でしょ? 私は愛歌のこと、愛してるんだから」
「うん。うん」
愛歌を胸に埋めさせ、愛歌から見られる心配のない美愛は苦渋に満ちた表情で、愛歌のことを強く抱きしめるのだった。
(……私は、何をやってるのだろう)
と、心の底から後悔をしながら。