右手を胸に当てて、一つ大きく息を吐く。それから一度ぎゅっと目を瞑って回れ右をした。
久しぶりにきちんと向き合う神坂さんは、元気そうでセーラー服の制服がすごく似合ってて、漫画とか物語のヒロインみたいに魅力的に見えた。
なんだか、本当に久しぶりに神坂さんのことがきちんと見れた気がする。ううん、もしかしたら初めてなのかも。
神坂さんと隠さず何もかもさらけ出して向き合うのは。
「来てくれたんだ」
「菜柚が言ってくれたんだもん。当たり前よ」
「ありがと、もう大丈夫なの?」
「菜柚は私のこと疑ってるの? 菜柚の言いつけ、守ったつもりなんだけど」
ちゃんと、元気になったよ。って言ってるんだよね。
私は、優しく首を振った。
「ううん、信じてるよ」
そこで一旦会話が止まると神坂さんは一歩踏み出して、私の目の前にまで来た。
胸が跳ねるようにドクっと大きくなった。
緊張のせいで喉が渇いてきた。私が戸惑ってても神坂さんから促したりしないだろうけど、このままで喉だけじゃなくて声まで枯れちゃいそう。
……そうなる前にちゃんと、言うからね。
「神坂さん……私、神坂さんの気持ち……嬉しい。すごく嬉しいよ。神坂さんがこの前私の部屋で聞いたの夢じゃなかったんだよ。だけど、もう一回言うね。私、神坂さんに大切に想ってもらえるのが、大好きって言ってもらえるのが……すごく嬉しいよ」
「菜柚……」
神坂さんの顔が今までみたことないくらいに嬉しそうで恥ずかしげになってる。ほっぺなんて緩みっぱなしで、でもちょっと泣きそう。
…………そんな顔しないで。次が言えなくなっちゃうよ。
次の言葉こそ、いわなきゃ、いけないのに。
「……………」
体と心が両方とも次の言葉を拒絶してる。極度のストレスがかかって本当に声が出なくなっちゃうんじゃないかって思った。
でもちゃんというよ。私の、答え。約束したんだもん。
私は意を決して神坂さんと向き合った。
「でも……ごめん……っね。……ぅくっ、……わたし……かみ、さか……さんの、気持ちに……ヒック、応えられない。えぅ、んぐ……応えた、ちゃ……いけないの。そっんな…資格……私、ないのっ」
一瞬で涙が出てきて、声がこれ以上ないほど震えた。でも、言葉ははっきりと……神坂さんに届くように言った。
一週間悩んだ結果が……コレ。
「…いっしょに…、なんか、いられないよ……だかっら、ごめん……なさい」
立ってるのがつらい。神坂さんに見られてるのが怖い。でも、私、私はやっぱり神坂さんに想いを向けられる資格なんてない。
それに、散々気持ちを、尊厳を……想いを踏みにじったのに……神坂さんのこと……好きになっていいわけがない。私には好きになってもらう資格も、神坂さんを好きになる資格もない! 世界中で私だけは神坂さんに好きになれてる資格も、好きになる資格もない……
ないの!
好きだなんていわれちゃいけないの!
好きになったらいけないの!
「菜柚」
神坂さんは怒りでも哀しみでもない、ただ優しい声で私の名前を呼んで。
「……ッ?!」
抱きしめてきた。
包み込まれるような神坂さんのぬくもりに自然と目を閉じる。
「菜柚、私は菜柚のこと好き、大好きよ」
「……そんなこと、言わないで」
「好き。何度でも言うわ。好きよ、菜柚、好き」
抱きしめられながら、好きって何度も耳元で囁かれる。大好きっていう暖かい想いが何度も、何度も私の中に入り込んでくる。
その感覚は否定なんてできるはずないほどに嬉しい。
「好きに資格なんてないよ」
わかってる、わかってるの! でも……でもぉ
「なくなってても関係ない。ううん、菜柚がなくしたって思ってるなら私があげる。こんな言い方変かもしれないけど、菜柚は私を好きになっていいのよ」
私のことを抱きしめてくれる神坂さんの腕に力がこもった。ぐいって神坂さんの中に引き込まれるみたいにそこに身を任す。
「っ。かみ、さか……さん…」
私は、垂れていた腕を弱々しく神坂さんの背中に回してそっと制服を掴む。
「朝霞って呼んで」
世界が……滲んでくる。
「あさか……朝霞……あさかぁ」
さっきの涙とは全然違う、嬉しくって自然に出てきちゃう涙。溢れる想いが、キラキラした雫になって神坂さん……朝霞の制服を濡らしていく。
きっと、きっと言ってくれるって思ってた。好きに資格なんて要らないって、そんなの関係なく朝霞は私のこと好きだって。
好きになってもいいんだって。
(思ってたけど……)
直接朝霞に抱きしめられて、想いのこもった声で言われると、一週間悩んでたのがバカらしくなるくらいに嬉しかった。
もしかしたらはじめから朝霞に直接言われたかっただけなのかもしれないって思うくらいに嬉しかった。
朝霞の制服を掴んでいた手に少しずつ力がこもっていく。
朝霞もそれに返すように私のことを抱きしめてくれた。
「朝霞……好き、好きだよ。朝霞」
自然に言葉が出てた。いつ朝霞のこと好きになったのかわかんない。でも、私のことを大好きって言ってくれて、倒れるまでに私のことを想ってくれる朝霞のことがすごく愛おしかった。
大切にしたかった。
「っ…菜柚」
朝霞の声に、喜色と涙でぐちゃぐちゃになった声が体を通して直接伝わってくる。
「ごめん、ごめんね。ずっと待たせちゃったよね。私が弱かったから、朝霞のこと信じてあげられなかったから」
「ううん、あやまらないで菜柚。好きよ、そういう所も、いつもの可愛いところも、イジワルなのにいぢわるになりきれないところも、優しいのをなかなか表に出せないところも、私のこと心配してくれるところも、全部。全部、菜柚の全部が大好き」
朝霞は抱きしめながらも体を少し離して顔と顔を向き合わせた。
(くす)
心の中で少しだけ笑う。
朝霞の瞳も涙でいっぱいになってる。泣いてるのに、すごく可愛くて、魅力的で……愛してあげたくなる。
「菜柚……」
朝霞がゆっくりと目を閉じると朝霞の唇が私の意志を確認するみたいにのろのろと迫ってくる。
「朝霞……」
私も、朝霞の、好きな人の名前を呼んで目を閉じると唇を近づけていった。
「くちゅ……あむ……ちぅ」
(あったかい……)
今まで朝霞としていたのと同じキスとは思えない充足感。口蓋の粘膜、ふんわりとした舌、熱くてやけどしちゃいそうなくらいの口の中。気持ちの昂ぶりがそのまま熱になってるみたい。
「っ…ぁ、はぁ…くちゅ……んっ、菜柚」
抱き合ってる朝霞の指が舌を動かすたびに擦れるのだってすごく気持ちいい。
体がふわふわになって、神経全部が敏感になってる。
「くふぅ……くちゃ……ちゅる……あさ、か」
足がガクガクってなって、少し息苦しい。でも朝霞の声が、ぬくもりが、蠢く舌が、擦れ合う指が…全部が果てしないほどに私を満たしていく。
「はう…っ! ん……ちゅぅ…くちゅ」
朝霞の中に舌を突き入れて、朝霞の中を思いのまま嘗め回したり、今度は逆に朝霞が私に同じ様なことしてきて、私の中を朝霞の思うままにされたり。
「……れろ……ぴちゃ…、ふぁっ…はぁ…は」
唇を少し離して舌だけを絡ませたり。
嬉しい、心地いい、気持ちいい。本当に心を通じ合わせてる人とのキスが、こんなにすごいだなんて。
「ピチュ…くぷ……ちゥ…くちゃぁ」
(あぁ……これが初めてのキスなんだ)
今まで一番激しいキスを交わす中、そんな想いが頭をよぎった。
本気でそんな気がした。ううん、気なんかじゃない。きっとそうなんだ。これが私の初めてなんだ。
世界で一番大好きな人と、世界で一番私のことを想ってくれる人とのはじめての
(これが……朝霞とのはじめての……)
私は何にも考えないで朝霞の全部を求めていった。
どれだけの時間がたったかよくわからない。数分だったような気もすれば、一分も経っていないような気もするし、もしかしたら数十秒くらいだったのかもれない。
とにかく私たちは熱い息をお互いの頬に当てながら離れていった。
「……はーっ……はー……はぁ」
ゆっくりそこにあった感触を惜しむように唇が離れていって、ねっとりとした糸が二人を離さないようにひきながら重力にしたがって床に落ちていき……
「あ……」
残念そうな声をあげた私は次の瞬間には
レロ。
舌をめいいっぱい伸ばして私と朝霞が混じった唾液を舐め取って……
「……んく……ごくん」
飲んじゃった。
朝霞のがもったいないような気がしちゃって。
「ふふ……菜柚」
そんな私を見て朝霞が笑う。
(うっぅー)
恥ずかしくて真っ赤になってた顔をさらに赤らめる。
「好きよ、菜柚」
私がみたどんな笑顔よりも魅惑的なとびきりの笑顔。幸せそうな朝霞。
「私も、好きだよ。朝霞」
私もそれに負けないくらいの笑顔で答える。
好きや嫌いはもしかしたら変わっちゃうこともある。
だけど今私は、朝霞を好きなこの気持ちを大事にしたい。
気持ちが刹那的だから【今】はなんていってるんじゃない。今、この瞬間朝霞のことを大好きな気持ちに嘘をつきたくないし、朝霞のことを大切にしたい。
もしかしたら変わっちゃうことがあるんだとしても、ずっと朝霞のことを大切にしたい。
私は……ううん、私たちはそう心に誓って。
「んっ……」
もう一度口づけを交わした。
(……朝霞、ありがとう。……大好き、だよ)